第13話 このパンツは誰のだ?

 藤原さんの部屋のカーテン替えを終えた後、俺は一旦管理人室に戻って大きなゴミ袋を手にする。次にやりたいのは…、雑草抜きだ。


花恋荘の敷地は広いし、あちこちに雑草が生えているので、コツコツやっていこう。



 …今回はこの一帯にするか。目星をつけた俺は、気合を入れて雑草を引っこ抜く。

雑草はしぶといものだ。完全に取り除くには、根を地中に残してはいけない。


もし残すと、すぐ復活すると聴いている。父さんと一緒に家の周りの雑草抜きをした際に教えてもらったのだが、ここでその知識が活かせるとは思わなかったぞ…。



 その後も、こまめな休憩を挟みながら雑草抜きを続ける。炎天下で続けるのは辛いので、あと10本ぐらい抜いたら終わりにしよう。


そう思って、他の雑草の一帯を観た時だ。何やらピンクの物が、一帯の中心に落ちている。土と草に合わない色なので、簡単に見つけることができた。


俺はそれを拾ってみたんだが…。


「これ、下着じゃないか! しかも女性の…」


リボンが付いた可愛らしいパンツだ。いつからあったか知らないが、特に汚れは見当たらない。となると、落ちたのは最近か。


花恋荘に住んでいるのは、古賀さん・金城さん・藤原さんの3人だから、3人の誰かの物なのは間違いないだろう。


幸い、俺は3人の連絡先を知っている。なので部屋を訪れて「このパンツはあなたのですか?」と訊いて回る必要はない。


どう伝えるべきか少々悩んだが『花恋荘の敷地内で、ピンクのパンツを拾いました。心当たりがある方は、管理人室に来て下さい』と3人に〇INEで伝えた。


これで一件落着だな。万が一誰も名乗り出なかったら、捨てることにしよう…。



 雑草抜きの後、俺は管理人室の掃除をする。

古賀さんの都合が付く時、ここで料理を作って振舞ってくれるのだ。


なるべくキレイにしておくのが礼儀だよな。


掃除を終えた後は、パソコンをいじって古賀さんの帰りを待つ。夕食も何か作ってくれることになってるけど、既に腹減ってるので早く帰ってきて欲しいな~。


…玄関の扉が開く音が聞こえる。古賀さんが帰って来たかパンツの所有者が取りに来たのだろうか?


「倉くん。パンツ見せて~」

そう言って部屋の扉を開けたのは…、金城さんだ。


彼女に続き、古賀さんと藤原さんも入ってきた。

どういう事だ? 一体誰がパンツの所有者なんだろう?


「拾ったパンツは、あそこに置きました」

俺は引き出しの上を指差す。


3人はパンツの元に近付き…。


「これ、可愛いパンツね」

古賀さんが感想を言う。ってことは、彼女の物ではないな。


「ウチの好みではないかな~」


「…同じく」

2人の発言からして、所有者ではないのは明らかだ。


「皆さん。パンツ落とした心当たりあるんですか?」

3人の意見からは、そういった気持ちがまったく感じられない。


「ないわよ?」


「ウチもない」


「…私も」


つまり3人は、“他人のパンツを見たい”という理由だけでここに来たのか…。

『見世物を観るために来た』と言い換えても良いかもしれないな。



 「あの…、3人が一度に来たのは偶然なんですか?」

タイミングが良すぎて気になる。


「偶然じゃないわよ。あたしが戻ってきたら、一緒に管理人室に行くように話を付けたから」


古賀さんが説明してくれたのは良いけど…。


「どうしてそんな事を?」

個別に来て良いのに…。


「倉くんがそのパンツをにして楽しむかな~と思ってね。なるべく邪魔しないように、一度に来たって訳。ウチの発案だけど、どう?」


「どうって言われても…、金城さん。俺、そんな事するように見えます?」


「…見える。だってシキ、私の太ももに挟まれた時ニヤついてたし」

口を挟む藤原さん。


「ちょっと麻美!? あんた、倉くんに何したの?」


「…カーテンを変えるために、肩車してもらった。私が上で、シキが下」


「ふ~ん。カーテンってことは、そばに窓ガラスがあるよね。反射で倉くんの顔を観た訳か」


「…そういう事」


「倉式君。どうして麻美ちゃんを肩車したの?」

古賀さんが厳しい目で俺を観る。セクハラ目的だと思われてるかも?


「踏み台とかがなかったので、高さを稼ぐために仕方なく…」


「あたしの部屋に椅子があるから、言ってくれれば良いのに」


「古賀さん、男性と会うために出かけてて部屋にいなかったでしょ?」


「…あ」

彼女、意外と抜けてるタイプ?


「だとしても、すぐやる必要はないじゃない。 カーテンを替えるなんて」


「管理人として、なるべく早く力になりたかったんですよ!」


「…千恵美さん。肩車を提案したのは私。だからこれ以上は…」

藤原さんがフォローしてくれた。


「麻美ちゃんがそう言うなら、これ以上は何も言わないわ」


良かった。何とか丸く収まったぞ。



 「ねぇ、倉くん。このパンツどうする気?」

金城さんが訊いてくる。


「捨てるつもりですけど…。3人の物ではないみたいなので」


「えぇ!? もったいないよ。使ってあげないと、パンツが報われないって」


「どう使えば、パンツは報われるんですか?」

彼女の言うことは、なんとなく予想できるけど…。


「そりゃ、だよ。それ以外に何があるの?」

やっぱり思った通りだ。


「女性の下着なんですから、穿いて使うのが1番でしょ!」


「だってそれ、ウチのタイプじゃないもん」


「そう言ってたの、聴きましたけど…」

このピンクのパンツを好意的に観ていたのは、確か…。


「千恵美さん。倉くんが使わないなら、もらったら?」


「えぇ!? あたし!?」

急に話を振られ、戸惑う古賀さん。


「さっき『可愛いパンツね』って言ってたじゃん」


「それとこれとは、話が違うわよ!」


“好みに合うか”と”もらう”とでは、彼女の言う通り話が違うよな…。


「このままここに置いてたら、倉くんがずっとムラムラしちゃうよ?」

まったく、金城さんは俺を何だと思ってるんだ…。


「…わかったわよ。あたしが引き取る」


「古賀さん、俺のことは気にしなくて良いですから」


「そういうつもりじゃないわ。まずはその下着を洗濯しないと。もう洗濯した?」


「いえ…、してないです」


「見た目はキレイでも、意外と汚れているものよ。後で置いた場所を拭いておくと良いわ」


「はい、そうします」

話が付いたので、ピンクのパンツは古賀さんの手に渡る。



 「それにしても、パンツはどこから来たんでしょう?」

花恋荘の敷地にあった理由がわからない…。


「風で飛んで来たか、鳥かしらね」


「古賀さん。どういう目的で、鳥がパンツを運ぶんですか? 」


「…知らないわよ。適当に言っただけ」

適当なんだ…。


「ウチの予想だと、巣の材料にしたかったんだと思うよ」

金城さんが話に加わる。


「巣ですか…?」


「うん。カラスが巣をつくるためにハンガーをパクるのを聴いたことあるから、その類でしょ。…多分」


最後の“多分”で、信憑性がダダ下がりだ…。


「…変態がここに来た時、盗んだパンツを落とした可能性もある」

別案を出す藤原さん。


「何それ!? 怖くない?」

古賀さんの言う通りだな。


「…シキが守ってくれるはず」

藤原さんの言う通り、住民を守るのも管理人の仕事の内だよな!


「…良いこと思い付いた。花恋荘の出入り口に倉くんのパンツを干せば良いんだ! そうすれば、変態は来なくなるね」


「金城さん。嫌ですよ! そんなの!」



 『ぐうぅ~~~』

俺の腹の音が、管理人室に響く。…かなり恥ずかしい。


「倉式君、お腹すいてるのね。すぐ作るから待ってて!」


「え…? どゆこと?」

金城さんが不思議そうな顔をする。


「実は、俺の食事は古賀さんに作ってもらうことになりまして…」


「良いな~。千恵美さん、ウチにも作ってよ!」


「…私も」

金城さんはともかく、藤原さんも便乗するんだ…。


「2人は良い大人なんだからダメ!」


「良いじゃん、ケチ!」


「…ケチ」


「大体ね、1人分と2人分はさほど変わらないけど、4人分となると話は別よ。全然違うじゃない!」


「だったら、お金出すから! それなら良いでしょ!?」


「…本当に払ってくれるんでしょうね?」

疑いの眼差しを向ける古賀さん。


「払う払う!」


「私も払う…」

藤原さんもなんだ…。


「わかったわよ! 作ってあげるから、3人共待ってて!」


「ありがとう、千恵美さん!」


「…ありがとう」


こうして俺達は、古賀さんの料理を待つことになった…。

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