第5話 歓迎会①

 古賀千恵美さんから聴かされた、衝撃の事実…。

それは、花恋荘にいられるのは最長1年ということだ。


古賀さんは7か月・金城さんは9か月・藤原さんは10か月後に、花恋荘を去ることになる…。別れが確定するのは寂しいものだな。


それでも出会いを大切にしたい古賀さんが、俺の歓迎会をしてくれるようだ。

管理人室ですき焼きを振舞うみたいなので、食材を切る手伝いをする…。



 「どれぐらいの大きさに切れば良いですか?」

キッチンにて、俺は隣で作業中の古賀さんに尋ねる。


「一口サイズぐらいが良いかな~」


「わかりました」

女性の一口は、俺より小さいはず。俺基準で考えてはいけないな。


「…上手じゃない。倉式君、料理するの?」

躊躇なく切れてることに対し、古賀さんが褒めてくれる。


「たまにインスタントラーメンを作る時、野菜を切りますからね。切ることなら大丈夫かと」


「そういう事か。なら、問題ないわね」

どうやら、俺の栄養状態を考えてくれてるようだ。


「肉はあたしが切るから、それ以外は全部倉式君にお願いしようかな」


「はい、任せて下さい!」



 その後、肉以外の食材を全て切り終えた俺。他に出来ることはないな。

とはいえ、このままキッチンで立ち尽くすのも…。


「倉式君は、実家から花恋荘に通うの? ここに住むの?」

作業中の古賀さんが訊いてくる。


「迷ってます。実家にいれば母が料理を作ってくれますが、毎日ここに来るのも大変なので…」


こうなるなら、もっと早めに自炊スキルを磨くべきだった…。


「もしここに住む気があって良ければだけど、あたしが君の弁当を作ろうか?」

作業のキリが付いたのか、俺の目を観て話し出す古賀さん。


「そんな大変なこと、お願いできませんよ!」

お金だって、めちゃくちゃかかるし…。


「さっき、真理ちゃんが言ってたでしょ? 支援金はたくさんあるって。だからお金には、そんなに困ってないの」


「ですがそのお金は花恋荘を出た後に使うんですから、貯金するべきです!」

新たな人生を歩むために、お金は欠かせないものだ。


「それはそうだけど…。管理人が不摂生な食生活をして体調を崩したら、誰が住民のあたし達を助けるの?」


「えーと…。美雪叔母さんが何とかしてくれるのでは?」

俺のサポートをしてくれるって言ってたし。


「美雪さんだって忙しいのよ。連絡が付かないことだって、考えられるじゃない!」


「……」

古賀さんの言うことは正しい。反論する余地がないなぁ。


「多分、あたしと倉式君のご両親はそんなに歳は離れてないはずよ。子供を気遣うのは当然のことなの」


“親心”みたいなものか…。そこまで思ってくれるなら、断っても無駄か。


「…わかりました。ここに住むことになったら、よろしくお願いします」


「任せて!」

笑顔で応じる古賀さん。


その後、5時(17時)頃になるまで、俺は管理人室にあるテレビやパソコンで時間を潰す。そういえば、母さんにこの件を伝えるのを忘れていた。早速連絡しないと。


…すぐに『OK』と返信が来た。ここに住むか否かは、直接話すとしよう。


古賀さんは一旦自分の部屋に戻ったが、早めに戻ってきてくれた。

どうやら、カセットコンロを持ってきてくれたようだ。それをちゃぶ台に置く。


「あたし、よく1人鍋をするのよ。こんな風に使うことになるとはね」


「何から何まで、本当にありがとうございます!」

俺はお世話になりっぱなしだ。


「気にしないで。この歓迎会で、倉式君のことたくさん教えてね。あたし達のこともたくさん教えるから」


「はい!」

緊張せずに自然な会話ができるように頑張ろう。


そしてついに、5時を迎える…。



 俺はちゃぶ台前に座っているところだ。斜め向かいに座っている古賀さんが食材一式を鍋に入れ、カセットコンロで温め始める。


醤油や砂糖が見当たらないけど、既に味付け済みってことか…?

卵と箸は、4人分置かれている状態だ。


「後は、真理ちゃんと麻美ちゃんが来るのを待つだけね」


「そうですね」

と返事して間もなく、扉が開く音がする。そして部屋の扉が開かれる。


「…良い匂い♪」

来たのは藤原さんだ。機嫌が良さそうな感じに見える。


「麻美ちゃんは、どこに座る?」

古賀さんが尋ねる。


「…『シキ』の前」

言葉通り、向かい合うように座ってきた。


って俺のことですか?」


「そうだけど…? 名前、倉式くらしきでしょ…?」

藤原さんは首をかしげる。


「ええ、まぁ…。一度も呼ばれたことがないので、驚いちゃいました」

金城さんが呼ぶ『くらくん』は、小学生の時にある。


「…呼ばれたくなかった?」

彼女は、俺の顔色を伺う。


藤原さん、感情の変化が少なくて無口と思っていたけど、案外そうではないのかも。

部屋に入った時は嬉しそうで、今は不安そうだな。会話も普通にしてくれる。


初対面時より、感情の動きがわかるようになってきた。俺はもちろん、彼女も緊張していたのが原因かもしれない。


「そんな事ないですよ。『シキ』で構いません」


「そう…、良かった」

今は安堵したようだ。


「真理ちゃん遅いな~。さっきの感じからして、遅刻するとは思えないけど」

壁時計を観ながら、古賀さんが言う。


“おごり”と聴いて、態度を一変させたからな。そういう人は一番乗りしても良い気がする。


「あたし、真理ちゃんの部屋に行くから2人は待ってて!」

古賀さんは立ち上がり、管理人室の部屋から出て行く。



 …藤原さんと2人きりか。何か話さなくては。


「藤原さんは、ここを退去した後どうされるんですか?」


しまった、踏み込み過ぎた。 気になることとはいえ、タイミングが悪いな。


「…一応フルタイムで働くつもりだけど、ダルすぎる」

彼女は明らかに面倒そうに答える。


「働きたくないから…、シキ養って」


「えぇ!? いくらなんでも、それは…」

自分のことで精一杯なのに、他人を養うなんて考えられない。


「…今は無理か。私はいつでも待ってるから」

諦める気はないのか。俺と藤原さんは、8歳も離れてるのに…。



 …管理人室の扉が開き、2人分の足音が聞こえる。

古賀さんが、金城さんを連れてきたようだ。


「ごっめ~ん、昼寝してた」

俺と藤原さんがいる部屋に来て早々、軽快な様子で謝る金城さん。


「何回、呼鈴鳴らしたと思ってるのよ…」

うんざりした様子の古賀さん。


「すみません。合鍵を渡しておけば良かったですね」

それについては、美雪叔母さんから聴いている。


今回は昼寝で済んだが、もし倒れていたら…?

そういう可能性を考えないといけないよな。


「ってことはさ、倉くんってウチらの寝込みを襲えるってこと?」

金城さんが、とんでもないことを言ってきた。


「そんな事、しませんから!」

人として最低の行為だ。する訳がない。


「…さっきも私をジロジロ見てきたし、シキならあり得るかも?」


「ちょっと!? 藤原さんまで…」

あの時“気にしてない”と言ったけど、忘れてはいないんだな。


「2人とも、倉式君をからかっちゃダメでしょ!」

古賀さんが2人を叱ってくれた。


「は~い。…悪かったね、倉くん」


「いえ、気にしないで下さい」

こういう問題があるから、普通は異性が管理人になるべきではないのだ。


「おしゃべりは、食べながらにしましょ」

そう言って、さっきまで座っていた場所に再度腰かける古賀さん。


金城さんは、ちゃぶ台の空いたスペースに座る。

これで、ちゃぶ台の周りを4人で囲む形になった。


慣れないことの連続で疲れたし腹が減ったから、ありがたく頂くとしよう。

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