第20話 サウザンド・スプリングに弟子入り!?

 近くの高層マンションに住んでいる荒井さんに向けられた疑いを晴らした俺。

古賀さんと金城さんが助けてくれたおかげだ。とても感謝している。


ホッとしたのも束の間、藤原さんからサウちゃんの生配信を一緒に観るように誘われる。親睦を深める機会として、ありがたく誘いに乗ることにした。



 21時5分ほど前に、藤原さんの部屋がある103号室の呼鈴を押す。


『入って』

彼女は玄関の扉を少し開けて伝えてきた。


「はい…、お邪魔します」

今は夜だし、古賀さんと金城さんのことを考え小声で言って入る。



 「…さっきから気になってたけど、お風呂入ったんだね。シキ」

部屋に入ってから、藤原さんが言う。


「そりゃそうですよ。雑草抜きで汗かきましたから」

生配信を一緒に観る以上、至近距離になるのは避けられない。


そんな状態で汗臭かったら、誰だって嫌だろ?


「良い匂いがするから、すぐわかった…」


「そういう藤原さんこそ、良い匂いしますよ」

俺とは比較にならないレベルでな。


「サウちゃんの配信観たらすぐ寝るつもりだから…」


「そうですか」

お互い、準備完了って訳だ。



 藤原さんの部屋にある折り畳み机には、ノートパソコンが置いてある。

カーテン替えをする時はどうだったか…? 記憶にない。(12話参照)


「ちょっと狭いかもしれないけど…」


「気にしないで下さい」


パソコンの正面に座った彼女の隣に座る。


…隣にいると、良い匂いが強くなる。良からぬことを考えてしまいそうだ。


サウちゃんの生配信まで、あと3分か…。このまま大人しく待つとしよう。



 「私、サウちゃんのようなVTuberになりたいんだ…。シキが養ってくれそうにないから…」


突然告白する藤原さん。


「あの話、本気だったんですか?(5話参照)」


「もちろん。…そんな嘘付く必要ある?」


「ないですね…」

会って間もない人に言う嘘ではないのは確かだ。


「気が変わったら、いつでも言って…」


藤原さんには悪いが、気が変わるとは思えないぞ。



 「私はサウちゃんのようなゲームの腕はないから、彼女とは別の方向性でやらないといけないの…」


「大変ですね…」

他にかける言葉が見つからない。


「その方向性については大体考えてるけど、人を惹き付けるにはどうすれば良いかが未だにわからない…。VTuberには必須スキルなのに…」


ため息混じりに言う藤原さん。


「人を惹き付ける…ですか?」


「うん。それを少しでも知るために〈サウザンド・スプリング〉さんにコンタクトを取ってるんだ…」


「どうしてスプリングさんなんですか?」

候補は他にもいる気がするけど…。


「あの人はサウちゃんのファンとしては新参なのに、多くのファンと交流してるんだよ。人を惹き付けてると思わない…?」


「確かに…」


「だから『スプリングさんもVTuberなんですか?』って訊いたの…」


「そうしたら、何て返って来たんです?」


「『違うわ。私は普通の視聴者よ』だって。とても信じられないけど…」


正直に言う必要はないよな。真相はスプリングさんだけが知る…。


「今までのスプリングさんのコメントを観たけど、良い人そうだし友達になれたらって思ってる…。人となりをもっと知りたいから…」


「そうですか。上手くいくと良いですね、応援しますよ!」


「ありがとう、シキ…」



 21時になり、サウちゃんの生配信が始まる。


【みんな、観てくれてありがとう。前から“生配信してほしい”って声があったから、初めてやってみるよ…】


「サウちゃん、スプリングさん以外のコメントも読んでるんですね」

返信しない=読んでない、とはならないようだ。


「そうみたい…」


視聴者のコメントが画面上を流れる。普段の配信とは違うスタイルなので新鮮だ。


【実は今回、実況するゲームを決めてないんだ…。多数決で決めるから3分間積極的にコメントして欲しいな】


なるほど。これが“視聴者参加型”ってやつか。よく考えてるな~。


『キノコが出るゲームが良いわ♪』

そう書かれたコメントが、1番最初に流れる。


「これ、スプリングさんだ、間違いない…」


スプリングさんも今観ているのか。藤原さんが嬉しそうに言うのも納得だ。


そのコメントに対し、『スプリングさんに同意!』といった好意的な意見が目立つ。本当に普通の視聴者なのか…? 彼女が疑いたくなる訳だよ。


それから3分後。『キノコが出るゲーム』が満場一致になり…。


【キノコが出るゲーム…。〇リオカートで良いかな?】

サウちゃんも納得した様子で実況が始まる。



 …生配信であっても、サウちゃんの腕は本物だ。ぶっつけ本番でも、上手なのは変わらない。


〇リオカートは運ゲーでもあるが、実力も必要だ。彼女はほぼ上位に居続けている。


「シキ、そこで見えてる? もっと近付いて良いよ…」


「それ以上だと…」

くっつけるぐらいの距離になっちゃうぞ。


「良いから…」


「わかりました」

お言葉に甘え、距離を縮めるが…。


藤原さんの顔は目の前にあり、風呂上がりの良い匂いはもっと強くなる。

これはヤバいぞ。どれだけ我慢できるか…。


「シキ。さっきから私ばかり見てるけど…?」


「すみません、何でもないです!」

余計なことを考えずに視聴に集中する。


もし手を出そうものなら、間違いなく俺はここにいる資格はないな。



 数レースが終了した。サウちゃんは全レース3位以内に入る好成績を残す。

普通の動画は編集できるが、生配信ではそうはいかない。


彼女の実力を改めて知ったのだった。


【いつもより短いけど、今回はここまで。観てくれてありがとう…】

そう言って、配信を終わらせたサウちゃん。


「…終わっちゃいましたね」


「そうだね…」


これで気を紛らわせる手段がなくなった。さっさと帰らないと。


「藤原さん、今日はありがとうございました。俺はこれで」

急いで立ち上がり、部屋の出入り口に向かう。


「ちょっと…、シキ…」


名残惜しそうな彼女を置いて、俺は逃げるように部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る