第18話 俺は不審者じゃない!
花恋荘に来て3日目になった。朝食を作ってくれた古賀さんによると、今日は朝早くからマッチングした相手に会いに行くらしい。
夕方には戻ると聴いているので、夕食の心配は無用だな。一安心だよ。
俺はどうしようかな…? 敷地内の雑草はまだまだあるし、雑草抜きでもやろう。
とはいえ、炎天下の中やるのは辛いから午前中だけの短時間にするか。
着替えと準備を終えて、管理人室を出る。古賀さんの車はもちろんだが、金城さんの車もない。藤原さんはわからないな…。
花恋荘の敷地内には普段2台の車が停まっており、1台は古賀さんの車なのは知っていたがもう1台が不明だった。
それをハッキリさせるため、全員が揃っている夕食中に訊いてみた。
その結果、金城さんの車であることが判明したのだ。
車を持たない藤原さんがいるかどうかは、呼鈴を押すなり物音を聞いて判断する訳だが、今はする必要がない…。
ここに来て2回目の雑草抜きだ。コツは掴んだから、ペースを上げられそうだな。1本、2本とテンポ良く抜いている時…。
「君! そこで何してるの!!」
何やら怒号が聞こえたので、そのほうを観る。
敷地の出入り口付近に、女性1人が立っている。
…こっちに来るぞ。俺に対して言ったのか?
女性は俺の目の前で立ち止まる。外見は藤原さんより若く見えて真面目そうだ。歳は20代半ばってところか…? なにはともあれ、俺より年上なのは間違いない。
「ここはね、女性専用のアパートなの。男の子の君がいて良い場所じゃないわ!」
花恋荘の人じゃないのに、その事を知ってるなんて…。
それよりも今の言い方、絶対不審者として見られている。
「俺、怪しい者じゃないです! ここの管理人なんですよ!」
「男の子の君が? つまらない嘘を付くものね」
「嘘じゃないです!」
信じられないのはわかるがな…。
「じゃあ身分証とか見せて。持ってるはずでしょ?」
「えっ?」
そんなもの貰ってないぞ…。
「やっぱり管理人なんて嘘でしょ。正直に言えば、見逃してあげても良いけど?」
おいおい、この人警察に通報する気じゃないか! それは勘弁してくれよ…。
「俺は住み込み管理人のバイトみたいなもので、身分証とかは持ってないんです。俺に頼んできた叔母なら説明してくれると思うんですが…」
「ふ~ん。君の叔母さんって、どういう仕事してるの?」
「“公務員”って聞いてますけど…」
「働いてるなら、連絡が付くかわからないわね。付いたとしても、ここに来て君の身分を証明するのは厳しいか…」
考え込む女性。次の手を考えてるのか…?
「君が管理人なら、住民と何度も会ってるはずよね? その人達に証明してもらいましょうか」
今、古賀さんと金城さんはいない。不明なのは藤原さんだが…。
「わかりました。103号室に住んでる人がいるかもしれないので、付いて来て下さい」
「わかったわ」
俺の指示に従う女性。
103号室前に着き、呼鈴を押してみる。……反応がない。
もう1回押してみる。…ダメだ、出てくれない。
「他の部屋に住んでる人はどうなの?」
「101号室と2号室に住んでる人は出かけてます。他の部屋は空室ですね」
「そう…」
現段階で、俺の立場を証明する手段はない。八方塞がりとはこの事か…。
「もうそろそろ駅に着かないとヤバいかも…?」
腕時計を観ながら、独り言を漏らす女性。
「アパートの部屋の事情に詳しいし、逃げるそぶりを見せない。本当のことを言ってる…?」
この人、俺の目の前でブツブツ言い続けてるぞ…。
「完全に信じた訳じゃないけど、本当に管理人の可能性がありそうね。…私、これから仕事なの。君のことは気になるけど、今はここまでにするわ」
「今は…?」
どういう事だ?
「仕事が終わった夜にまた来るわ。住み込み管理人なら、ここにいるはずよね? もしいなかったら、警察に通報するからそのつもりで」
そう伝えてから、立ち去ろうとする女性。
「待って下さい! あなたは一体…?」
一方的に訊かれるのはフェアじゃないだろ。
「…最低限だけ伝えておきましょうか」
女性は立ち止まって、振り返る。
「私は
彼女は近くの高層マンションを指差す。
花恋荘から100メートルぐらい離れたところに高層マンションがあるが、そこの住民なのか…。
「あそこも女性限定なの。正確には、既婚者の男性だけは免除されるけど。入居する時にここのことを聴いてるから、私だけが知ってる訳じゃないのよ」
「そうなんですか…」
花恋荘の事情を考慮してるって訳か。
「君が本当に管理人であることを祈ってるわ」
荒井さんは電車の時間を気にしてか、足早に去っていった。
夕方になり、全員揃っての夕食だ。荒井さんは夜来ると言っていたな。
そう遠くない内に来ると思うと緊張するぞ…。
「倉式君、なんか顔色悪いわよ? 何かあった?」
心配そうな顔をする古賀さん。
「実は午前中、大変なことが起きまして…」
「何が起きたか知らないけど、話してみて」
彼女の言葉に、金城さんと藤原さんも頷く。
「午前中に、敷地内の雑草抜きをしてたんです。そうしたら、近くのマンションに住んでる女性に不審者扱いされまして…」
「雑草を抜く気が利いた不審者なんている訳じゃん!」
「真理ちゃん、ふざけちゃダメ! それで…、どうなったの?」
「一生懸命説明したんですけど納得してもらえず、今日の夜にまた来ることになりました…」
「倉式君、その人が来たらあたしを呼んで。聴いてて納得できないもの!」
「ウチも付き合うよ! その性悪女の顔を観たいからさ!」
古賀さんと金城さんが助けてくれるのか…。本当にありがたい。
「シキ。力になりたいけど、私はパス…」
申し訳なさそうな顔をする藤原さん。
「大丈夫ですから、気にしないで下さい」
彼女の性格的に厳しいのはわかっている。
夕食を食べ終わった俺達。荒井さんが来る時間は刻々と近付いてくる…。
「…それじゃ、私はこれで。…ごちそうさま」
藤原さんは立ち上がり、管理人室を出て行く。
「ウチらはどうする? 千恵美さん?」
荒井さんが来る時間がわからない以上、2人がすぐ来られるとは限らないよな…。
「そうね…。倉式君を1人にしたくないし、お風呂に入るタイミングをずらしたほうが良いかも」
「確かに。じゃあ、どっちが先に入る?」
「じゃんけんで決めれば良いんじゃない?」
「了解。んじゃ、早速…」
古賀さんと金城さんが向き合い、じゃんけんを始めようとした時…。
【ピンポーン】
管理人室の呼び鈴が鳴る。
夜に宅配業者が来ることはないし、藤原さんが押す訳がない。そうなると…。
「来たっぽいね…」
「そうね。倉式君、大丈夫そう? 無理ならあたし達だけで何とかするけど…」
「いえ、俺も出ます。管理人として、情けないところは見せられません!」
「良く言った倉くん。ウチらで性悪女にガツンと言ってやろうよ!」
俺達は部屋を出て、玄関に向かう…。
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