第22話 意外なところで再会する人達
花恋荘の管理人業に余裕が出てきたので、バイトを掛け持ちをすることにした俺。それを古賀さん達に話したら、快く承諾してくれた。
これで不安要素はなくなった。寝る前に掛け持ち先について考えるとしよう。
まずは勤務地についてだな。これは非常に大切なポイントだ。
俺は花恋荘に来る前、自宅の最寄り駅から大学まで電車通学していた。
花恋荘の最寄り駅は同じ路線で、大学により近い。夏休み後も花恋荘に住み込み、掛け持ち先も続ける予定なので、ここから大学までの駅近に絞るのが得策だな。
そうすれば、大学・花恋荘・掛け持ち先の3つをうまくこなせるはずだ。
次は仕事の内容だが…、今のところ“接客業”を考えている。
古賀さん達のおかげで、年上の女性と話す機会が増えた。この調子で老若男女話せるようになれば、将来の役に立つだろう。
一言に接客業といっても、店によって男女比・年齢層が異なる。居酒屋のような騒がしいところはハードルが高い。話し下手の俺には厳しいな…。
なので、静かなところかつ大人しい人が多めなのがベストだ。
…条件が多いのは否めないが、それを軸にバイトサイトで探してみる。
探してみた結果、1件気になる求人を見つけた。
花恋荘から大学までの駅近にある〇タヤのスタッフ募集だ。
その店には行ったことないが、〇タヤ自体は利用したことがある。
仕事内容をイメージできるのは良いよな!
俺が行ってた店は、本をベースにコミック・CD・DVDレンタルをやってたっけ…。
規模は違うだろうが、やることは同じだろう。
読書などのインドア系の趣味を持つ人は、おとなしい人が多い気がする。働きながらCD・DVDの知識も深められるし、古賀さん達との話題づくりに一役買うかも…?
昔の名画・名曲あたりはピッタリだろ!
…今のところ、条件に結構マッチしている。善は急げだ、明日応募してみるか。
翌日、花恋荘に来て5日目。古賀さんが用意してくれた朝食をありがたく頂いてから準備を始める。電話とはいえ、身なりはしっかりしておくべきだ。
ネットで事前に調べた営業時間を迎えたので、覚悟を決めて電話してみる。
すると男性スタッフから『採用担当に伝えるので、後で折り返します』と言われる。着信を気にしながらできることか。何があるかな…?
応募してわずか1時間後。さっきの男性スタッフから再度電話がかかる。
“今日の昼頃面接できる”と言われたので、すぐOKした。
こんな早く面接してもらえるなんて…。面接中に腹が鳴らないように、出かける前に小腹を満たそう。
そして昼頃。お目当ての〇タヤに着いた。店内は…、俺が行ってた店より広い。
いつからあるかは知らないが、キレイなのも良い。
…と、のんびりするのは後だ。俺は受付の男性スタッフに面接の旨を伝える。
「少々お待ちください…」
そう言って、彼は店の奥に入っていく。
声からして、電話をかけたのはさっきの男性スタッフか…。
それから30秒ぐらい経っただろうか、彼が戻ってきた。
「お待たせしました、こちらにどうぞ」
男性スタッフに従い、店の奥に入る俺。
バックヤードの通路脇には、大きな包装に包まれた大量の本がある。
人気の本はこまめに補充しないといけないし、倉庫に置く暇はないよな。
…男性スタッフは『スタッフルーム』と書かれた扉の前で立ち止まる。
「スタッフルームは広い1Rみたいになってまして、副店長は奥にいらっしゃいます」
面接してくれるのは副店長なのか…?
「わかりました。お忙しい中、ありがとうございました」
「いえ…。では、私はこれで」
男性スタッフは持ち場に戻っていく。
いよいよ面接か。最後にやったのは、大学の推薦入試の時だったな…。
苦手なのは変わりないが、場数を踏むしかない気がする。
ノックを3回すると、『どうぞ』と女性の声が聞こえた。
…よし、行くか。俺は覚悟を決めてスタッフルームに入る。
スタッフルームの中は、さっきの男性スタッフの言う通り広い一室だ。
事務机が3台あり、それら以外の机が1脚ある。
1脚ある机周りには、長椅子が2脚ある。女性はそこに座っているな。
彼女以外の人はいないから、さっきの声の主はこの人だ。
「よく来てくれたわね。座ってちょうだい」
彼女の指示に従い、向かい合うように座る。…今の声と真正面から顔を観たことで、この人の正体を思い出す。
「荒井さんですよね…?」
「覚えていてくれて嬉しいわ」
彼女は微笑む。
あの件がなかったら、優しい上司かもしれないな…。
「私がこの店の副店長の
「
「そう固くならないで。あの時のことがあったから、私に苦手意識があるのはわかるけど…」
「いえ、それはもう気にしてないです。単純に面接が苦手なだけで…」
「得意になる近道はないから、回数をこなすしかないわね」
「そうですか…」
世の中、そう甘くないな。
「あのアパートの管理人をしながら、バイトする余裕があるの?」
荒井さんに履歴書を渡した後、彼女に心配そうな顔をされる。
「一応ありますけど、向こうをメインにしてるのでこちらは少しにするつもりです」
「それでもありがたいわ。人手不足だからね」
嫌な顔されるかも? という心配は杞憂だったか。
「大学1年なのね。あの子と同い年か…」
独り言を言う荒井さん。
ここは黙って次を待とう。
「早速明日から研修始めるけど良いかしら?」
「え? 俺、採用なんですか?」
志望動機とか自己PRを言ってないのに…。
「試用期間だから、あくまで仮よ。君は真面目そうだし大丈夫だと思うけど、スタッフやお客様に何度もご迷惑をかけちゃったら…」
クビってことだよな。当然の流れだ。
「君と同い年の女の子がいるんだけど、試用期間中は彼女にマンツーマンをお願いするわ。気さくな子だから、何でも訊けるはずよ」
優しい先輩ってことかな? ありがたい情報だ。
「今出勤してるから、呼んでくるわね。ちょっと待ってて」
そう伝えた後、荒井さんはスタッフルームを出る。
…広い空間に1人きりって寂しいな。早く戻ってきて欲しいよ。
荒井さんが出て数分経っただろうか。出入口の扉が開く。
「お待たせ」
荒井さんの隣には、会ったことがあるような女子がいる。
あの子、もしかして…? そう思って間もなく…。
「…ねぇねぇ、倉式君でしょ? 久しぶりだね~☆」
彼女は座っている俺のそばに近付き、隣に腰かける。
顔が至近距離になり、疑惑は確信に変わった。
「綾瀬さん!?」
「そうだよ☆
「…2人は知り合いだったの?」
驚きを隠せない荒井さん。
「そうなんですよ、ふくてんちょ~。わたし達、高2の時クラスメートだったんです☆」
彼女はそう言うが、俺達は会話をしたことがない。明るくて無邪気で天然が少し? 入ってる綾瀬さんを可愛く感じ、遠くから眺めていたに過ぎない。
なので、俺のことを覚えていて本当にビックリしたぞ。
「…同い年に加え知り合いなら、指導役は綾瀬さんが適任ね」
再度俺に向かい合う形で座る荒井さん。
「はい☆ ふくてんちょ~がダメって言っても、倉式君はわたしが指導しちゃいます☆」
「…綾瀬さん。少し早いけど、休憩しても良いわよ。積もる話があるんじゃない?」
「めっちゃくちゃありますよ☆ ね、倉式君?」
「いや、そこまでは…」
多少はあるけど、めっちゃくちゃはない。
「えぇ~★ ノリ悪いよ~、倉式く~ん★」
頬を膨らませる綾瀬さん。機嫌を悪くしたのは、一目瞭然だな。
「倉式君。明日は8時30分に来てちょうだい。この店は9時30分開店だけど、説明したいことがたくさんあるからね」
「はい、わかりました」
要点を伝え終わった荒井さんはスタッフルームを出て行く。
「何から話そうかな~☆」
ウズウズした様子の綾瀬さん。
質問攻めにあうかもしれないが、時間はあるしとことん付き合おう。
彼女は、この店では俺の先輩になるんだから。
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