第1章 花恋荘で生活を始める

第7話 酒に酔うあの人

 今日は、色々なことがあった…。風呂から出た俺は、自室のベッドにダイブする。


旦那が原因で別れることになった女性のみが入れるアパート、花恋荘かれんそう

俺はそこに行き、古賀こが千恵美ちえみさん・金城きんじょう真理まりさん・藤原ふじわら麻美あさみさんと出会う。


花恋荘の住民は最長1年間、国から支援金が支給されるようだ。

その支援金で、新たな人生を迎えるための準備を整えるらしい。


共働きしているならともかく、専業主婦やパート・アルバイトの女性が心機一転するには、時間とお金と場所が欠かせないだろう。


花恋荘のような存在が必要なのは、俺にだって理解できる。


だが、古賀さんは7か月・金城さんは9か月・藤原さんは10か月後に、必ず花恋荘を去ってしまう。悲しいことだが、これを変える術はない…。


いや、変える必要はないか。花恋荘を出る頃には、全員来た時よりも素晴らしい人生が待っているんだから。俺は温かく送り出すべきなんだ!


…他にも考えたいことはあるが、眠気が限界に達したので就寝する。



 翌日。自宅のリビングで、母さんと一緒に朝食をとる。


「隼人。荷物は大丈夫そう? 宅配便で送っておいたほうが良いんじゃない?」

母さんが気を遣ってくれる。嬉しいことだが…。


「大丈夫。あそこには、既に生活用品があったからね。俺が主に向こうに持って行くのは“服”だな」


引き出しがあることはわかっているので、そこに入れるだけだ。


心機一転する今、新しい服を買っても良いが極力節約したいので、お気に入りを花恋荘に持ち込むことにする。


「…そういえば、昨日美雪の連絡先訊いた?」

思い出したように言う母さん。


「訊いてない。すっかり忘れてた…」


管理人の件がなければ、美雪叔母さんと会って話すのは正月の時ぐらいだ。

普段なら困らないが、俺のサポートをお願いした以上知っておくべきだな。


俺から美雪叔母さんに連絡する手段がないのはマズイ。


「私から、後で交換するように言っておくわ。いくらなんでも、私が勝手に教えるのは良くないからね」


「わかった」

個人情報は、本人から教えてもらうのが常識だよな。手間なのは否めないが…。


「他に訊いておきたいことがあったら伝えるけど…?」


他か…。何か訊くべきことあったかな…?


「管理人の給料というか、報酬のことかな」


昨日聴いた時は『女性と話すトレーニング』として受けた訳だが、花恋荘に住むならお金がいる。管理人がボランティアなら、バイトも併用しないと。


「了解よ。ちゃんと伝えておくわね」



 朝食後、俺は向こうに行く準備と出かける用意をすぐ済ませる。

玄関で靴を履いている時、母さんが見送りに来てくれた。


「風邪引かないように、注意するのよ」


「わかってるって。俺は子供じゃないんだから」

大学1年になっても、この扱いか…。


「昨日も言ったけど、いつでも帰ってきて良いからね」


「心配性だな、母さんは。それじゃ、行ってきます」


「いってらっしゃい」


母さんの言葉を聴いてから、俺は玄関の扉を開ける…。



 花恋荘最寄りの駅に向かう電車の中、母さんから連絡が入る。


『美雪に朝の件を伝えておいたわ。すぐ管理人室に向かうみたいだから、返事は本人から聴いてちょうだい』


すかさず『わかった、ありがとう』と返信する。


あれ? 昨日、管理人室のカギを閉めてから古賀さんに送ってもらったけど、美雪叔母さんはカギの予備を持っているのか。


これなら万が一、カギを失くしても安心だな。



 駅に着いてから、花恋荘に向かって歩く俺。昨日と違って道はわかるものの、荷物があるので結構大変だ。“筋トレ”と割り切るか…。


そして、何とか花恋荘に着いた。美雪叔母さんが管理人室にいるんだから、カギを出す必要はないな。俺は扉を開ける…。



 「あたしだってね…、好きでこうなったんじゃないんだから!!」

入って早々、叫び声を聞く。


この声は…、古賀さんじゃないか! 部屋のほうから聞こえたけど、一体何があったんだ?俺は管理人室の玄関で靴を脱ぎ、急いで部屋に向かう。


ちゃぶ台周りに古賀さん・金城さん・美雪叔母さんが座っている。

机の上にある複数の缶は…、酒か? 小さくてラベルとかがよく見えないけど…。


「そいつが最低なだけだから、気にし過ぎちゃダメだって」


金城さんがそう言って、古賀さんの肩に手を置く。

その様子は、ようにしか見えない。


昨日とは真逆と言って良い状況なので、夢を観ているみたいだ…。

2人は酒の影響なのか、俺に気付いてないっぽいな。


部屋の入り口で立ち尽くしていると、美雪叔母さんが俺の存在に気付く。


「はやちゃん、やっと来てくれた~」

そう言って、駆け寄ってくる。


「古賀さん、どうしたんですか?」


「それが、よくわからないの。姉さんから連絡が来たから、はやちゃんがここに来る前に管理人室のカギを開けて待ってたんだけど…」


電車内で観た母さんの連絡通りだ。違和感はない。


「そうしたら、2人がお酒を持ってきて突然愚痴り出しちゃって…。困ってる時にはやちゃんが来てくれたんだよ」


この管理人室って、俺が来る前はどうなってたんだ…?

古賀さんと金城さんの愚痴る場所だったりする?



 それから、古賀さんと金城さんは黙って酒を飲み続ける。

さっきの叫んだ内容、訊いて良いものか…?


「あの…、古賀さん。何があったか教えてもらえますか?」

俺は彼女の元に近付き、腰を下ろす。


「…え? 倉式君?」

最初はトロンとした顔をしていた彼女だったが、すぐ表情に変化が現れる。


…昨日見た感じに戻ったな。酔いが醒めたのだろうか?


「倉くん、いつからいたの?」

驚く金城さん。


「さっきの古賀さんの叫び声を聞いたあたりです」


「あれ、聞かれちゃったの…?」

古賀さんは、徐々に顔を赤くする。


「はい…」

やっぱり、聞かれたくない事だったんだな…。


「千恵美さん、さっきの倉くんに話したらどうかな? 男の子の意見が聴けるしさ」

金城さんが、古賀さんにアドバイスする。


彼女は少し考え込んだ後…。


「そうね。倉式君、大した話じゃないけど聴いてもらえる?」


「もちろん良いですよ」

“男の子の意見”というのが気になるが、俺に答えられる範囲で答えよう。


覚悟を決めた様子の古賀さんが、話し始める…。

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