第6話 歓迎会②
新しく管理人になった俺を祝う会が、管理人室で行われる。
ちゃぶ台にカセットコンロで温まっているすき焼きがあり、その周りに住民である古賀さん・金城さん・藤原さんの3人も同席している状態だ。
こんな風に歓迎されるなんて初めてだから、緊張するな…。
全員で“いただきます”を言ってから、金城さんと藤原さんの2人が早速肉に手を付ける。肉は人気だし、仕方ないが…。
「2人とも、野菜もちゃんと食べないとダメよ!」
古賀さんが注意する。
「麻美。あんたは不摂生してるんだから、ウチに譲ってよ!」
「…嫌。真理だって、千恵美さんみたいにちゃんとしたもの食べてないでしょ」
「ウチは問題ないけど、あんたは別。その荒れた肌がもっと荒れるよ」
そう言って、その部分を指差す金城さん。
…藤原さんの顔には、小さいニキビが数個ある。それぐらいなら、俺も中学生の時になった事あるなぁ。
「…うるさい。余計なお世話」
藤原さんは、それでも引こうとしない…。肉への執着心が凄いな。
藤原さんは26歳・金城さんは35歳だから、9歳差になる。
にもかかわらず、2人の距離感が近い気がする。もしかして…。
「あの…、お2人はここで会う前から、知り合いだったりするんですか?」
勘違いかもしれないが、確認しておこう。
「まぁね。麻美は、ウチの元カレの妹なんだ」
「そうだったんですか…」
意外な繋がりだな。
「あっくんの家に遊びに行った時に、数回顔を合わせたことがある程度だよ」
「あっくん?」
誰のことだ…?
「元カレのこと。
「へぇ~」
以前から、あだ名で呼ぶ感じなのか。
「まさか、花恋荘で再会するとは思いもしなかったよ。麻美も同じだと思うけど」
「…そうだね」
不愛想に答える藤原さん。
妹の立場からすれば、兄の元カノって複雑な心境だろうな…。
「花恋荘に一緒に住むようになって、麻美の人となりがわかってきたもんよ」
思いふける金城さん。
俺も一緒に住むようになれば、3人のことをもっと知ることができるかな…?
「倉くん。麻美はむっつりスケベだから、そのつもりでね」
そんなこと言われても…、何て返せば良いんだ?
「…真理。余計なこと言わなくて良い」
イラっとした様子を見せる藤原さん。
「あんたの、〇ナニーしてる時の声がウチの部屋にも聞こえるんだから。“むっつり”なのは、紛れもない事実じゃん!」
「…え? 聞こえてたの?」
藤原さんは驚きをあらわにする。
「このアパートの壁、そんなに薄くないと思うんだけど。…気持ち良くなると、声も大きくなるよね。ウチもそうだから、苦情を入れなかったんだよ」
この管理人室は、101号室の隣に存在している。
ということは、ここで騒ぐと隣の部屋の古賀さんに丸聞こえかも…?
「…2人とも、倉式君の前でする話じゃないでしょ」
エロ話が続いているので、古賀さんが話題を変えさせる。
「ごめんごめん」
軽いノリで謝る金城さん。
女の人でも、〇ナニーするんだ…。知らなかった。子供扱いされないよう、こういう話を平然と聴けるようにしておいたほうが良いかも…?
その後は、全員黙々とすき焼きを食べる。肉ばかり食べる金城さんと藤原さんに、古賀さんが強引に野菜を振り分けた。
2人とも嫌そうな顔はしたが、残さずに完食する。
子供じゃないんだし、食べ切るのが当たり前だよな…。
無事、すき焼きを完食した俺達。全員で“ごちそうさま”を言う。
「古賀さん、今日はありがとうございました!」
彼女に向かって頭を下げる。
「千恵美さん、ありがと~」
「…ありがとう」
俺に続いて、金城さんと藤原さんも言い始める。
「良いのよ、これぐらい」
「…千恵美さん。ウチ、もしものために倉くんと連絡先を交換したんだけど、千恵美さんも交換したら?」
そう言われた古賀さんは、少し戸惑ってから…。
「倉式君。…良いかしら?」
申し訳なさそうな顔をしながら携帯を見せてきた。
「もちろんですよ。交換しましょう!」
金城さん、唐突に話しだしたな…。もしかして、すき焼きのお礼のつもりかな?
無事、古賀さんと交換を済ませた後…。
「シキ、私も…」
藤原さんがおねだりするような目で俺を観る。
3人中2人と交換したら、してない藤原さんの居心地が悪いというか仲間外れになるよな…。それは管理人として、避けねばならない状況だ。
「藤原さんとも、喜んで交換しますよ!」
そして、俺は全員と交換を済ませた。
古賀さんが食べ終わった食器などをキッチンに持って行くので、俺も手伝う。
これぐらいなら、食材を切ったように手伝えそうだ…。
「千恵美さん、ウチは手伝えることないし部屋に戻るね」
「…私も」
座っていた金城さんと藤原さんが立ち上がる。
「そうしてちょうだい。お手伝いは、倉式君だけで十分だから」
キッチンのスペース的に、3人以上いるのは無理だ。
「本当にありがとね~、千恵美さん」
「…ありがとう」
2人は再度お礼を言ってから、管理人室から出て行った。
「さっきのは、本当に困ったものよね」
キッチンで食器洗いを手伝うなか、古賀さんがつぶやく。
「何のことですか…?」
「麻美ちゃんのアレのことよ…」
彼女は、気まずそうに言う。
藤原さんのアレ…? 〇ナニーのことか。
「まさか真理ちゃんが、年下で男の子の倉式君の前で言うとは思わなかったわ…」
「あはは…」
今の俺には、愛想笑いが限界だ。
「真理ちゃん、だらしないところはあるけど悪い人じゃないから、嫌いにならないでもらえると嬉しいわ」
「大丈夫ですよ。ちゃんとわかってますから」
他人を気遣う余裕があるなんて、さすが年長者。
食器洗いが終わったので、やることがない…。とはいえ、今日は色々あったから疲れたな。
「古賀さん、今日は帰ります」
「倉式君、良ければ君の家まで送るわよ?」
「いえ、そこまでしてもらう訳にはいきません!」
すき焼きをごちそうになっただけでも申し訳ないのに。
「今の君、すごく疲れた顔してるわよ。そんな倉式君を見送ることはできないわよ。どうしても嫌なら、これ以上言わないけど…」
これから徒歩と電車を併用して自宅に帰る訳だが、うたた寝するかもしれないな。疲れと食後の眠さのダブルパンチだし…。
「それでは…、お言葉に甘えて良いですか?」
「良いわよ。それじゃ、出発しましょうか!」
俺は帰る準備を済ませてから管理人室のカギを手に取り、しっかり施錠してから古賀さんの車に乗る。
古賀さんの車内で自宅の住所を伝えたところ、すぐに理解してもらえた。
彼女って、花恋荘に来る前から俺の家から近いところに住んでたのかな?
気になるが、それを訊くとどうしても“離婚”に触れることになる。
デリケートな問題だし、深入りしない方が良さそうだ。
…そして、自宅前に到着した。
「今日は何から何まで、本当にありがとうございました!」
「気にしないで。あたしも倉式君の家を知れて良かったから」
「えーと、それはどういう…?」
俺の家を知って、古賀さんに何の得がある?
「君に何かあったら、迎えに行くことができるし、送ることだってできるからね」
そういう事か。他の目的はなさそうだな…。
「じゃあ、また明日ね」
「ええ」
俺は古賀さんに車内で頭を下げてから降りて、自宅の玄関の扉を開ける。
自宅に戻ってすぐ、母さんが今日のことを知りたがっているので、教えることにする。もちろん、花恋荘に住むかどうかもだ。
「私は、向こうに住んだほうが良いと思うわ。親離れする練習をしないと」
そう言う母さんが、少し悲しそうなのが気になるけど…。
「…そうだな。向こうに住むことにするよ」
せっかく3人と知り合えたんだ。これからも仲良くしたいな。
「隼人が向こうに住むのはちょっと寂しいけど、2度と会えなくなる訳じゃないし、気が向いたらいつでも帰ってきて良いからね」
「…ありがとう、母さん」
次帰ってくる時は、今より頼もしい男になりたいもんだ。
自分の部屋に戻った俺は、花恋荘に持ち込みたいものをリュックとかに詰める。
大抵の物は、管理人室にあったんだ。贅沢を言わなければ困ることはない。
…そうだ。古賀さんに、弁当の件を言われていたな。花恋荘に住むことを話そう。
俺は早速携帯を出し、彼女に連絡を取る。
それから、10分ぐらい経っただろうか。返信が来た。
『了解。明後日から、弁当楽しみにしててね』と書いてある。
明日のいつ花恋荘に向かうか伝えてない以上、明後日からになるのが普通だろう。
行く時間を伝えていないのは、まだ決めてないからだ。うっかりではない。
とはいえ、なるべく午前中に向こうに着きたいがな。
8月上旬の激しい日差しの中、そこそこの荷物を持って移動するのは大変だからだ。
管理人になった初日から熱中症になったら、笑えないぞ…。
俺に管理人ができるのか、不安の種は尽きない。
しかし、古賀さん・金城さん・藤原さんの3人がいれば、何とかなる気がする。
多少は楽観的に考えないと、プレッシャーに押しつぶされちゃうよな…。
だけど、手抜きする気は毛頭ない。
俺は管理人業を通して、今より立派な大人になるんだ! 絶対に!
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