第12話 ドキドキ肩車
管理人最初の仕事は、藤原さんの部屋にあるカーテンを変えることだ。
カーテンレールに付けるのはかなり面倒なので、気持ちはわかるな…。
彼女の部屋に入ることになるが、許可はもらってるので安心だ。
人生初の女性の部屋にドキドキしながら、俺は入室する…。
「お邪魔します…」
俺は藤原さんに続き、103号室に入る。
…ぱっと見、部屋の構造は管理人室と同じだ。出入口そばにキッチン、奥に部屋、キッチン周りの扉を挟んでトイレと脱衣所・風呂があると思われる。
「部屋の構造は、管理人室と一緒ですね…」
ジロジロ観ているのはバレてるので、正直に感想を言う。
「そうなんだ…。私は気にしたことない…」
「古賀さんと金城さんは、今日管理人室で酒を飲んでましたよ」
あの2人は、愚痴るために何度も出入りしているに違いない。
「…へぇ。あの2人とは仲良くないし、全然知らなかった…」
う~ん。やっぱり会話が続かない。
「…シキ。おしゃべりするために連れてきたんじゃないよ」
うんざりした顔をする藤原さん。
要件を済まさずに玄関先で話してたら、誰だってそうなるか。
「すみません。カーテンは、部屋にあるんですか?」
「うん」
「それなら大丈夫そうですね」
俺は藤原さんに続き、部屋に入ることになる。
部屋の中は…、やや散らかっている。折りたたまれた段ボールが、一か所にまとめてあるからだ。他には、ブラだけが床に散乱している。
ダンボールの片付けも、俺が担当した方が良いな。
それ以外は普通だ。折り畳み机・引き出し・布団といった、当たり前の家具で占められている。色合いもシンプルそのもので、男の俺でも過ごしやすい。
ピンク多めとかぬいぐるみがたくさんあったら、どうしようかと…。
「私の部屋、珍しい…?」
キョロキョロしている俺に、藤原さんが尋ねる。
「実は俺、女性の部屋に入ったことないんですよ。だからついジロジロ見てしまい…、すみません」
「シキは、初対面の私の体をじっくり観るむっつりさんだから、気にしてない…」(3話参照)
あれはダボダボTシャツの下が気になったのであって…。
そう思うこと自体、むっつりかもしれないな。
「あの…、どうしてブラがあちこちにあるんです?」
それ以外は、至って普通なのに…。
「私、出かける時だけブラして、いつもはしないの。『帰ったら外す』を繰り返したらこうなった…」
本来はマメに洗濯して収納すべきだが、短時間付けるだけなら“不要”と判断したか。
それが積み重なった結果、放置されたブラが増えていったんだろう。
あれ? じゃあ今はどうなんだ? 古賀さんを見送った時、藤原さんは外出してなかったはずだ。花恋荘の出入り口は1つで、車も利用するからな。見落とすはずがない。
外で話す俺と古賀さんの声を聴いて、彼女が部屋から出てきたと考えるのが自然だ。
その状態は“いつも”に入るのか…?
「シキの期待通り、今はしてない。透けたりしないと思うけど…」
しまった! 無意識に彼女の胸を観ていたか…。
ネイビーが透けることは、まずないよな。
「すみません。つい…」
「私は良いけど、他の人にやったら“セクハラ”だよ。気を付けて…」
「はい…」
初対面の時から、いろいろやらかしてるな。俺…。
「シキに付けてもらいたいカーテンは、あそこにある…」
そう言って、現在付いているカーテンの下あたりを指差す藤原さん。
…薄い緑色のカーテンがあるな。現在の白いカーテンは、多少汚れがある。
「わかりました。今から変えるので、踏み台とかあります?」
いくら俺でも、そのままでは届かない。
「…ない」
困ったぞ。これじゃ付け替えられない。頼んできたから、あるとばかり…。
折り畳み机に乗るのは論外だ。布団の上に乗っても、高さは稼げない。
一体どうすれば良いんだろう…?
「藤原さん、どうすれば?」
彼女が何か思い付いてるかも?
「…肩車なんてどう?」
「え? 肩車ですか?」
それなら何とか届きそうだが…。
「そう。私が上で、シキが下。…とりあえずやってみない?」
「良いんですか?」
大人の女性相手にやって良いのか…?
「…他に方法はなさそう。無理っぽいなら、今日は良いから」
藤原さんが許可を出したんだ。やるだけやってみるか。
「わかりました。早速始めますね」
「うん」
俺はバランスを意識しながら、肩車を行う。
「どうですか? カーテンレールまで届きそうですか?」
「…何とかなりそう」
「そうですか。まずは、今のカーテンを外しましょう」
「了解」
今は外すだけだから、そう難しくない。彼女を固定するのに専念すれば良い。
……無事外し終えたか。ここからが大変だ。
「シキ、緑のカーテンちょうだい…」
「了解です」
俺はゆっくりかがんでカーテンをつかみ、それを藤原さんに一部渡す。
さっきとは違い、彼女の固定とカーテンの位置調整の両方をしないといけない。
というのも、カーテンを高いところにあるカーテンレールに引っかけるには、それを俺の身長以上の場所にキープし続ける必要がある。
これがなかなか辛いところだ。藤原さんを、俺のせいでケガさせる訳にはいかない。万全の注意を払いながら、肩車を続ける。
「…シキ、終わったから下ろして」
俺は全く見えないが、どうやら終わったようだ。
「はい…」
指示通り、藤原さんを下ろす。
慣れないことをしたので、首とか肩を痛めたかも…。湿布とか管理人室にあったかな? 後で探してみるか。
「ありがと、シキ…。助かった」
「いえ、当然のことですよ」
「お礼は、これで良い…?」
そう言って、手で自家発電の動きをする藤原さん。
「どうしてそうなるんです!?」
「…え? むっつりのシキには、これが一番のお礼になるでしょ…?」
今までの印象が悪いからな。仕方ないかもしれないが…。
「 給料はちゃんと出るので、お礼は結構です!」
「そこまで言うなら…」
良かった。大人しく引き下がってくれたか。
「藤原さん。そこにあるダンボールの山、回収しておきます」
俺が回収日に、収集場に持って行こう。
「…良いの?」
「これも仕事ですから。何かに使うつもりなら、そのままにしますが?」
「捨てるのが面倒で放置してたから助かる…」
いらない物と判明したので、折りたたまれた段ボール達を持つ。
「カーテンは『燃えるゴミ』として出してもらえば大丈夫です」
今の俺はダンボールで精一杯だ。カーテンの処理は、藤原さんに任せよう。
「了解…」
「また何かあったら、管理人室に来てもらうか携帯に連絡して下さい」
自力ではなかったが、力になれたはずだ。初めてだしこんなところかな。
「わかった…」
俺は彼女の返事を聴いてから、藤原さんの部屋を後にする。
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