第8話 芸人サバイバルマッチ
その日の深夜、流石のもとに電話が入った。
「はい、もしもし、白峰ですが、どちら様ですか。えー、ジゴク君なの?」
ついに例のコクトが動き出したというのだ。今日、明日ならコンタクトもとれるかもしれないというのだ。
「…やったわ、ありがとう、じゃあ、さっそくうちのチームで話し合って、明日の午前中に連絡するわ。」
「ああ、明日はイベントがあって、携帯を切ってる時間が長いんで…、そうだ、事務所のファックスに入れといてくれますか。それが一番確かですから。」
「了解です。」
なぜこの時期に、コクトが動き出したのか? 今日の坂本チーフや力石たちが死にかけた事件とかかわりがあるにちがいない。
次の日の朝一番で、白峰チームは、鑑識のパソコン担当細川を呼んで対策会議だ。
「…なるほど、そのコクトという謎の人物を特定したいわけですね。発信元を確認するのはすぐできます。でも、たぶんそんな慎重な犯人のことですから、発信元がわかっても、個人がわからないような手を打っている場合が考えられますね。」
細川も、慎重に答えた。柴田も首をひねる。
「そんな慎重なやつなら、なるほど、ネットカフェや漫画喫茶、ホテルのビジネスセンターなどを使っている場合もありますねえ。そうなれば特定は難しい。」
すると丸亀がうなった。
「こちらの動きに気付かれて、みすみすチャンスを失ってしまうのももったいないのう。」
すると柴田が提案した。
「そのまま『アリジゴク』の方に、コンタクトをとってもらって、向こうの狙いをさぐるとともに、向こうの人物を特定できるような隙をうかがってはどうでしょうか。」
すると流石が提案した。
「もっと積極的に攻めないと、せっかくのチャンスなんだから。例えばこうよ。」
流石は近くにあったプリント用紙に何かを書き込んだ。
「…ええっと、こんなのはどうかしら…。この間のブラックラビットという店で、お前を見てしまった。お前の正体を言いふらされたくなかったら、おれの指定した場所に来い。オーケーならば、日時場所を送る。アリ…というのはどう? これで一発で逮捕っていうのは…。」
すると、柴田がそれを止めた。
「そんな、挑発的なことを書いたら、アリジゴクの人に迷惑がかかりますよ。第一、真実ではないし。」
「そうですか? まどろっこしいなあ。」
結局、また儲かる話があったらぜひ教えてくださいという、文を送り、様子をみることになった。
流石はまだぶつぶつ言っていた。
「儲け話を聞きたいっていうのも、嘘といったらウソよね。」
「まあ、まあ…。」
柴田がなだめる。細川が付け加える。
「本人からの発信でないと怪しまれるから、そのアリジゴクの人に頼んで送ってもらってください。」
細川の言葉に、流石が立ち上がり歩き出した。
「じゃあ、芸能プロダクションにこの紙をファックスで送ってきます。」
「平気ですか、先輩。一緒に行きましょうか。」
すると、流石は人差し指を立てて横に振った。
「チッチ、柴田君、私は昨日の私ではない。そこのところをよく考えてみてほしいね。じゃあ、行ってきます。」
流石は事務室に鼻歌を歌いながら入っていった。
「ええっと、送り状はこれでよし、向こうのファックス用電話番号はこれよね、ええと、送る原稿側を下にしてっと、ええっと、うん、これでオーケーね。えい、送信じゃ。」
自分なりに一度でうまく送れたことに驚きながら、元の部屋に戻って行く流石であった。
「はは、楽勝、楽勝。」
それから少しして、流石の携帯にアリジゴクから電話が届いた。
「ええっと、文章確認しました。捜査上の問題なんだと思いますが、真実でないことが入っていてもしょうがないんですかね。」
「ああ、そこね。こっちもいろいろ作戦考えた結果なのよ。とりあえず、送ってみてください。これで向こうが動き出せば、こっちのものね。」
「わかりました。では、これからネットに送ります。」
小田俊平は振り返り、相方に言った。
「なんでも警察で作戦を考えた結果だそうだ。平気かなあ。」
アリちゃんはでも少し安心したようだった。
「きっといい作戦を考えてくれたんだよ。」
そして送られてきた文章をもう一度見た。
『…このあいだのブラックラビットという店で、お前を見てしまった。お前の正体を言いふらされたくなかったら、おれの指定した場所にこい。オーケーならば、日時場所を送る…。』
そうなのだ、流石はきちんとファックスを送ったつもりが、きちんと裏表を間違え、さっき書いたとんでもない文章を送ってしまったのだった。
もちろんコクトから返信は来なかった。そしてコクトはまた闇サイトで危険な動きを始めるのだった…。
その日の夜、イベントが終わり、アリジゴクの二人は会場のそばのファミレスで、イベント成功の祝杯を上げていた。
話題は、いよいよ近づいてきたスタジアムでのビッグプロジェクトに尽きた。
「ええっと、実は俺さあ、スタジアム用の特別なネタを以前から考えていたんだけどさ。」
まじめなアリちゃんは、ダイナミックに動き回る大舞台用のネタを、真面目にコツコツと書き上げていたのだった。
すると相方の小田俊平が頭をかいてあやまった。
「ごめん、もう全体の流れが決まっちまっていてさ。俺たちアリジゴクとしての出番はないんだ。先週上から言われてたんだけど、忘れてた。」
「ええ、忘れちゃ困るよ、そんな大事なことさあ。でもそうなると俺たちあのビッグプロジェクトに、まったく出られないわけ?」
すると小田俊平はすまなさそうに、パンフレッドを取り出した。
総合司会は人気絶頂モータービンの毛利とアリジゴクの小田俊平の二人組とあった。この二人は昔から仲が良く、イベントなどでスペシャルユニット「浮気者」を結成して活躍したこともあった。二人ともしゃべりがうまいので、ビッグイベントの総合司会はなるほど適任だ。
「ちょっと待ってよ、それぞれの相方、俺と田部井はどうなるの。」
「もちろん、ちゃんと適役があるよ。心配するな。」
モータービンの田部井のところには、正義軍団レポーターと書いてあった。だがアリちゃんのところはレポータープラス、拉致・宙吊りとあった。なんだこれ…。
「意味わからねえ! なんなのいったい?」
「俺にもわからん。だが、聞いたところによると、一番スタジアムで目立ち、出演時間も一番長く、アピールするにはもってこいという役どころだそうだ。うらやましい限りだな。おまえ、きっとこれで大ブレークだぜ。」
「えー、なんだよ、拉致、宙吊りってさ!」
だがその時、ウェイトレスが、小さな手紙を持ってきた。
「若い男の方が、すぐに渡してくれと言ってました。アリジゴクの方に知らせたいことがあるそうです。」
「え、いったいなんだ。」
封筒の中には秘密厳守と書いたもう一通の手紙が入っていた。概要はこんなものだった。
私は、天山署の特命係の島田という刑事である。
今、逆探知をかけて、事件の犯人の確定を進めている。
かなり追い詰めることができたが、犯人の報復もないとはいえない。
ついては、アリジゴクの二人に秘密のボディーガード役の刑事をつけることになった。
君たちのことを陰から見守り、いざとなったら、この手紙で直接に指示を与える。
誰にもこのことは言わないように。また、手紙はすぐに処分するように…。
というものだった。
「よかった。もしかしたら…と心配していたけどさ、刑事さんが直接見張っていてくれれば、それ以上のことはないよ。」
ふたりは、安心してハンバーグにむしゃぶりついた。
だが、現実の天山署に特命係などなく、ましてや島田などという刑事は一人もいなかった。この手紙の送り主はいったい…?
「では、瀬川さん、またよろしくお願いします。」
「おお、坂本チーフ、君が協力者のナンバーワンだ。期待しているよ。」
坂本チーフは、大きくお辞儀をして、ローズ・キャッスルをあとにした。
ローズキャッスルの事務室に、シェフの浜田が呼ばれてきた。よく見ると、右手の手首から肘にかけて、包帯を巻いている。
「どうですか、浜田君。医者の診断書は取れましたか。」
「はい、瀬川さんの名前を出したら、こちらの思うように書いてくれました。」
「ほう、それはよかった。君は腱鞘炎なので、当日は手伝いを呼ぶことになったんだ。これで設定通りだ。」
「それで、俺の先輩は来られるんでしょうか?」
「それが、すまん。堂島はその日抜けられないそうだ。だが…。」
「だが?」
「二階堂シェフが来てくれるそうだ。どうかね。やりづらいか。」
「お師匠が来てくれるんですか? やりづらい、とんでもない。あの方がよく来てくれることに…。」
「イギリスとフランスの料理のどちらにも造詣が深く、特にビクトリア王朝時代の貴族の料理研究は彼をおいてほかにいないと言われる、料理界の重鎮でもある。あくまで、勝負の対戦者は浜田君だが、料理プランと現場の段取りはすべて二階堂氏がやってくれる。そして、素材は、私が全力をかけて、最高級のものを用意しよう。近いうちに、店に来るから楽しみにしていたまえ。」
「ありがとうございます。」
浜田は喜んで部屋を後にした。
瀬川は、それを見届けるとゆっくり立ち上がった。
「さてさて、完璧な勝利のために、もうひと頑張りか。きっちり、片を付けないとな」
瀬川は、奥の闇の中へと静かに消えて行った。
その頃、トマトカフェトマトマに一人の女が入ってきた。脇目もふらず、いつもの席に一直線、そして座るとともにカラフルなラップトップを取り出すと、一心不乱に何かを打ち始めた。
「ご注文は?」
「いつものパフェをスペシャルで。」
「まあ、ウタポンちゃん、今日はいつにもまして、気合が入ってるわね。」
マダムは微笑みながら離れて行った。
やがて、遅れて曽根崎が入ってくる。
「あら曽根崎さん、いらっしゃい。もう彼女、来てるわよ。」
明るいマダムの声に、曽根崎も明るく答える。
「どうも、また来ちゃいましたよ。あ、じゃあ俺は、あの冷たいいつものやつを頼むよ。」
でも、ウタポンの席に近付くと、ウタポンの様子がなにか違う。
「あちゃー、ウタポンは戦闘モードに、入っちまってたか。こりゃ、手ごわい。」
いつもはかわいくて天然お嬢様なのだが、料理などで一度スイッチが入ると人が変わってしまうのだ。
「ウタポン、ウタポン、俺だ、曽根崎だ。待たせて悪かったな。」
「…。」
「ウタポン、こっち向いて!」
「えっ! あ、ごめんなさい、ちょっと料理プラン練っていたものだから…。ええっと、確か料理勝負の詳細が送られてきたんでしょ。」
「これだ。」
曽根崎は、送られて来たプリントのコピーをサッと手渡した。ウタポンはそのプリントを鋭いまなざしで穴のあくほど見つめていた。この集中力と迫力、それを曽根崎はよくわかっていたから、ウタポンの勝利を信じて疑わなかった。
ただし、それは、正当な勝負が行われた場合だ。
「場所はあの店、メニューはイギリス料理とお茶、どちらの作った料理かわからないようにして、審査員に優劣を決めてもらう方式だ。どうせ、息のかかった審査員を連れて来るんだろうから、電話で交渉して、三人の審査員のうち一人はこちらで出すように変更させてもらった。だが、こっちの不利はどうにも動かない。」
「本当ね。妨害や裏工作する隙間はいくらでもありそうね。」
「やめてもいい。もともとあんなバカにつきあう義務はない。俺は、ウタポンのためなら、いつでも土下座くらいはできる。」
「だめ。だって曽根崎さん、一つも悪くないもの。絶対ダメなんだから。」
やがて、ウタポンの前には8種類のトマトのパフェ、曽根崎の前には濃厚トマトのかき氷ヨーグルトソースが運ばれてきた。
トマトパフェには、生トマト、トマトソース、トマトゼリー、ドライトマト、トマトアイス、トマトコンニャクなどがそれぞれ別の種類のトマトで作られ、層になり、盛り付けられている。一番上には、あまーいフルーツトマトとレモンがきれいにカットされて並んでいる。
氷トマトは、煮込んで濃厚にしたトマトソースをカチンカチンに凍らせ、皿にサラサラに削ったものに、特製のヨーグルトソースがかかっている。曽根崎の好物だ。
大好物のトマトパフェを食べながら、少しニッコリしたウタポン、でもあっと言う間にたいらげると、マシンガンのように、しゃべりだした。
「…というわけで、わたし、今日朝露農園に行ってきたんです。紫門夕子さんが、全面協力してくれるって言ってくれました。それから、問題なのは、お茶なんですが…。」
「そうだな、あいつら、とんでもない高級茶を出してきそうだな?」
「だったら、私は、ただのお茶を出そうって考えたんです。」
「まさか…。」
「これでどうでしょう。」
ウタポンが提案したのは、曽根崎には考えもつかないお茶だった。
「…おもしろい、おもしろいじゃないか! そりゃあぜひチャレンジするべきだね。」
その時、ウタポンの携帯が鳴った。
「あら、珍しい、あのロックグループ、エスピオのトゥインクル・グルグル・タマコちゃんだわ。もしもし…。」
通話が終わると、ウタポンはニコニコしながら答えた。
「料理勝負の2日前になるけど、天山スタジアムで芸人の一大イベントがあって、タマちゃんたちサプライズゲストとして出ることになったから、ぜひ見に来てって。ちょうどいい息抜きになるからオーケーしたわ。」
「ああ、あのイベントね。俺も取材に行くことになっているんだ。あ、またあの清水レイナも一緒だけどね。」
「ムー! でもよかったわ。ちゃんと見張ってあげるから…。」
話はどんどん盛り上がり、やがてお開きとなった。最後に曽根崎が言った。
「いやあ、面白くなりそうだね。勝負はどうなるかわからないけど、おいしいものを作って、楽しもうぜ。」
「はい。」
「えー、どういうこと、アリジゴクの控室ってないの?」
いよいよビッグプロジェクトの当日、朝早くスタジアムについたアリちゃんことサッキーは驚いた。
「おお、今日一日、俺は、モータービンの毛利と二人の楽屋になる。」
「あの、俺はいったい…。」
「心配するな、お前の楽屋はなんと一人用だ。すごいな、おまえ。出世したもんだ。」
すると、小部屋の一つにレポーター1という表示があった。
「これかい?」
「そっちは田部井の部屋だ。おまえはこっち、レポーター2(悪の軍団)ってあるだろう。」
「え、なんで悪の軍団なの?」
大きな流れはもう聞いていたが、いざこうなると、なんか複雑な気持ちだ。だが、確かに目立つ役どころではある。終わった時、どのくらい目立ったかがわかるだろう。ええい、俺にも芸人の意地があるってなもんだ。
「でも、これじゃ俺がどこにいるのか、外部の人にわからないよな。あ、そうだ。」
アリちゃんことサッキーはササッとある文章を書くと、マネージャーに頼み込んで、ファックスで送ってもらったのだった。
「ヨッシャー、今日のビッグイベントの主役は俺だ! …という気持ちでがんばるぞ。」
それから数十分後、聞き込みにい回っていたチーム白峰が天山署に戻ってきた。すると部長の大橋が、三人を呼んでいるというではないか。
いやな予感がして、流石は急いで部長のもとに駆け込んだ。
「大橋部長、いったいなんですか。」
流石の言葉に、大橋部長は、一枚のファックスを差し出した。
「宛先に該当のない、おかしなファックスが少し前に届いた。ただ、中に君たち捜査関係者の名前が出て来る。これをどう考えるかね。」
それは、こんな内容だった。
天山署特命係 島田様
警備をありがとうございます。いつも夜道を歩いていても、ときどき後ろから刑事さんがついてきているのがわかり、安心しています。
ついては、今日の天山スタジアムでのイベントでは、私は、レポーター2の部屋にいますので、よろしくお願いします。アリジゴクより。
…。
「これ、アリジゴクのアリちゃんに違いないわ。」
流石が、すぐに携帯で連絡を取るが、全然通じない。もうイベントが始まっているのか、電源を切っているらしい。
大橋部長がさらに続けた。
「念のため、うちの部署のみんなに、心当たりがあるかどうか聞いたが、誰にも心当たりはないそうだ。特命係も、島田という刑事も存在しない。このファックスが間違いだとも思えないとすると、このファックスをどう考える。」
理数系柴田が推理を始めた。
「誰かが特命係の島田を名乗り、何かの目的のために尾行したりしているわけですよね。でも、誰が、なんのために…?」
すると丸亀が慎重にしゃべりだした。
「こうは考えられないだろうか。つい先日、アリジゴクは、犯人と思われるコクトと呼ばれる謎の人物にコンタクトをとった。でも、それは、警察とタッグを組んで行ってみればおとり捜査だった。それが何かのきっかけで向こうに気付かれたとしたらどうだろう。」
もちろん、流石がファックスの裏表を間違えて、挑発的なメッセージをコクトに送ってしまったなどとは誰も知らない。
すると柴田が続けた。
「警察に協力しないように脅迫するか、最悪の場合、口封じ…!」
流石が大きな声を出した。
「じゃあ、命が危ないってこと? そんな、だってあのアリちゃん、弱そうだし、可哀想だよ。」
大橋部長が、大きくうなずいた。
「そのアリジゴクという芸人に会って、すぐ対策を練るんだ。急ぐんだ。」
「はい、そうだわ。とりあえず、スタジアムに知り合いがいるから、わかる範囲で連絡を取って見ます。」
確か、ウタポンと曽根崎師匠が、スタジアムに行くって言ってたっけ。だが、先にウタポンに電話をしたのが悪かった。
「もしもしウタポン、え、今休憩中なの? 実はアリジゴクの…。」
ウタポンから帰ってきた答えはセンセーショナルなものだった。
「あの女装した人? 大変よ、レポートしている間に悪の軍団に、拉致され、今は宙吊りにされようとしているわ。一体、どうしたらいいの?」
感受性の強いウタポンは、まるで目の前で進んでいるショーを現実のように話し出したのだ!
「えええええ、アリちゃん、悪の軍団に拉致されて宙吊り? 悪の軍団ってなんなの。うっそ、鉄の仮面をかぶった怪しい奴が…!」
「流石君、一体何が起こったんだ。」
「アリジゴクが危ない。犯人が動き出しました。チーム白峰、すぐにスタジアムに向かいます。」
その日、ビッグプロジェクトの開始はちょっと日が傾き始めた夕方五時からだった。芸人たちは入念に打ち合わせ、リハーサルを繰り返し、本番に臨んだ。しかし、このプロジェクト全体の流れを、あのいじられキャラのウザキモ男、小田卓也がやっているとは思わなかった。
当日の会場の総責任者、イベントチーフの熊沢が、何度も大声を上げていた。
「おい、小田卓也、待ちたまえ。」
リハーサルの後、熊沢イベントチーフが声をかけた。
「なんですか、熊沢さん。」
「二回目のショートコントのことだけど、おまえ本当にあれをやるのか? 失敗する可能性大きいぞ。この先のお前の芸にも関係してくるぞ。わざわざ失敗することはないだろう。」
「ありがとうございます、熊沢さん。でもやらせてください。理由はありません。やりたいからです。」
「わかった。」
ウザキモの小田卓也は、髪をきれいにぴんと立て、丸メガネをかけ直すと、ステージに向かっていった。
いよいよ時間が近付き、前説の若手芸人が、ぎっしり埋まったスタジアムをドッと沸かせる。大きなステージの前には、やたらと派手な格闘技のリングが組まれ、そのすぐ後ろには巨大なモニターがそびえている。
前説がひっこみ、いよいよ会場の雰囲気も盛り上がってきた。
ファンファーレが鳴り、巨大モニタに回想シーンが映し出され、このサバイバルマッチ開催までのヒストリーの説明が始まった。
滑舌抜群のナレーターは、よく聞いてみるとどうもウザキモ小田卓也らしかった。
「今をさかのぼる三か月前、松竹梅劇場の大ホールは狂乱の熱気が渦巻いていた。選りすぐられた十六組の女芸人が生き残りをかけて激突、第一回女芸人日本一トーナメントが行われたのだ。三時間にも及ぶ激闘の末、江差の三味線漫才ポンタリキと、悪乗り爆弾娘のキャラメロンが決勝で激突した。お互いのすべてを出し切る激闘の末、より大きな声援を受けたポンタリキが優勝、日本一の女芸人の名を勝ち取ったのであった。ところが、その結果に言いがかりをつける者がいた。誰でもない準優勝のキャラメロンである。」
大画面にその時のキャラメロンのアップが流れる。
「声援を音声センサーで図って優勝を決めていたけど、この結果はおかしいピポ!」
「そうパポ。だって、三味線と唄が入っているから、そのぶん音が大きく測定されるピンポポ。」
「ふん、うるさい小娘め! それも実力のうちじゃー!」
「ずるいんだピー。」
しかし、さすがポンタリキ、王者の風格をにじませ、堂々と受けてたったのだ。
「それなら、こうしよう。我々初代王者の初の防衛線の相手として挑戦するがよい。」
「返り討ちにあって、泣き言いうのが落ちだろうがね!」
「よーし、今に見ていろポー。」
それから三か月、彼女たちの血のにじむような日々が始まった。
大画面に彼女たちの凄まじい訓練の日々が映る。
和服のままトレーニングジムで汗を流すポンタリキ、トライアスロンで限界に挑戦するキャラメロン、津軽海峡を和服で泳いで渡るポンタリキ、バンジージャンプで橋の上から飛び降りるキャラメロン、そして、秘密のプロレス事務 虎の穴 に入って行くポンタリキ、木下大サーカスで空中ブランコの特訓をするキャラメロンなど…。
さらに大画面に嵐の草原が映る、そこに進み出てにらみ合うポンタリキとキャラメロン。だが、いつの間にか、その後ろに鎧兜を付けたモータービンやアリジゴクなどたくさんの芸人が集結し、軍団と軍団の対決に発展するのだ。
そこに重なるいくつもの言葉…。
「王者の軍団と下剋上の軍団。どちらに付くのか。」
「その判断が、明日を決める。」
「どうなる、お笑い関ヶ原!」
総合司会の二人がそれを見上げる。
「いやあ、毛利さん、たいへんなことになってきましたね。」
「なんやこれ。イクラなんでも津軽海峡を和服で泳ぎきれるはずないやろ。ベタだね、この展開。第一、虎の穴なんてあるの?」
「いやあ、それがまんざら嘘でもないらしいんだよね。キャラメロン、本当に木下大サーカスに行ったらしい。ポンタリキもプロレス事務に通い詰めたって話だよ。」
「そうなんだ、そりゃあ、盛り上がるなあ。それではいよいよ今日の試合内容の発表と行くぜ。」
大画面に、対決表が映し出される。
一回戦、大会グッズ売り上げ対決 春代こい・こがれ 対 天下り。
二回戦、ロック対決 芥川漱石 対 ジョリーロジャー
メインイベント、ポンタリキ 対 キャラメロン
※それぞれの対決の間に十分間の休憩アリ。
「ほかの対戦者も盛り上がってるぜ。」
「あ、聞いた聞いた。負けると明日から、ギャラが下がるらしいよ。」
「そりゃあ、力が入るよね。」
「総合司会でよかったよ。ところで、俺たちの相方はどうなってるの?」
すると、東側の王者チーム入場門と書かれたゲートに小さな舞台が設営され、そこに派手なマイクを持った武将姿のモータービンの田部井が大きな声を上げた。
「はーい、こちら王者チームのレポーターの田部井です、王者チームの風格ある勇姿を正確に皆さんにお伝えしていきます。挑戦者チームのサッキーさん、そちらはどうですか。」
すると、どこか邪悪な大きなゲートが設営された西の門に、なぜか戦国時代のお姫様姿のアリちゃんがいる。
「はーい、こちら挑戦者チームの西門です。今日は挑戦者チームの様子を体当たりレポートで、お知らせ…! な、なんですかあなたたちは?」
その時だった、突然西門になだれ込んできた悪の戦闘員が、レポーターのアリちゃんを取り囲み、あっという間に拉致・誘拐してしまったのだ。
「あーれー、助けてたもれ!」
その時、西門に不気味な影が進み出た。黒いマントに、鼻から上を覆う不気味な鉄仮面、凄い威圧感だ。
「ブヮッハハッハ、われこそは世界征服を狙う悪の組織ダークサイダーの総統、ダークサイダーゼットだ。只今より、西門は我らの指揮下に置かれる。下手に逆らえば、こやつの命はなあいぞ。」
かわいそうにアリちゃんは、無駄に高い西のゲートの柱に宙吊りにされてしまった。でも、実際は戦闘員たちはとても優しく、
「…ロープは痛くないですか? 宙吊りの部分には見えない小さな台がありますので、そこに体や足を乗っけて、楽にしてください。なんかあったらすぐに下ろしますから、声をかけてくださいね。」
と、声をかけてくれた。
どうも戦闘員のマスクの下は、よく知ってる実力派コント集団、カシオペアらしかった。なるほど、ここなら目立つ位置にずーと出っぱなしだ。うまくアピールして、せいぜい目立ってやるぞ。アリちゃんはだんだん生き生きしてきた。
ここで、一回戦まで五分間の休憩。流石がウタポンに電話をかけたのはこの頃だった。ウタポンはそのあと、突然ムクッと立ち上がり、取材席にいる曽根崎と清水を発見し、チェック。すると清水は、何かをするたびに、曽根崎にベタベタとくっつこうとするではないか。
「ムー!」
でも曽根崎はそれに取り合おうとしないで、どんどんその場で取材メモを書いている。さすがだわ。負けないで。
「さあ、毛利さん、いよいよ第一回戦ですよ。」
総合司会の二人が動き出した。
「王者チーム、東門の田部井さーん、紹介をお願いします。
「はーい、こちら、東門の田部井ですう。難波の名物夫婦、しゃべくりどつきあいのパワフル高齢者コンビがいよいよ入場だ! …と行きたかったんですが、なぜかいないんですよ。今日はこの舞台で、デザイナーズ大会Tシャツを売る予定なんですが。控室からここまでの距離が長すぎたか、途中で行き倒れになっているのか高齢者、さあ、どこにいる?」
すると大画面に突然大阪の街並みが映り、声が聞こえてきた。
「なにが行き倒れじゃ、ちゃんと来てるわい。」
「ここじゃ、ここじゃ…。」
すると田部井が吠える。
「よっしゃ、二人を呼び出すぞ。会場のみなさん、大きな声で呼びましょ。」
なかなか出て来ない時のお決まりのパフォーマンスが始まった。スタジアム全員大合唱だ。
「はーるよこい、こがれよこい!」
その途端、大画面に映った大阪の風景が爆発、それと同時に、大画面の後ろに隠れていた、名物夫婦が空中に躍り出た。まるで爆発した大阪から吹き飛んででてきたようだ。す、すごい、ワイヤーワークで空中を走り、大舞台へと着地だ。
満開のさくらの着物姿の、こいは背中から何本も桜の枝が伸びてすんごい派手派手、しかも超元気印だ。赤と白の縦じまの洋服を着た、こがれは頭に大きな通天閣の模型を乗せてやる気満々だ。
「春代こい・こがれ、着地成功!」
「ナンマンダブ、ナンマンダブ、よう、生きとったわ。」
すぐにTシャツや、大きなハリセンが舞台に運ばれ、たたき売り開始だ。
話を聞いて買う気になったら、その場で携帯で注文する対決だ。
「さあさあ、このTシャツ、ここにもあるそこにもあるという代物じゃあないんや。デザインはあの有名なクレオパトラ高田、津軽海峡ポンタリキとパピポピポパポキャラメロン、他にもぎょうさん芸人の魂がこもっとる!」
こいのおばはんが持ってるハリセンはすごい! 軽く叩けば、ピカピカ光り、派手な音も出る。強く叩くと舞台全体が光、さらに強く叩くと、スタジアムのあちこちに仕掛けられた爆弾が火柱を上げる、凄い迫力のハリセンだった。
商品のTシャツをハリセンを叩きながら、ポンポンと名口調で説明するこいと感心しながらも、それでは勝てないと叫ぶこがれ。こがれも、ハリセンの餌食に…。
「ちょっと待てや。わしにいい考えがあるんや。」
「ゆうてみい。」
「こがれの販売大作戦や。」
「つまらんかったら、ハリセンやで。」
「買うともう一個ついて来る。」
「アホ!」
「買うともれなく、高枝切バサミと血圧計がついて来る。」
「そんなもん、うちにいくつもころがっとるわ。」
「今日限りの限定品。ただし、お一人様三枚まで。でもなぜか三枚買うとプレミアム枕がついて来る。」
「その枕で、永遠の眠りについとれ! 全部不採用。」
とどめのハリセンが振り下ろされる。舞台が光、会場にいくつも火柱が燃え盛り、じいさんの頭の上の通天閣が真っ二つに割れる。
あれれ、今度は通天閣の中から大きなカニの模型が現れる。
「かんにんして、カンニンや。カニやー。カニなんや!」
その時、作り物のカニが光って動くではないか。
「こりゃしゃあない、わしの秘策を教えたろ。」
「なんや、それなら最初から秘策を出せ、このボケが。」
こがれの秘策、それは、三段逆スライド方式だった。
それはいったい何かとの、恋の詰問にこがれが説明する。
「買えば買うほど得をする、凄いシステムや。」
「なんやて! そなアホな?」
テーブルの上に、どんどん商品を並べていくこがれ。
「一枚買うと、カニをかぶったわしのバッチがつく。」
「誰が、そんなもんほしがるか、このボケが!」
「二枚買うと、光るハリセンジュニアが付く。どや、他では手に入らんで。」
「あんたをいつでもどつけるのは、魅力的やな。」
「そして、三枚買ったら、この高級カニ缶がつくんや。」
「え、カニ缶、そらうちもほしいわ。」
「ふふ、カニおじさんのシールつきや。しかも老人にも優しい、殻をむいた脚肉、しかもタラバの脚肉だからボリュームたっぷりやで!」
「よし、決定。ただし、高級カニ缶台は、あんたのギャラから出す、それでいいな!」
「そな、殺生な。カンニンや、カニや、カニなんや。」
おーっと、携帯による注文がどんどんうなぎ上りだ。カニ缶効果か?
すると、西門に不気味な照明があたり、悪のファンファーレとともに、相当と戦闘員が姿を現す。
「わしは世界征服をめざす総統、ダークサイダーゼットなり。わしも悪を極めたが、日本にも伝統的な悪が存在するという。元高級官僚の天下りが、時空をこえ、天下りグレイトとして大江戸の悪を復活させる。色鮮やかな大江戸絵巻、見るがよい。来たれ、腰元ダンサーズ!。ハハハハハ。」
ステージに、突然時代劇の腰元風の踊り子がウジャウジャ出てきて、華やかに「天下りサンバ」を踊りだす。
その踊りと一緒に、金ピカの日本間がセットされ、豪商、田中屋がふてぶてしく入場。
「お代官、鈴木金之助様のおなーりー。」
という掛け声とともに、金ピカのカゴが静かに入場。中から頭巾で顔を隠した代官の鈴木が出て来る。
そして、二人のデュエットで天下りサンバを熱唱する。踊りも一層華やかになる。
「キャリアの頂点目指しても、極められるのは一握り。
それなら迷わず天下り。
引く手あまたの天下り。
重役出勤あたりまえ、
セレブな個室に美人秘書
働かなくともパイプがあれば、
金がジャンジャン転がり込む。
美人秘書と海外視察
ファーストクラスでやり放題。
規制も人目もなんのその、
ぬけみちなんか星の数
二度も三度もおいしい目
二度も三度も退職金
ああ、やめられない天下り
サンバ、サンバ、天下りサンバ!」
歌い終わると、二人、日本間で向かい合う。
「どうじゃ、例の物は用意できたかのう。」
「はいはい、趣向を凝らしました、サバイバルマッチの大会グッズでございます。こちらが、小金せんべい、こちらが、小金チョコでございます。ただし、この箱はお代官様への特製でございます。」
箱に並べられた小金せんべいの下には、ぎっしりと本物の小判がある。後ろのスタジアム大画面にアップになる。
「これで、あの件は、よろしくお願いします。」
「よしよし、これで手を打とう。しかし、一般の庶民はかわいそうにのう。このように裏があるから、日本から、あれがなくなることはないのじゃよ。」
次にチョコを出す。箱の底には、やはりぎっしり小判がある。
「よしよし、これで、あの件は、闇の中、もう誰にも知られぬのだ。ははは…。」
「これで私も枕を高くして眠れます。ハハハ…」
「田中屋、おぬしも悪よのう。」
「鈴木様こそお人が悪い…。」
「それで、田中屋、この箱詰めの菓子で戦いに勝てるのか?」
「はい、この豪商田中屋にぬかりはございません。」
「せんべいとチョコの下には3D小判シートが敷いてありまして、小金持ち気分が味わえます。さらにその後ろは、悪代官すごろくと、天下りすごろくが印刷してありますから、ゲーム版にもなります。」
「ほう、小判シートも、双六も実によくできておる。だが、これだけではあるまい?」
「さすがお代官様、じつは極秘に必勝のカラクリを用意してございます。」
「なに、極秘じゃと。」
「実は、今日、この会場で売り出す限定版に限り、百名様に記念小判、三名様に純金小判が入っておりまする。時価数万円の、本物でございます。」
「シー、声が高い。」
代官の鈴木が、急に壁に向かって爆薬を投げると、壁の後ろから忍者が飛び出す。
「おのれ、聞きおったな。たれかある。」
すると、先ほどの腰元の何人かが出てきて、さっと着物を脱ぐ、その下からは忍者の服が出て来る。曲者の忍者対くのいちの派手な戦いが始まる。
七色玉、蜘蛛の巣、空中回転などド派手な戦いで盛り上がる。忍者軍団は劣勢になり、逃げていく。
「小判の事は秘密じゃ、おぬしも悪よのう。」
「鈴木様には、かないませんよ。」
悪の二人組は高笑い。腰元の帯をほどこうとしながら、退場。
大画面に、
「今すぐ注文せよ、シークレット純金小判が当たるかも。大江戸せんべい、大江戸チョコ」
と出る。先ほど逃げた忍者が大画面の上で笑う。
第二、さあ、こちらも注文殺到。勝つのはカニ缶Tシャツか、小判菓子か?
ファンファーレが鳴り、総合司会が結果の紙をもって出て来る
「お買い上げ、どうもありがとうございました。どちらも完売。引き分けでした!」
大歓声のスタジアム、盛り上がって来たぞ。
そして、ここから十分間の休憩。舞台のセットが入れ替わり、たくさんの人々が動き回る。面白いのは、柱に吊るされたアリちゃんだ。休み時間の間も、交代で戦闘員が見張りに来て、何かを言い合っている。時々体をミノムシのようにゆすったり、ロープをほどこうとしたりするのだが、戦闘員がそれに気づくと、長い棒で突っつくのだ。すると、アリちゃんは、悲鳴を上げたり、くすぐったくて悶えたりする。たまに総統がやって来て睨みをきかせたりするのだ。
流石たちチーム白峰が、サイレンの音を響かせて、この天山スタジアムにやってきたのはこの頃だった。流石たちは、すぐに関係者の専用口に駆け込んだ。
「…と、言うわけで、アリジゴクの女装している方のガードが必要かと思われます。今、いったいどこに。」
流石の突然の言葉に、イベント関係者は、とりあえず近くにあったモニター画面を指差した。
「ここに映っているはずですが。」
動き回るスタッフに交じって、西門のあたりに、戦闘員や、鉄の仮面を付けた怪しい奴らが映っている。ところが、ぱっと見たところ、アリちゃんは確認できない。
「それらしい人物が確認できませんね。」
「もう、控室にひきあげたかな。」
イベント関係者は、さっと腰を上げ、刑事たちの横からモニターを覗き込んだ。
「ああ、ここにいるでしょ。」
なんと、かなり高い位置にぶら下がっているので、気が付かなかったのだ。
でも、その瞬間に柴田も丸亀も、これはショーだと気が付いた。なあんだ、せっかちな流石の勘違いではないのか。とりあえずちょっとホッとした。
「あれ、ところで、先輩はどこにいっちゃったんでしょう。」
「まさか、勘違いしたまま、助けに行っちゃったなんてことは…。」
思いっきり悪い予感がして、柴田と丸亀は、奥に進んでいった。
「舞台にいないのなら控室かと思ったんだけど、さすが私ね。もう、見つけちゃった。」
こんな時に限って、長い階段を上り、ほぼ一直線で控室に来た流石だった。
「…アリジゴク、アリジゴクってないわね。」
しかもこの期に及んで、レポーター2の部屋にいますと言うアリちゃんの伝言をすっかり忘れている。
「でも、確かアリちゃんの相方のジゴク君の名前が小田なんとかだったよね。ああ、あった、あった。」
相方の名前は小田俊平だったが、今飛び込んで行こうとしている部屋は、あのウザキモ男小田卓也の部屋に間違いなかった。
ノックもせずにいきなり飛び込むとなんということ。黒のマントに鉄の仮面の怪しい男が、鏡を覗き込んでいる。どうも仮面のずれを直しているようだった。
「天山署捜査一係の白峰だ。お前がこの事件の黒幕だな。おとなしくするんだ。アリジゴクのアリちゃんをどこに誘拐したんだ。」
なんだ? わかった、新種のドッキリだな。カメラはどこだ? よし、つきあってやるか…。
総統はふてぶてしく振り返ると、役になりきって答えたのだった。
「ははは、わしがこの部屋にいることをよく突き止めたな。誉めてやろう。だが、わしが、黒幕だということも、誘拐したということも、それを確認できる証拠はどこにもない。存在しないのだ。今度来るなら、逮捕状を持ってくるのじゃな。ハハハ。」
また、そこにタイミングよく、戦闘員が入ってきた。
「総統、時間です。そろそろ次の作戦に入りますのでお願いします。」
「ふふ、残念だったな。さらばだ。」
「なに、次の作戦だって? 邪魔してやるわ!」
流石が大ボケをかましているちょうどその時、誰もいない控室の廊下にひとりのウェイターがオレンジジュースをお盆にのせて近付いてきた。
「ふふふ、しめしめ。確かレポーター2の部屋だったな。最終地点はここに間違いない。」
オレンジジュースと一緒に指令書と書いた手紙が乗っている。
男は、色つきのメガネをかけ、マスクをしている。そして、ゆっくりとレポーター2の部屋に近付いて行った。
そして、ポケットから小さな薬の入った袋を取り出すと、オレンジジュースの中に溶かし始めた。
だが、その時…!
「おっと、なんだこりゃ!」
突然近くのドアが開くと、中から鉄仮面の男と戦闘員がドカドカと飛び出してきたのだ。
「失礼!」
二人はウェイターのそばをすり抜けていった。
「ふー。」
こぼれそうになったジュースを何とか抑えて、ウェイターはため息をついた。
「危ない、危ない。」
だが、最後に飛び出してきたもう一人がとんでもなかった。
「次の作戦っていったいなんなのよ。まて!」
その女は、お約束のように、ウェイターに正面衝突。ジュースはひっくり返り、薬がまだ入ったままの小袋はすっ飛び、手紙はビショビショになってしまった。
「ごめんなさーい。わざとじゃないのよ。」
「いいえ平気です。こちらがボーッとしていたもので…。」
ウェイターは、顔を上げずに、こぼれたジュースをふき取っていた。
「今、悪者を追いかけているんです。すみません。サラバ!」
その女は嵐のように去って行ったのだ。
男はあたりを手早く片付けると、悔しそうに思案していた。
総統たちは、西門のゲートめざし、一直線に走って行った。
「まてー!」
曲がり角で迷いながらも、流石はゲートにたどりついた。だがそこには二人のあやしい人影が待ち伏せて流石を捕まえようとしていたのだった。
スタジアムのライトが、逆光で一瞬誰だかわからなかった。だが無理やりその二つの人影を突破しようと走り出すと、太った方の男が、さっと流石の手をとった。その瞬間、流石は急に体の力が抜けて、身動きが取れなくなった。あわてた流石はもう片方の手を、思いっきり振り回した。隣にいた痩せた男の顔面にパンチが直撃した。
「いた、痛いですよ、先輩、僕ですよ。落ち着いてください。」、
「あれ、柴田? 悪い、逆光でわからんかった。でも丸亀さんってすごい。手をとられただけで、動けなくなるなんて…。」
柴田が、泣く泣く状況を説明した。
「え、じゃあ、今の人たち、お笑い芸人なの? おかしいとは思っていたんだけど…。」
そして、流石は控室に行って追いかけっこになったいきさつなどを話し出した。すると、柴田がおかしいことに気が付いた。
「ちょっと待ってください。控室にジュースを運ぼうとしていたウェイターがいたんですか。今ほとんどの芸人が舞台の周辺かこのゲートの控室に集まっているんです。よっぽど緊急な用事でもなければ控室には行かないでしょ。え? へんなメガネとマスクをしていた? ますますあやしいですね。」
丸亀も首を傾げた。
「スタジアムのレストランにすぐ確認しよう。」
やはり、レストランに確認してみると、そんな注文は受けていない、そんなメガネとマスクのウェイターなどいないという。
「やはり、アリジゴクの一人を狙って、誰かが動き出した可能性が高い。すぐに手を打とう。」
「え、じゃあ、さっきのウェイターが真犯人なのかしら。」
「かもしれん。でも、また一般の人がだまされて使われているのかもしれん。」
「とにかく、アリジゴクの人の安全が第一です。手分けしてなんとかしましょ。」
「よし、がんばりましょ。」
華やかなイベントの影で、命をかけたギリギリのやり取りが動き出した。
やがて時間がきて、いよいよロック対決だ。だが、その時、東門の奥から、エンジンの音が高らかに響いた。総合司会の二人がレポーターの田部井に問いかける。
「東門の田部井さああん。なんですか、このエンジン音は!」
「いつもしがない自虐ネタをせつせつと語りかける芥川が、今日のために大変身を遂げたんです。自分のソウルのままに全身を逆立て、流れる血をハイオクに入れ替え、今や彼は芥川漱石ハイパーターボパンクバージョンとなったのです。さあ、さあ、今、轟く爆音とともに、奴が登場する!」
「うおおおおお。」
観客席がどよめいた。
7台の重厚なメタル軍団、ハーレーダビットソンにまたがった7人の荒くれ男たちが、東門からエンジンを高らかに響かせ飛び出してきた。
舞台の前に設営された格闘リングのまわりを一周すると、そのまま舞台にかけのぼり、そこでバイクを降りた。
みんなギターやドラムを用意してハーレーダビットソンの後ろにズラリと並んだ。
すると一人の男が何かを手に持って前に進み出る。芥川漱石だ。
芥川の着物はレザー、袴はメタル、そして、体中にチェーンやスパイクや髑髏のアクセサリーが光っている。
奴は舞台の一番前に花瓶を置き、そこに一本の見事なカリフラワーをさした。
「来たぜ、天山スタジアム。われが、芥川漱石なりい。…オレが人生で目指していること,それは夏目漱石先生も追及していた「則天去私」の境地に至ること,つまりはエゴイズムからの脱却なり。そして俺は今日、ついに則天去自分の境地にたどりついたのだ。
さてそんなオレが今日お贈りするのは、ロックバンド「ブリリアントブロッケンブロッコリー」と一緒に奏でる嘆きのメロディーだ。それでは聞いて下さい『スリル・ザ・カリフラワー』!」
「ワンツースリー、ゴー!」
鋭いドラムの音に、芥川の魂のシャウトが突き刺さる。
ウォウウォウォウウォウォ…カリフラワー ウォウウォウォウウォウォ…カリフラワー
近所の八百屋~炎天下の下に置かれていた君・カリフラワー五十円
オオー水分がほとんどない オオー色がすでにまずい
でも我慢してI get you! get you!
お財布の神が舞い降りてきた
早速家へ帰ってゆでる、俺の鼓動はヒートアップ
久しぶりの野菜! 一人暮らしの味気ないビタミンに光がさす!
しかも国産! 俺もついに日本の土地踏んだ茨城県産!!
干しフラワーになっていた君は色気づき、俺はマヨネーズをかけて
君のハートをフォークでショック!!
しかし、何か違う 何か違うんだBaby
これは、この差し具合~
引き上げてみたそれえーえーは
Oh shit! それは青虫!
Oh shit! 湯気立つ青虫!
白熱電灯の元、マヨネーズの脂をかぶったそれは
Oh shit! Oh shit! Oh shit!
アア、止まらない俺の鼓動
Oh shit! Oh shit! Oh shit!
Ah~
ああ、でも今日の俺はいつもと違う。
今日の俺は昨日と違う。
すべてを受け入れ、すべてに従う。
おお、カリフラワー
おお、青虫
おお、マヨネーズ
全てを受け入れ、すべてに従う
そう、ともに生きよう、一つの命に。
ともに生きよう、一つの地球
全ての味がまじりあい
シンフォニーを奏でだす
ともに生きよう、一つの命に
ともに歩もう、一つの地球
ああ、カリフラワー、俺のソウルよ。
そうさ 青虫、俺の人生
おお、マヨネーズ、すべてを包む俺の愛
かじりたい、かぶりつきたい、一つになりたい
おお、カリフラワー、ウォオオオオオ!
曲が終わった時、すべてをシャウトしつくした芥川は真っ白なって、前のめりにぶっ倒れた。平気か、芥川、死んだか、芥川!
その時、客席から、小さな掛け声が始まり、それがウェーブのようにスタジアム全体に広がって行った。
「ソーセキ、ソーセキ、ソーセキ、ソーセキ!」
拍手と掛け声に励まされるように芥川漱石はむくっと動きだし、ゆっくり立ち上がった。
「ソーセキ、ソーセキ、ソーセキ!」
そしてふところから、マヨネーズを取り出すと、舞台の前のカリフラワーにぶっかけて思いっきりそれにかじりついたのだった。
「ワァー」、
観客は大盛り上がり、そしてバイク軍団はまた高らかにエンジン音を響かせて、去っていったのだった。
すごい盛り上がりだ。まだ未発表だが、勝敗を分ける音声センサーの値は、かなりの数値を示したようだった。
さあ、総合司会の二人が飛び出してきた。
「さあ、挑戦者サイトの総統さあん、今の王者チームはすごいガッツ見せてくれました。そっちのチャレンジャーは誰ですか。」
「見たとこ、舞台のセットがあらかた片付いてガランとしてしまったんですけど。何やるんですか。」
すると、突然の飛行機の爆音と機銃掃射の音が響き、大きな舞台は真っ暗となり、総統が西門の前に進みでた。
大画面には廃墟の街が広がっている。
「現代の忍者と言うべき、最強兵士がいた。人呼んで、不死身のハート。その男は、戦場から戦場を駆け抜け、秘密工作員として暗躍していた。大群が一夜のうちに全滅したり、秘密基地が前触れもなく爆破されたりした。だが、その兵士には秘密があった。彼らは一人で二人、二人で一人のシンクロナイズドアーミーだったのだ。さあ、シンクロナイズドアーミー、コードネームハートの技を見るがいい、演じるは、日本の最高レベルの表現力をもつハイセンスパフォーマンスマシーン、ジョリー・ロジャー、演奏は変幻自在のロックバンド、「バロック・カオス・ショコラ」新しい笑いの世界に驚愕せよ。」
総統が引っ込むと、同時に大画面にタイトルが映し出される。
バロック・カオス・ショコラがミステリアスな曲を弾き始める。
「シンクロナイズドアーミー、コードネーム、ハート」
遠くで爆発音が響く。急降下する飛行機の爆音、機銃掃射を潜り抜け、一人の兵士が舞台を走り抜ける。ジョリーロジャーのクールガイ、佐久間こころだ。スポットライトに照らされて、転がり、飛び上がり、サッと壁にはりつき、やり過ごす。
そしてあたりを見渡しながら、一歩、二歩と進み出る。すると、あれ? 腕が一瞬四本あるように見えるではないか。気が付かなかったが、ハートの後ろに、もう一人の人影が重なって見える。いつのまに?
相方の唐来泰史だ。二人は手を取り、一度抱き合い、指令書を読む。
「ミッション 秘密基地に潜入し、爆破せよ。」
二人はうなずき、動き出す。でも、どこがお笑いなのか? 観客はみな引き付けられているが、今のところ笑い声はひとかけらも聞こえてこない。
だがその時、バロック・カオス・ショコラが軽快な曲を演奏し始める。
まずは観客席に向かって全速力で走るポーズ。流れるスポットライトの香かもアリ、本当に走っているように見える。そして走りながら、一人に重なり、二人に分離するのだが、なるほど観客席からため息が漏れる。音楽に合わせ、手の振り、左右の足の動きまで、完全に一致しているのだ。
「貴様何者だ。」
罵声が聞こえ、格闘戦だ。最初はこころの後ろに唐来泰史が重なり、まったく同じ動きで、パンチ、キックなどを繰り出すが。そのうち前にいたこころがしゃがんだところをもう一人が飛び越して回し蹴りをしたり、突然分離して、ダブルパンチを見舞ったりと、動きがすごい。客席からも驚きのため息が漏れる。
大画面にメッセージが出る。
「いよいよ敵の基地に潜入だ。」
今度は二人が並び、シンクロナイズド潜入を始める。ダッシュ、飛び越え、ダッシュ、飛び越え、サッと伏せて匍匐前進、壁に飛び移り、サッとターン。ところが、少しずつ笑い声が聞こえ始める。動きが見事にシンクロなので、はたから見てるとおかしなダンスに見えてくるのだ。しかも驚くタイミングや、やったという勝ち誇った顔までシンクロだ。無駄な動きも新しい種類のタップダンスのようにぴったりそろっている。
何より凄いのは、ガランとした大きな舞台が、二人の動きだけで、戦場に変わることだ。
だが、大きな銃声が聞こえ、唐来泰史が倒れる。駆け寄るこころ。だが、お尻をかすっただけで大したケガではないと立ち上がる相方。
大画面にメッセージが出る。
「時間が迫っている。急げ。」
音楽が一層盛り上がり。二人はまたダッシュ、飛び越え、ダッシュ、飛び越え、また伏せる。だが、今度は、かなりの笑い声が聞こえるようになる。動きはシンクロしているのだが、止まったり着地したりするたびに、唐来泰史が大げさに痛がったり、お尻を押さえて悶えたりするのだ。
一度止まり、心配するこころ。平気だとポーズをとる唐来泰史。
今度は走ってジャンプし、ロープをよじ登り、転がり落ち、二、三人殴り倒し、ジャンプして飛び込み、見事に動きを合わせて泳ぎ出し、手を上げ、足を上げ、シンクロナイズドスイミングを行い、岸に上がり扉を開け、廊下を忍者歩きで進み、ついに最後の部屋に突入だ。動きはますますシンクロし、新しいパフォーマンスダンスのようにテンポが速くなり、つまずいたり、驚いたり、細かいところまでシンクロして小さな笑いを積み重ねていく。そしてお尻の痛みもますます増していき、ポイントポイントでドッカーンと笑いをとるようになっていく。
最後の部屋で爆弾を仕掛け、遠くでスイッチを押そうとする。
だが、そこで敵の叫びが聞こえる。
「おっと待った。手を上げて出てこい。最後の最後で残念だったな。」
二人が一人のように重なり、両手を上げて、舞台の中央に歩き出す・
「死ね!」
だが、敵が撃つより早く、それは起こった。大画面、両手を上げているこころの脇の下から、もう二本の腕が生え、銃をぶっ放したのだ。
「ギャー!」
そして爆発スイッチが押された。大きな爆発音とともに後ろの大画面で、爆発する秘密基地。
飛び上がって喜ぶ二人。
二人はシンクロしながら喜びで飛び跳ね、ハイタッチだ。走りだし、飛び越え、戦場から脱出だ。戦いのためのシンクロは、二人の友情を現すシンクロに変わり、戦場は自由と明日への滑走路へと変わるのだ。最後の最後に二人の動きは素晴らしいシンクロダンスとなり、曲や照明とシンクロし輝きだすのだった。
大きな声援の中、ジョリーロジャーは小さくお辞儀をすると、さっと身をひるがえし去って行った。
大きな歓声。でも、先ほどの歓声と違う清々しい拍手だった。なにかいい映画を一本見終わったような感じだ。
少し困った顔をして、総合司会の二人が出てきた。
「ええ、ただいまの勝負の結果を発表なんですが…。」
「今、裏でちょっともめましてね。」
「音声センサーの最高値が1デシベルしか違わなかったんですわ。それでも、決まりは決まりですから、決着をつけることになりました。」
会場が一瞬静まり返った。
「勝利の栄冠を手に入れたのは…。…魂のシャウト、芥川漱石!」
盛り上がる客席。いよいよ次はメインイベント、十分間の休憩だ。
「ええっと、メール打っておくか。…先輩、アリジゴクのアリちゃんは間違いなく狙われています。私は、急いで控室に行って、あたりを見張ることにします。」
柴田は、メールを打つと、レポーター2の部屋のそばであたりを見張っていた。また先ほどのあやしい男が近付かないようにじっと張っていたのだ。
流石と丸亀は、西門のゲートのそばで待機し、アリちゃんが退場してくるのと同時にその身柄を確保しようと見守っていた。
「メールだわ。あ、丸亀さん、柴田君は、控室に行って、見張っているそうです。」
「よし、我々もここで頑張ろう。」
舞台裏での緊張をよそに、今度は非常口のそばに怪しい作業員が現れた。
「ここが最終地点だな。」
男は、非常口のドアを開けると、イベント成功オメデトウのポスターと非常階段の幅に合わせた小さなレッドカーペットを取り出した。
「ええっと、太陽も、星も見える階段、天国の階段の最上段にイベント成功ポスターとレッドカーペットを設置しろ。間違いない。ここに置くだけで十万円だ。」
男は最上段にレッドカーペットを敷き、非常口のドアに派手なポスターを貼り付けると、証拠の写メを撮って早速転送した。
だが、ここを突き止めたこの男でも気が付かなかった。
このレッドカーペットはペラペラで裏もツルツル。、間違えて踏むと思いっきり滑ることうけあい、大変危険なことになることを…。
そう、非常階段の最上部で転んだら、下にまっ逆さま、命の保証はない。
男は、非常口を静かに閉めるとニコニコしながら、どこかに消えて行った。
曽根崎はその頃、清水がトイレに行くと姿を消したのを幸いに、飲み物でも買いに行こうと席を立った。その時、何か視線を感じサッと見ると、忍者のように現れたウタポンがサッと近付き、水筒を渡した。
「ありがとう、ウタポン、中身は何だい。」
「エルダーフラワーやローズヒップ、リコリスなどをブレンドした、スポーツ選手用に私が作ったハーブティーです。じゃあ、自分の席に戻ります。」
なんだかすごい緊張感だった。でも飲んでみたらほどよく冷えたほのかに甘い、すっきりしたハーブティーだった。
「いやあ、実にうまい。」
曽根崎の出したブイサインを見ると、ウタポンは遠くで微笑んでいた。だが、すぐに清水が駆けてきた。
「編集長、大変、大変、休憩時間の後半に、お楽しみのコントが始まるんですって。」
「ほう、あの総統のコントか。」
大画面に大きなタイトルが現れ、不気味な音楽が流れだした。
「休憩コント;総統の憂鬱」
総統が中央舞台のセンターに進み出た。
「ブワァハッハハ、われこそは秘密結社ダークサイダーの総統ダークサイダーゼットだ。ここは地下数百メートルに作られたわが最新の秘密基地だ。いよいよ世界征服の準備が整ってきた我々は、資金調達のため、最新の悪の科学を使って新商品を開発した。わしが、スティーブ・ジョブス氏にインスパイアされて開発したものだ。まずは、コマーシャルを見るがよい。」
すると、大画面にコマーシャルの映像が流れる。
「みんな渇いてる」の文字。トライアスロンの選手、断崖絶壁を登る冒険家、炎天下のガテン野郎、仕事が全然来ないお笑い芸人、彼女いない歴二十五年のフリーター、ジャージ姿の干物女。みんな、汗だくで、渇ききって死にそうだ。
「堕悪サイダーがあるじゃないか?」の文字。みんな閃いて、スマホを取り出し画面を押す。すると、目の前に冷えたサイダーがさっと転送されてくる。みんな飛びついて飲み干す! うまそうだ。
「新配信飲料、堕悪サイダー。」
「どうだね。今では音楽も配信、画像も配信、なんでも配信の時代だ。わが地球制服用の転送技術を横流しし、転送先を通知するスマホ用のアプリも開発した。そして、戦闘員用のハイパーマルチビタミンを配合し、できたのが堕悪サイダーじゃ。さて、売れ行きはどうかのう。」
するとそこに戦闘員が並んでやってくる。
「では、サイダーの売り上げの報告を頼む。」
「はい、総統。欧米に続き、アジア地域でもドンドン売れています。スマホで位置情報を伝えるだけで手元にサイダーが現れる手軽さが受けているようです。」
「ふふふ、悪の世界征服は近い。ハハハ。」
「総統、ゴミ問題で売り上げが落ちないように始めた、空き缶の転送リサイクルが大評判です。飲んでもゴミにならないということで、ますます売れています。」
「ハハハ、ますます世界征服の日が近い。」
「総統、わがダークサイダーが、特保とエコマークの指定を取りました。品質の高さが評価されたんです。これで売り上げ倍増です。」
「当たり前じゃ、戦闘員の能力を倍増させる、特殊なマルチビタミンが配合されておるからのう。」
「総統、わがダークサイダーの名を広めるため、世界のあちこちでサイダーを配りました。とにかく転送できるので、普通は運搬が難しい紛争地域や難民キャンプで配ったところ、たくさんの栄養失調の子供の命が助かったそうです。国連から感謝状が届いています。」
「いよいよわが組織の名が世界の隅々まで知れ渡ってきたわ。世界征服は近い。」
「総統、大変です、今テレビで、うちの地下の秘密基地の様子が紹介されています。」
「なんだと、この間地下基地に忍び込んだ仮面ライターの仕業か。とらえた後、ごちそうして逃がしてやったのに…。わが秘密基地の最大の危機じゃ。」
「いや、それが違うようです。地下のきれいな天然水を有効活用し、完全な地熱発電で電気を起こし、リサイクル材料を活用し、しかも二酸化炭素を全く発生しないで、世界中に水分と栄養を送り届ける素晴らしいシステムだと、仮面ライターが暴露記事を書いたそうです。その結果、今年度のエコグランプリを受賞したようです。」
「ふふ、ついにわが組織の素晴らしさが世界で認められたか。悪の世界は近い。」
「総統、サイダーの爆発的な売り上げに加え、アプリの収入も予想以上です。ところが予定していた資金の十倍以上資金が集まっております。いかがいたしましょう。」
「え、それは集めすぎだなっていうか、税金が凄い額になるよね。そうだ、税金対策に、世界各地の渇いてる人々に無料でサイダーを配ろう。どうかな?」
だがその時、一人の戦闘員がバババッと走り出し、叫んだ。
「総統、いい加減にしてください。私はもう、付いていけません。」
「どうした、戦闘員一号よ。」
「総統、我々は、悪の組織ですよ。何をリサイクルしたり特保の指定を受けて喜んでるんですか。難民キャンプの幼い命を救ったりするのが、悪の組織のやることなんですか…総統は変わってしまわれた。堕落です。志を忘れてしまった…。」
「そ、それは…。すまん。」
すると、他の戦闘員が飛び出してくる。
「それだけは言うなよ。総統も悩まれた結果なんだ。」
「総統は、日夜、寝ないで頑張っている。お前も知ってるだろう。」
「じゃあ、聞くけど、税金対策でサイダーをまた配ってみろ。貧しい人々への慈善事業化? キラキラ輝く瞳の子供たちから感謝状なんか来たらどうするんだ。そんなことで、世界征服ができるのかよ。」
「一号、すまなんだ。許してくれ。税金はちゃんと払うよ…。」
「総統、あの悪の夢を語り合った記念日を忘れたんですか。世界を暗黒に染め変えるって、牛丼に特別な生卵乗っけて、涙と七味とショウガと一緒にかっこんだあの夜のことを忘れたんですか! 世界を暗黒の闇に包むんじゃなかったんですか。」
その言葉に総統はガクッと膝をつき、下を向く。
「総統、お気を確かに。あーあ、言っちゃいけない大切な思い出に触れちまったな。それだけは言わないでほしかった…。」
「あの牛丼の夜の誓いを忘れたわけじゃないんだ。すべてわしの慢心が産みだした結果じゃ。しばらくわしは旅に出る。もう一度、一から悪の魂を修行しなおす。いいな。」
「総統、考え直してください。我々はどうしたらいいのですか。」
「ああ、心配しないでいいよ。残りの仕事は全部片づけてお前たちが困らないようにするから。それからわしのいない間も、お前たちは有給扱いにしておくからしばらく家族のもとに帰ればいい。ボーナスも九十五パーセント出るからさ。」
「ちょっと待った。部下に迷惑かけないよう、仕事や有給の心配をする悪の総統がどこにいるんですか。」
「うぬう、さらばじゃ。」
「総統、お待ちください。もう一度、やり直しましょう。ねえ、総統!」
自分の部屋に帰って行く総統。追いかける戦闘員たち。一号だけが一人残る。
「なんで、みんないいやつばかりなんだよ。俺たち、世界一の悪の秘密結社じゃなかったのかよ。」
一号は少し考えてそして一言…。
「だめだ、こりゃ。」
舞台が暗くなって終了。曽根崎は取材メモに「ややウケ」と書いた。
「おれは、けっこう好きな世界なんだけど…。」
その頃、夜の部の始まったローズキャッスルに朝露農園から、紫門夕子が訪れていた。
「先ほど追加注文を受けました、無農薬野菜のお届けです。」
ところが、厨房の様子がいつもと違う、いつもの浜田シェフの他に、瀬川と、立派な身なりのシェフがいて、あちこちを見回りながら何か話し合っている。
瀬川がさっそく近付いてきた。
「ああ、紫門さん、今日もご苦労さまでした。ああ、紹介しておきましょう。こちらが無農薬野菜をうちに入れてくれている、隣の農園の紫門さんです。こちらが、浜田シェフの手伝いに来てくれた。二階堂シェフです。」
するとその立派な身なりの二階堂シェフは、ニコニコ笑いながら頭を下げて近付くと、大きなザルに入れた朝露農園の野菜に手を伸ばした。
「初めまして、二階堂と申します。へえ、無農薬野菜ね。御嬢さん、ちょっと失礼して見せてもらっていいかな。」
「もちろんですとも。」
すると二階堂シェフは、突然鋭い目つきになって、野菜をいろいろと手に取った。そして、今度は限りなく優しいまなざしで、観察し始めた。
「ううん、素晴らしい。これかい、当日の勝負に使う野菜は?」
すると、瀬川が苦笑いをした。
「いいや、その野菜は味はいいんだが、色や形が不ぞろいなんだ。二階堂シェフには、ヨーロッパから飛行機で直輸入した最高の本場の素材を使ってもらうので、見た目もバッチリですよ。」
すると、二階堂シェフは、小声で紫門夕子にささやいた。
「あの男の考えることはよくわからん、こんどこっそり、あんたんとこの野菜を使わせてもらうよ。」
納品が終わって、夕子は農園に帰った。今の人は、曽根崎さんたちとの料理勝負に呼ばれた大物シェフに違いない。
「もっと、いやな人だったらよかったのに。」
二階堂と呼ばれたあのシェフは、優しく、本物の実力者らしかった。何よりも野菜を見る時の愛情に満ちた目が料理に対する心を感じさせた。
料理勝負は、もう、二日後だった。
そして、ついに時間だ。メインイベントがついに始まる。
総合司会の二人が、ゆっくりと登場だ。
「いよいよ今日のメインイベント、因縁の女芸人日本一決着戦です。」
すると、大画面に、試合内容が映し出される。
一回戦 爆弾セット、スペシャルものボケ対決
二回戦 フィーリングカップル対決
三回戦 ファイナル、究極の漫才勝負。
「えー、大サービスだなあ。三回戦まで引っ張るんか。」
「ええっと、王者チームは、最初の春代こい・こがれ 対 天下りが引き分け、そのあとの芥川漱石 対 ジョリーロジャーが僅差で王者チームで、ワンポイント王者がリードだね。」
「ええ、じゃあ、挑戦者チームは3対0で勝つつもりじゃないと勝てないんだ。」
「さあ、わからない。このままズルズル行くか、大逆転するか?」
「王者チームの田部井さん、そちらのレポートお願いします。」
すると、田部井の元気な声が聞こえてきた。
噂じゃなかった。ポンタリキは虎の穴に修行に行っていた。なんとポンタリキは一流の格闘マッチョを引き連れての入場だ。
高らかな三味線の音が響く。
「おおおー。」
観客席がどよめいた。日本一と書かれた巨大なのぼりも凄かったが、それを持っている男も、身長が二メートルを超す、大男、大吾・ザ・グレイト、現役の格闘技チャンピオンだ。
しかもその後ろに銀ラメの派手なマスクをきらめかすウルチャリブレ、メキシコプロレスラー軍団だ。会場に向かって、キラキラ光るマスクをいくつも投げる、大サービスに観客席が盛り上がる。
そして、ポンタリキも力が入っている。な、なんと遊園地にある歩くパンダの乗り物が、二頭で、何か巨大なものを引っ張ってくる。
「オー、熊が光ってるぞ。」
それは、青森のねぶた祭りのような光る山車だった。
北海道の鮭を加えたヒグマがど迫力でデザインされていた。ポンタリキは二人で、その巨大なヒグマの背中に立ち、踊り、歌い、立ったまま演奏しながらやってきたのだ。意味が解らないが、時折片足を上げたり、三味線を頭の上で弾いたり、無駄に凄いことをやってのけての入場だ。
そして、ポンタリキ軍団は、舞台の前に設営されたリングの中に入り、西門を睨みながらポーズをとった。
二メートルを超す大吾の両肩に一人ずつ乗り、西門に向かって怒鳴っている。
「日本一をなめんじゃねえ!」
「津軽海峡の海の藻屑と消えるがいい!」
すると、西門に総統が出てきて大声で叫んだ。
「格闘技のチャンピオンにヒグマだと、片腹痛いわ。こちらはな、悪の軍団つながりで、最強のメンバーを呼んであるのだ。どこから呼んだのかって? それは、銀河の果てだ。」
総統が、真上を指差して叫んだ。
「いでよ、宇宙最強の、黄金帝国よ!」
すると、宇宙船が飛来し、着陸する轟音が響き、西門から悪の宇宙軍団が足音も高く、進んできたのだ。それは、人気ロックグループ、エスピオのスペースオペラに出て来る悪の宇宙軍団だ。戦闘には毛むくじゃらの獣人ゾワゾワ星人が巨大な「下剋上」ののぼりを持ち、その後ろにさまざまな武器を持つ黄金の兵隊が続く。
「ぱぉー!」
なんだこりゃ、さらに西門からは、象にまたがったキャラメロン、いや、宇宙巨獣デロンピマンモスにまたがったチロピン王家のヒメギミがやってきたのだ。
三つ目で三本鼻の特殊なアニマルメーキャップを施された象は、映画から抜け出してきたような迫力。そして、ガウンを脱ぎ捨てたキャラメロンは、長い尻尾と触角を付けたまるっきり異星人のコスチュームだ。そしてやはり、ポンタリキをにらみ、何かを叫ぶ。
「デロンピ、パッフルピー!」
「チロピン、パウール!」
もう、なにがなんだかわからない。客席の興奮もものすごい。
まずは国歌斉唱。すると、鮮やかな和服を着た絶世の美女がリングの真ん中に出てきた
見たことあるようだがいったい誰だ。
ところが、歌いだすとすぐにわかった。歌いだしのキーがやたら高い。このままでは最後にいったら、高温が続かないだろう。
と、心配していたら、どんどん声が高くなっていく。え、もしかして…。
それは6オクターヴを平気で歌いこなす、ロックバンドエスピオの歌姫、トゥインクルグルグルタマコの初めて見る和服バージョンであった。
なるほど、着物はポンタリキのような和風バージョンだが、その人類離れした声域は異星人のようだ。なんだかとってもこの場にふさわしい。
タマチャンは、見事に歌いきると、大声援を受けて帰って行った。
さあ、いよいよ第一回戦、爆弾セットものボケバトルだ。
それぞれの相方が、縛られ、そのそばに時限爆弾がセット。三十秒に一度、ボタンを押しに来ないと爆弾が爆発する!
大画面には二つの不気味な大時計、そしてミステリアスな音楽は、爆発が近付くとスリリングな曲からショッキングな音に変わって行く。
カードを引く。
ポンタリキは北海道ものボケフェア
キャラメロンは生着替え一発ギャグ
先攻は王者チームだ。
「ヨーイスタート!」
時限爆弾がコチコチと時を刻み始める。
実況はアリジゴクの小田俊平、解説はモータービンの毛利、ギャグ審判員は、放送作家の小太りのガバチョ梅田さんが行う。
時計の音、ミステリアスな音楽が緊張を高める。
「実況の小田です。いよいよ、始まりました。相方のことを気遣いながら、ポンタリキの武晶圭子が、舞台の中央に駆けていきます。
おっと、最初は北海道の名産タラバとケガニの大きな模型が並んでいる二つですか? これはどういうことですか? 解説の毛利さん。」
「ポンタリキは着替えがない分、二つのアイテムでのものボケなんですよ。」
「え、それはきついですねえ。悩んでるが時間が足りるんでしょうか。おや、カニを二つとも持って、何か叫びました。」
「部長、どうしたんですか?」
「キャー、事故をおこしタラバ、ケガニんがでた。」
「おお、見事、二つクリアだ。すぐに爆弾のところに戻って、ボタンを押してリセットだ。
さあ、今度はキャラメロンのマリが生着替え一発ギャグの一回目だ。お、着替えの指令が書いてある紙をひいて、そのまま会場に作られた着替えルームに飛びこんだ。でも、三十秒以内に、着替えと一発ギャグが終わるものなのでしょうかね。毛利さん。」
「ご心配なく、頭からすっぽりかぶれる、早着替え用らしいですよ。」
「なるほど、あ、飛び出してきました、白衣の天使、看護師だ、白衣が少しよじれていて、ちょっとセクシーかも…。もう時間がない。おっとギャグをやるぞ!」
「先生。熱中症です。ネ、チュウーしようピ。」
「おっとベタな展開。でもなんとか乗り切った。さあ、ポンタリキの番だ、凄い勢いで飛び出してきた。次は、ウニとホタテだ。これはちと難しいか? さあ、ぐずぐずしてると爆発だ。おっとメロドラマのパターンを無理やり再現だ。」
「陽子さん、俺は、俺は…。」
「…達也さん、いつまでも自分を責めてウニウミしてないで。わたしのことはホッタッテ。」
「これはちと苦しいが演技力でもっていったか。どうなんでしょうか? 毛利さん。」
「審判のガバチョ梅田さんが悩みながら○印出してますから。でもこれ以上、低空飛行は避けたいですね。」
「さあ、キャラメロンの次のコスプレは? おっと、ドラゴンスケイルのダークブルーの鎧をまとった女戦士だ。ロングソードがかっこいい。さあ、ギャグだ。と思ったら突然倒れたぞ?」
「やられた…、戦士が戦死パポー。」
「なんだか知らないが倒れ方がよかったのかかなりウケた。いい調子か? さて、このあたりで差を付けたいポンタリキ。さあ、次のアイテムは? 次のアイテムは、シシャモとホッケだ。これはかなり難易度が高い、さあどう料理する?」
「てこずってますね、ショッキングな曲に変わりましたよ。早くボタンを押しに行かないと、爆弾が!」
「不気味な時計の音が響く! さあ、あわてて駆け戻りボタンを押した。一度リセット、再挑戦だ。おっとなにか思いついたらしい。さあ、急げポンタリキ! こんどは、親子物で反撃か。」
「かあちゃん、まだ眠いよ!」
「ヒロシ早く起きないと、ようシシャモしないわよ。寝ホッケてるんじゃないよ!」
「ヒロシネタで乗り切った。何とかなった。何とかなったが、時間ギリギリ、危ないところでしたね。」
「いやあ、あの音楽は心臓によくない。ここでキャラメロンも攻勢を仕掛けたいところですね。おや、そのキャラメロンが手こずっている?」
「おっと、次の生着替えはちょっと手こずっている、カツラがなかなかかぶれない。おっと出てきた、腹巻を巻いたはげ親父だ。急に激しく体を振っている。何のギャグだ?」
「ハゲしくハゲおやじプー」
「意味も何もよくわからないが、そこが、キャラメロンらしい、なんだか大ウケだ。さあ、そろそろ決着をつけたいポンタリキ、だが次は難敵、カズノコとイカだ。さあ、さすがに難しい、曲が、スリリングな曲から、再度ショッキングな曲に…。時間だけが過ぎていく。汗だくで、悶えているが…!」
「かあちゃん、またピーマンなの!」
「ヒロシ、おカズノコしちゃイカんよ。」
「で、出たー、これは苦しかったが何とかガバチョ梅田さんもオーケーを上げた。」
「さあ、またキャラメロンチャンスですよ。あれ? 引いた指令の紙を見て、一瞬立ちすくんでますね。もしや、あの恥ずかしくて異様に重い、あの日本独特のあれをひいてしまったかもしれないですね。」
「なんなんですか毛利さん。あっと飛び込んで覚悟を決めて着替えている。あ、出てきました。肌色なので一瞬裸? かと思いましたが、これは、着ぐるみだ、しかも、日本の伝統格闘技、すもう取りだ。肌色の肉布団に回し一本。ズラの大銀杏がちょっとずれている。もう、すぐ一発ギャグに突っ走るぞ。」
「ドスコイ、ドスコイ、どう、スゴイ?」
「おお、恥じらいを捨てた思いっきり張り手が凄い。おおお、最後にかわいいポージングで決めたキャラメロン、わけがわからんがなぜかウケてしまう。」
その時、終了の鐘が鳴り響いた。どっちも爆弾が爆発せずに乗り切った。激戦だった。
「いやあ、どちらも乗り切りましたね。ハラハラさせられましたが、こういう場合、決着はどうつけるんですか、毛利さん。」
「やはりどちらも王者たるにふさわしい実力がありますね。でも、爆弾が爆発しなかった場合は、トータルで、時間が長かった方が負けで発表の瞬間、爆弾が爆発することになっているんですよ。」
「主催者は、どうしても爆発させたいんですね。あ、ガバチョ梅田さんがストップウォッチをもってやってきました。」
小太りのガバチョ梅田が、汗をふきふき、なにかブツブツ小声で言っている。
「発表します。勝者、キャラメロン。ポンタリキさんお気をつけて…!」
ドッカーン。派手に爆発。しかも中から小麦粉が飛び出し、あたりは真っ白に…。
悔しがるポンタリキ、飛び上がって喜ぶキャラメロン、明暗が分かれた。
「やっぱり、二つのものでモノボケはきつかったですね。ほんの少しですが、時間がかかり過ぎた。これで、勝ち負けがますますわからなくなってきました。五分の休憩のあと、第二回戦です。」
観客席では、清水がまた暴走気味だった。
「ねえ、編集長、次はどんな対決なんですか?」
「ええっと確かフィーリングカップルバトル5だっけ。ザックリ言えば、五対五の合コンだな。ポンタリキやキャラメロンも出て、カップルが成立したほうが、勝ちだ。なんか噂では、男性群にかなりのイケメンが出るってさ。期待するといいんじゃない?」
「へえ、カップル成立? やだあ、編集長ったら…。」
ああ、無視、無視。ええっと、あのハーブティーでも飲むかな。まあ、でも清水は度胸がいいから、写真撮影はそばまで踏み込んでバシバシいいのを上げてくる。その辺は育ててやらないとな…。
とりあえず、このハーブティーを手に持っていると、遠くでウタポンが安心するみたいだから…。
曽根崎は、水筒の中のハーブティーをまた一口飲み干した。
ちょっぴり甘くて飲むほどにおいしかった。
「第二回戦、フィーリングカップル対決の始まりでーす。」
司会者の声が明るく響いた。
今度はステージの上に派手な大きな黒いテーブルが用意され、大きな拍手とともに出場者が入場してきた。
突然凄い声援。なんと格闘技の大吾が送り込んだ弟弟子、独身のハンサムチャンピオンが男性群に交じっているらしい。それに比べて、女性軍は、全員女芸人、まあ、ポンタリキもキャラメロンもけっこう若くて可愛いといえば可愛いのだが、ポンタリキは根性入ってて、目ヂカラ凄いし、キャラメロンも芸風というか、わけがわからない。他にやり方はなかったのか?
「司会の毛利&小田でえす。フィーリングカップルバトル5、始まりマース! カップル成立した組の優勝です。」
「では、男性群から名前とアピールポイントをお願いします。」
「格闘技ミドル級チャンピオンソニック石崎です。腹筋がきれいに割れてるところかな。」
「芥川漱石です。けっこう、料理は得意です。」
「天下りの田中です。お金の心配はさせません。。」
「ウザキモという本人には不本意な呼び名を付けられた小田卓也です。そうねえ、優秀な頭脳ですかな。」
「自分は、秘密組織ダークサイダーの戦闘員五号です。命令に忠実なところかな。」
ひととおり紹介が終わると、格闘家のソニック石崎が、高身長、美筋肉、ハンサムで、ぶっちぎりな感じだ。
「では、女性軍の方、名前と、アピールポイントをお願いします。
「ポンタリキの武晶圭子です。ほほ、日本舞踊と着物の着付けなら師範クラスですわ。着衣水泳、和服でもできます。」
和服で着衣水泳? でもこれは実話らしい。
「ポンタリキの露下亜美です。音楽なら任せてください。カラオケ一人で、八時間歌えます。三味線の革、自分ではれます。」
「キャラメロンのマリです。コスプレスイミング、二級ですピ。あと、スカイツリーとお話ができますのピー。」
コスプレスイミングっていったいなんだ? しかも二級って中途半端じゃ…。
「キャラメロンのリノです。妄想旅行協会の副会長です。最近も、三軒茶屋とイスタンブールとマラケシュに行ってきましたポ。」
「ピン芸人のアラカベマリです。東京のおいしいスィーツの店、ベスト百を一年で食べつくしました。東京スィーツ傾向と対策という本出しました。買ってね。」
男性群は、唖然として、静まり返ったまんまだ。まともなのが一人もいない。
「それでは、男性群、彼女を誘いたい場所、デートしたい場所を教えてください。」
「そりゃあ、自分のタイトルマッチの会場に呼びますよ。リングサイドの貴賓席にね。ガツンと勝ってそのあとは大吾の兄貴の店で祝杯を上げます。」
「芥川ですけど、商店街かな。かしまし商店街ってところが顔なじみが多くて、おいしいものとみんなの笑顔がどっさりあります。」
「天下りの田中ですが、カリブ海の隠しプライベートビーチなんかどうかな。別荘はメイド付きだから何もしなくていいしね。」
「小田卓也です。好きなところに連れて行ってあげますよ。ぼくといれば、そこはそこは世界で一番素敵な場所さ。」
「5号です。うちの地下秘密基地は楽しいですよ。サイダーの工場見学、巨大ロボの操縦もできるし、うちのサイダーはコラーゲン入りで美容にもとってもいいって最近認められたんですよ。」
おや、意外と女性軍の反応がいいぞ。ウザキモ男の小田卓也以外は、好印象が多い感じだ。
「それでは、今度は女性軍、質問をどうぞ。」
「ポンタリキの武晶圭子ですが、ソニックさんは私とお酒を飲むなら何を飲みますか。」
「なんでも飲むんですが、冷えたビールがいいかな。」
「キャラメロンのマリですが、ソニックさんの必殺技は何ですか。」
「右ストレートとカカト落としです。誰にも負けませんよ。」
「すいません、アラカベですが、ソニックさんはどんなタイプの女性が好みなんですか。」
「やっぱり優しい人ですかね。あと、料理がうまいとグッときますね。」
ここで、司会が交通整理。
「はいはい、お気持ちはわかりますが、一人に集中しないでくださいね。では料理の話題が出たところで、女性陣の得意料理をお願いします。」
ここでいい答えを出すと、ポイントが高そうだと女性軍の瞳が燃える。
「ポンタリキの武晶圭子です。マグロの解体ショーできます。マグロ包丁で大トロや中トロを目の前でさばきますよ。いかがですか。」
あまりの闘志と迫力に一同圧倒される。ちょい引き気味か?
「ポンタリキの露下亜美です。松前づけです。質のいいカズノコと最高鮮度のスルメイカの独自ルート持ってます。とろみのでるガゴメコンブと秘伝のつけだれが決め手ですね。」
コアなファンのハートを射抜く松前づけ。でも一般ピープルにどこまで迫れるのか?
さあ、キャラメロンも負けていない。
「マリでーす。最高級バニラアイスクリームをふんだんにつかったトンコツラーメンです。」
ううむ、おいしいようなわけのわからないような…?
「リノです。熟成したバルサミコ酢を使った、カレーライスかな。」
バルサミコ酢? 林檎と蜂蜜に似ているような、わからんような…食ってみたい気はするが。
すると、ちょっとポッチャリしたアラカベマリが勝ち誇った顔で立ち上がった。
「去年まで、都内のすべてのファミレスで人気ベストスリーの料理を食べつくし、再現の研究をしました。すべて本物そっくりに調理、再現できます。あなたも作れるファミレストップグルメという本出しました、買ってね。」
道を間違えて芸人になったのか、この食いしん坊女。実力は定かでないが、ゆるぎなき自信、燃え盛るオーラ、なにか底の知れない食い意地を感じる。
「それではこれからは、男性群の得意技コーナーを開催します。」
「まずは、田中さんの政財界裏話講座! お願いします。」
天下りの田中は、ブランドスーツをキリッと決めて、美人秘書を連れて入場。
「相方の鈴木さんに頼んで、この人脈図、作ってみました。あくまでネタですから…。」
まずは名前を隠して、政財界のウラ人脈一覧表を大画面に映し出す。って、誰だかみんなわかるようなイラストばかり。総理や経団連の会長もいる。やばいだろ!
「ええっと、私がよく行っているファラオノートという高級店で、裏金の受け渡しがありましてね…。」
みんなが、えっと驚くような裏金や結びつきを話すと、必ず
「何を驚いてるんですか。芸人のネタに決まってるでしょ!」
とうそぶく。
そして流れた金の行き先から、そのおかげで自分がどれだけおこぼれをもらったか自慢話。金回りのいいのに納得、でも、かなりダークでみんな引き気味。
「ええ、では、頭脳優秀と自分で発言したウザキモ小田卓也さんに、その優秀さを見せてもらいましょうか。」
「ええ? そんな、鼻持ちならない行為に及んでいいんですか。わかりました、頼まれたのでご披露しましょう。」
この男は本当に頭がいいのか? みんなのいやな予感を払いきれぬままウザキモは、話しはじめた。
「実は、鎌倉時代、久石院坊、食べ天然(くいしんぼう、食べ天然)というかの有名なお坊さんが、裏の山にお寺を作った。天然和尚の山寺なので天山と呼ばれ…。」
最初は、この天山市の名前のいわれや、、天山スタジアムが昔の農業用のため池だったことなど、地元民でも知らない様々なうんちくを語り始めた。ため池時代におぼれた女の幽霊が出るといういらない都市伝説などをまくしたて、それなりに受けていたのだが…。そのうち、女性軍全員の生年月日や、趣味、プライベートなどをスラスラト話しはじめたので、全員ドン引き、打切りとなった。
「えーっと、気分を取り直して芥川漱石の貧乏料理教室。」
芥川漱石は、自分で考えたという貧乏料理レシピを公開。
シーフードヌードルを十倍にかさ増しする海鮮チャーハン、非常食として用意しておいたサバ缶とマヨネーズ、庭に生えてるシソの葉で作るサバ缶パスタなどを、実演、みんなで試食。
サバ缶パスタがけっこう、安くてうまいと評判だった。アラカベマリがまさかの絶句。
「それでは、このコーナーのクライマックス。ソニックさんと五号さんとで模範試合を、お願いしますよ。」
「えー、五号さん、平気ですか。」
「いちおう設定では普通の人間の三倍の体力があるはずなんすけど…。百トンのパンチ力を持つ、正義の超人ストロングマンのパンチやキックは何度も食らってる設定です。生きてますよ。」
ソニック石崎と戦闘員の格闘リングでの模範試合は大人気だった。目にもとまらぬソニックパンチ、回し蹴りや膝蹴り、そして派手なかかと落としも凄かった。全部命中する紙一重で技を止めていたのだが、戦闘員のやられっぷりが見事でハラハラドキドキだった。マスクの下? リアクション芸人なのか? パンチやキックに鋭く反応し、自らリングの外までぶっ飛ばされたように見せかけて、平気で笑顔で起き上がるタフさもポイントが高かった。
先ほどの対戦とは違い、和やかなバラエティ対戦となったが、まずい、ここでカップルができなければ負けだ。ポンタリキもキャラメロンも、発表が近付くと、突然息が乱れたり、流し目を使ったり、急に暑がって胸元を緩めたり、落ち着かない感じになってきた。
さあ、総合司会が出てきたぞ。
「では、いよいよ結果発表です。みなさん心に決めた方の番号を押してください。」
小太鼓が打ち鳴らされ、ドキドキが高まる。
ジャジャジャジャーン。さあ、結果は?
「残念成立カップルなし、よって、ポンタリキ 対 キャラメロンも、引き分けです。」
「ええ、そんなまさか!」
「では、司会の方で、それぞれ、誰が誰を押したか確かめてみましょう。まずはポンタリキから。」
なんとポンタリキは無謀すぎる真っ向勝負、二人ともソニック石崎を押して、見事撃沈。キャラメロンのマリは、金に目がくらんだのか、天下り田中ですかされた。リノは裏をとって、五号に向かい、行方不明に!
アラカベマリは、まさかの食べ物に引きずられて芥川に進んで、グルメの迷子に…。
「では、男性群が誰に押したのか見てみましょう。」
「ソニック石崎、まさかのポッチャリグルメのお姉さん、アラカベマリだ。お姉さまの包容力と料理のオーラに迷ったか!
芥川は一度でいいからトロが食いたいと、武晶圭子のマグロに負けたようだ。
続いて天下り田中、ポンタリキの松前づけを迷わず選択。この親父、酒飲みに間違いない。ウザキモ小田卓也はキャラメロンのマリを選んで砕け散った。そして、凄まじいリアクション芸を見せてくれた戦闘員五号は、なんとポンタリキの武晶圭子を押していた。」
「ああ、やっぱソニックあきらめて、五号にしとけばよかった。」
悔しがるポンタリキ、作戦ミスか。なぜか、勝ち誇って立ち上がったのは、ソニックに選ばれたアラカベマリではないか。私が真の勝者だと言わんばかりに自信に満ちて退場していったのだった。
さあ、次はいよいよファイナルマッチ、得点は、ここまで五分と五分、勝った方が真の勝者だ。
その時、スタジアムの外側の暗い闇の中に突然花火が打ち上げられた。なんでいまどき花火が? 流石と丸亀は近くにいたイベント関係者を捕まえ聞いてみたが、こんな休憩時間に花火を打ち上げる予定は全くないという。
「なんか、怪しいですね。」
「ううむ、また何か起きるのか?」
少し考え、流石は丸亀に言った。
「私、花火の打ち出されたところに向かいます。」
そういって走り出そうとしたとき、柴田から電話が入った。
「先輩、さっきのジュースのこぼれたところで、白い粉の入った袋を拾ったんですが、袋の写真分析が送られてきました。睡眠薬の可能性が高いそうです。」
「なるほどね。犯罪の匂いがプンプンするわ。じゃあ、見張りをよろしく。」
「了解。」
流石はスタジアムの外へと走り出した。丸亀は一人で、アリちゃんの確保にあたることになった。凶か吉か。この判断はどう出るのか。
休憩の間、なんとロックグループ、スペースオペラで有名なエスピオが、飛び入り演奏、会場はまさかの登場にヒートアップ。さらにあの巨大なヒグマが唸りながら光ったり、あの宇宙巨獣デロンピマンモスの背中からレーザー光線が発射されたり、なんか先ほどの宇宙帝国軍団やルチャリブレ軍団に加えて、鼻メガネにカンカン帽のハッピーな人々、人類とも思えない着ぐるみか本物かお化け軍団など、いろいろなメンバーが集結し、ハッピー百倍、熱気むんむんの素晴らしいステージになったのだ。
だがそのステージの裏側で、何かが起きようとしていた。一人の女が、荷物を持ってさっと化粧室に入り、出て来るとステージスタッフとよく似た衣裳に着替えていた。そして、胸元になにやら手紙を入れると、ステージに向かって歩いて行った。そう、真犯人が用意した最後のトレジャーハンターは、女性だったのだ。
さて、舞台のまわりには光るヒグマも、デロンピマンモスも控え、レスラーたちも、獣人、黄金軍団も並んでいる。鼻メガネやお化けもどこから湧いてきたのか、北海道江差コーラス隊や世界各国のコスプレをした妄想旅行協会のメンバーも集まってきている。そして、みんな上を見上げている。西門と東門をつなぐ長いワイヤーが張られたのだ。
さらに舞台の奥に大砲のようなものが二台運び込まれた。総合司会の二人が舞台に立った。
「いよいよファイナルです。しかし、皆さんもそろそろ本物の漫才を見たいと思いませんか?」
「ポンタリキとキャラメロンに与えられたテーマは、極限状態での漫才。まずは二組の激闘を審査してくれる、放送作家やベテラン芸人七人衆の入場です。」
審査員が舞台の上に、七人そろって入場だ。
「では、まいりましょう。先攻は挑戦者チームからです。挑戦者のキャラメロンが数週間木下大サーカスに通い、文字通り血のにじむ猛特訓の結果の技をお見せします。まず、二人は、大砲から飛び出し、玉乗りで移動し、それから左右の綱に昇り、十メートルずつ中央に歩き、そこで終わりまで落ちずに新作漫才をやり遂げれば成功です。さて、いつもの彼女たちの定番、ボケながら突っ込むボケ突っ込みや、パラパラ風身振り、そして脱いじゃうボムは綱の上でも見られるのか。では、キャラメロンの登場です。」
会場が暗くなり、二つの大きな砲台がセットされる。。そこにスポットライト浴びたヘルメット姿のキャラメロンが手を振りながら登場、それぞれ大砲の中に入って行くその間に格闘リングの上に、大きなネットが張られる。
静まり返る場内、やがて小太鼓の音に合わせ、カウントダウンが始まる。
「…5、4、3、2、1、0」
ドッカーン! 派手な音、しかも一緒にキラキラ光る紙吹雪が噴き出す。
「パッポーン!」
叫び声とともに飛び出したキャラメロンはきれいに弧を描き、広げたネットの中に着地、両手を広げてさっそくアピール。
「パッパピー!」
拍手の中、二人はスルスルとネットを降りると、カラフルな大玉に乗り、拍手の中玉乗りで移動だ、スポットライトに照らされてそれぞれが左右に分かれて、進んでいく。いよいよ綱渡りだ。
キャラメロンが、ヘルメットを脱いだ。そして、今度はおもちゃ箱をひっくり返したようなかわいいアクセサリーがごてごてとついた服にさっと着替える。おう、二人とも小型マイクをつけ、サーカス団員に手伝ってもらって、綱の上に立った…。さすが特訓の成果、音楽に合わせ、バランスを取りながら、ゆっくりと歩き始める。
「ハーイ、マリ。」
「ハーイ、リノ、」
十メートルと言ってもこうしてみるとかなり長い。
音楽は軽快だが、足元は震えている。息をのむ観客。二人、やっと中央にたどり着く。
「チワァース!キャラメロンだよ。パッピー!」
その瞬間、パンと音がして、二人の背中からリボンが四方八方に広がる。あのごてごてした服はいろいろ仕掛けがあるらしい。やったー、第一段階クリアだ。だがその直後が怖かった。
観客席に二人向き直るだけで、綱が大きく揺れる。ヒヤリだ。
「聞いてくれる、私、今年度のトイ・プードル選手権で優勝したのよ。ぶっちぎりよ。」
「ぶっちぎり? すごーい。おめでとうピー、ってあんた犬なんか飼ってないじゃないの。このブッチギリウソップ娘がー!!」
突っ込みで、相手の体を叩くたびに、あっちこっちからクラッカーが爆発し、色紙やら花吹雪やらが噴き出す。でも、小さな突込みでまたぐらり、これは突っ込み方を間違えるとそこでジ・エンドだ。
「パプー! 飼うわけないでしょ。第一、犬のコンテストじゃないし…。」
「ってことは、犬の知識とかうんちくとかで優勝したわけ? そうならそうと早く言え、このモンキーサル!」
さて、ここでのりのいい、テクノ風の音楽がかかる。マリは大きく腕を振り上げ、パラパラのダンスのような身振りで説明を始める。意味があるのか、無駄に可愛い動きだ。
なあにも分かってない。ジャン。
プードルは、水辺の猟犬、ピー。
水陸両用のハンターパポ。
獲物を狙う、射るよな眼光。
スピード早いぞ、スリムな体型、
水切れ抜群、プードル・ヘア。
すべては猟犬。性能抜群。
知識やうんちくじゃないの、実際にどれだけ、走って、獲物が獲れるかってことなの。」
長ゼリフに集中し、さらにパラパラ風身振りまですると、やはり、足元がおぼつかなくなる、かなりやばい。
「ああ、獲物を獲る競技会で優勝したわけ? なんだ、やっぱり犬飼ってるんじゃん。最初っから、本当のことをイェーイ、ピース!」
「ひどいプー。かわいい犬を競わせて、優劣をつけるなんて私にはとてもできないプー。」
「ええっとトイ・プードルって犬だよね? 真実は一つ、疲れに一本!」
「あ、あったりまえでしょうが。トイ・プードルはね、元々のプードルの猟犬としての素質をギューッと縮めて、小さく小さくギューギューに固めてこねて、こねて出来上がった中身の濃いラブリーな存在なのよ。」
「それは絶対に違う! いい加減にして、トイ・プードル選手権っていったいなに?わたしは誰、ここはどこ??」
「もう、私の口から言わせる気? 小さくてキュートだけど、できる奴って感じ。わかるかなあ?」
「ムー! ええい、もう面倒くさいわ。脱いでやる。ピ。」
「くやしー、対抗して脱いでやるッピピー。」
いつも通り、上着を客席に飛ばす。その瞬間、今日一番の派手な爆発と紙吹雪、そして得意の水着姿になる。
なぜか音楽に合わせ、ポーズを決める二人。
「何よ、あんたも妄想旅行協会とか入ってるくせに!」
「あら、とってもいいわよ。私、今もね、モロッコに着たさすらいの旅人って設定なの。ちょっとした異邦人の気分。オアシスに囲まれたマラケシュのバザールを歩いているわけ、あなたにも味わってもらいたいわ。この優雅な妄想の世界…。」
「ええ、そうなの? 私も一度入会しようかしら。」
「はーい、お客様、旅行代金、六十二万八千円かかります。」
「金とるのカヨ! ありがとうございましたあ。」
ついに終わった。だが終わって挨拶した途端、観客席から悲鳴が聞こえた、二人はおじぎの直後にバランスを失い、まっ逆さまに落ちた。命綱がピーンと伸び、バンジー状態だ。あわててサーカス団の団員が駆けつける。でもキャラメロンはニコッとぶら下がったまま笑った。
「これが、本当のオチっなんちゃってピー。」
最後にどっと沸いた。そのあと、健闘を讃える大きな拍手の並みが広がっていった。
「ファイナルマッチ、いよいよ王者チームポンタリキの登場です。ポンタリキはプロレスの事務に通うこと1か月、最初は、基礎体力作り、それから徹底的な受け身の練習、さらに華麗な技を習ううちに格闘漫才ともいえる新しいジャンルを開拓したとのことです。さらに今日のために用意した和服ですが、格闘技用に特別に作られたもので、動きは自在で、回し蹴りも可能だそうです
ポンタリキの本来の持ち味である歌と踊り、ど突き合いの漫才が、どのように格闘技と融合したか、ぜひご覧ください。試合形式は、プロレスラーとそれぞれ二人組を組んでのタッグマッチです。実況は、私、小田俊平、解説はジャントニオ毛利さん、レフェリーは小太りで有名、放送作家にして、無類のプロレスファン、ガバチョ梅田さんです。」
「さあて、高らかに響く三味線の音、赤コーナーチームが入場だ。ポンタリキの武晶圭子が純白の着物で、三味線を弾きながら入場だ。背中に白い羽をしょっている。うしろから、クマのマスクをかぶった相棒のプロレスラーがついて来る。」
「赤コーナー、北海道に舞い降りた天使、エンジェル江差。そして、強くてたのもしい、ヒグマスク!」
「ヒグマスクはなかなかのマッチョだ。エンジェル江差も、特訓の成果か精悍な顔立ちで、とにかく目ヂカラが凄い。闘志の塊だ! どうですか、解説の毛利さん。」
「そうですねえ。あのヒグマスクは、マスクの下は、かなりの実力者ですよ。あと、エンジェル江差は、もともと女だらけのプール大会で優勝したほどのアスリート芸人の上に凄い特訓をしたものだから、最後には女子プロレスから、本当に誘いを受けたそうですよ。」
「おっと、突然ライトが乱れ飛び、青コーナーに露下亜美とマグロのマスクをかぶった身軽なレスラーが登場だ。あれれ、今度は三味線のあちこちに包帯がグルグル巻きになっていて、まるで竹刀のように振り回しながらの入場だ。さらに露下亜美の着物は、青い大きな波がダイナミックに描かれていて激しいエネルギーを感じるぞ。」
「青コーナー、津軽海峡に逆巻く大波、デビル海王、そして、海底にうごめく悪夢、ブラックトロン!」
観客席が唸りを上げた、ゴングが高らかに鳴り響いた。
「さあ、ゴングとともに飛び出したのは赤コーナーのエンジェル江差だ。おやデビル海王はまだマグロ頭の、ブラックトロンと何か打ち合わせをし…。と、思ったら、突然包帯三味線を持ったまま飛び出した、あ、エンジェル江差を三味線でメッタ撃ちだ。これは江差危ないぞ。おや、放送席に、一枚の紙が運ばれてきました。」
それは、漫才の突っ込みをプロレス技で行うという、恐ろしい内容だった。
突っ込み漫才技一覧表
なんでやねん 空手チョップ→エルボースマッシュ→投げ技
なにすんねん 脳天チョップ→ズ付き→ストンピング
あほか ローキック→ハイキック→回し蹴り
ほんまかいな 裏拳→地獄付き→延髄蹴り
しばいたろか! 挑発→張り手ビンタ
このボケが ダブルチョップ→肘打ち→→とび技
うるさいわ! 投げ技から関節技。
いいかげんにしろ ロープに飛ばして必殺技。
おんどりゃー スープレックス・パイルドライバーなどの大技
ドアホー コーナーからスペシャル技
「つまり、突っ込みに合わせて、技を出すということですか。でも、技が、三つぐらい連続になってますが? 毛利さん。」
「言葉を繰り返すことによって技の破壊力が上がるシステムなんですよ。例えば、あほかを三回繰り返せば、ローキックからハイキックと技が続き、回し蹴りと威力が上がるわけです。」
そのとき、やられっぱなしだったエンジェルが、デビルの三味線を押さえ、怒りに燃える瞳で叫び始めた。
「己は、卑怯な手を使いくさって、そこまでして勝ちたいか? なんでやねん!…。」
「おお、なんでやねん合わせて、チョップが突き刺さった。デビルも三味線をコーナーに戻すと反撃だ。」
「何すんねん!」
「何すんねんの鋭い突っ込みをしながら、脳天チョップが見事に決まったあ。」
「なんでやねん、なんでやねん、なんでやねん!」
「三回連続なんでやねん念だ、流れるように、チョップ、強烈な肘打ち、投げ技のボディスラムが決まった。」
すると、立ち上がりながら、デビルが言った。
「教えてやろうか。おまえみたいなど根性ブサイク女にだけは負けたくないんだよ。」
「なんじゃとー。エブリタイム合コン沈没女のくせに。しばいたろか!」
「すごい、劇ビンタが飛んだ。凄い音だ。」
「デビルが、真っ赤になって突撃だ。合コン沈没は事実らしい。」
「何すんねん、何すんねん、何すんねん!」
「オーッと、何すんねん三連続だ、脳天チョップから、頭突き、倒れたところをストンピングだ。これは効いた」
「エンジェル江差は、苦しがって、転がって相方のヒグマスクにタッチだ。おやデビル海王もマグロ頭のブラックトロンと交代だ。これで、突っ込みの技はおしまいですか、毛利さん。」
「いやいや、これからがこの突っ込み技システムの本番です、彼女たちの歌と踊りとプロのレスラーたちの光明な技の結合ですよ。ご期待ください。」
「さあ、レスラー二人は、グルグル回りながら、睨み合っています。
ポンタリキの二人は、それぞれのコーナーポストの上に三味線を持ったまま座り込み、演奏しながら見事な声で歌いだしたのです。まずは、江差からだ!」
「ハァー、毎日飽きもせず合コンに通い、そのたびに飲み過ぎて大暴れ、男が逃げる女がいた、アホか!」
「アホかと同時に、ヒグマスクのローキックだ。」
「ハァー、昔のことをねちねちといつまでも繰り返すブサイク女、それはおまえさ、うるさいわ。」
「うるさいわ、で、ボディースラムからアキレス腱固めだ。す、すごい、歌いながら、タイミングよく突っ込みを入れることにより、レスラーたちを操縦して技を掛け合っている!」
「ハァー、ダイエット中だからおなかがすいたとスィーツドカ食い、5キロ太った馬鹿女がいた、ほんまかいな、ほんまかいな、。」
「技を外したヒグマスク、変則的に、裏拳から地獄突きで、反撃だ。」
「ハァー、押しの一手で男に迫り、男はビビり、金は出すから助けてくれと、命乞いされた女がいた。このボケが、ボケが、ボケが!」
「凄い、ブラックトロン、ダブルチョップ、肘打ち、最後はドロップキックだ。」
「なんだと、いつも振られて一人カラオケ、失恋ソングのメドレーばかり、いい加減にしろ!」
「ついに出た、いい加減にしろだ。ヒグマスクが相手をロープに飛ばして、必殺技、フライングクロスチョップだ。」
ふらりと立ち上がるブラックトロン。さらにエンジェルチームの攻撃が続く。おっとエンジェル江差がコーナーマットの上に、すっくと立ち上がる。
「ええい、私に、男紹介しろって言ったのはおまえだろ、このドアホー!」
なんとマグロ頭のブラックトロンに向かって、エンジェル江差がコーナーマットの上からミサイルキックだ。和服姿のエンジェルが飛んで両足をそろえて、マグロの胸板を打ち抜く! 足袋の形の後が付く。
エンジェルはさっとヒグマスクとタッチ。ヒグマスクの追撃だ。
エンジェル江差の三味線が、一段と高く響き渡る。
「この負け犬目、オンドリャー!」
「ヒグマスク、ブラックトロンの巨体を持ち上げ、頭から打ちつける。直下型ブレーンバスターだ。レフェリーのガバチョ梅田が駆け寄る。」
「ワン、ツウ、オー。」
カウントツーで返した。おっとブラックトロン、反則パンチで逆襲だ。デビルの叫びがこだまする。
「ハァー、負け犬だと? そっくりそのままお返しするぜ。いい加減にしろ!」
「でた、いい加減にしろだ。今度は逆にロープに飛ばして必殺技だ。おっと、マグロの太い腕が、ヒグマスクの首を直撃だ、ラリアットが面白いように決まった。これは逆転か? あれ、今度はデビル海王が、コーナーマットの上に立ち上がったぞ。出るかスペシャル攻撃。」
「最後に笑うが勝ち組じゃー。このドアホー!」
「オーッと凄い。デビルは空中で体にひねりを加え、ひじから落ちていく。フライングエルボードロップだ。見事命中!」
「いや、これはピンポイントで急所に命中ですよ。ヒグマスク、危ないですよ。」
ヒグマスクは、苦しがりながら、タッチをしようと赤コーナーに転がりだすが、マグロ頭のブラックトロンに引っ張られ、あと一歩エンジェル手が届かない。
「何を男とべたべたしてるんじゃ。マグロ、行くぞ。オンドリャー!」
「おお、すごい。今度はマグロがヒグマの巨体を持ち上げ、そのまま後ろに体をそらせてたたき付けた。ジャーマンスープレックスだ。これは効いたか!」
「いいやエンジェル江差が、飛び出してきましたよ、これは乱戦になりそうですね。」
エンジェルがガバチョ梅田レフェリーを押し切って乱入、それに合わせてデビルも三味線を振り回しながら乱入だ。もう、四人が入り乱れて、リング上はたいへんな状態だ。
「ええっと、今、試合の権利のある二人のマスクマンが場外に降りて、乱闘を始めました。」
ガバチョ梅田がカウントを始めた。これは早く戻った方の勝利となりそうだ。
だが、次の瞬間、凄いことが起こった
ああ、デビル海王がコーナーに駆け上った、そして一歩二歩とロープの上を綱渡り、敵のヒグマスクに狙いを定めた。
「ハァー、津軽海峡大波寄せて、憎いあいつを押し流す。いくで!」
そして三味線を弾きながら、空中を舞い、飛び降りながらドロップキックだ。凄い歓声、吹っ飛ぶヒグマスク! あれれ、エンジェル江差も一人で、ロープに飛んで勢いをつけるとコーナーに駆け上り、てっぺんから大ジャンプ!
「ハァー、唄と三味線に命をかけて、今日もアタイは空を飛ぶ。オリャ!」
演奏しながら、敵のマグロ男に突っ込んだ。
和服姿の娘が、三味線を弾きながら空中を舞った観客の盛り上がりはクライマックスに達した。
リングアウトのゴングが鳴らされ、試合は引き分けとなった。
興奮冷めやらぬスタジアム、司会者が飛び出してきた。
「さて、ポンタリキとキャラメロンの極限状態での漫才が終わりました。どちらが勝ちか。これから十分後、運命の発表を行います。」。
「ねえ、曽根崎編集長、ポンタリキとキャラメロン、とっちが勝つと思います?」
清水がねっとり絡み付くような甘え声で聞いて来る。
「客席の盛り上がりから言ったら、ポンタリキかな? まあ、キャラメロンも凄かったけどね。」
「ええ、不思議、あたしの予想と一緒だわ。そうですよね。凄い、意見が一致してるわ。」
うう、このはき違え娘を何とかしてくれ。
「おい、清水、それどころじゃないぞ。またこの休憩の間に、総統のコントがあるってさ。」
「うわあ、編集長って優しいんですね。おかげで見逃さなくてすむわ。よかったあ。」
西門の小さな舞台に照明が当たり、総統が出てきた。
「さて、困ったのう。これから旅に出て修行をやり直そうと思ったんじゃが、この恰好のままではのう。目立ってしょうがないわ。やっぱり、変身マシンを使うかのう。ポチッとな。」
ボタンを押すと金属の箱のようなマシーンがせり出て来る。
「コンピュータよ。以下の三つの条件に一番近い人物を選び出せ、わしはその人物に変身する。」
すると大画面にデジタルの顔のようなものが映し出され、答える。
「かしこまりました、総統。3つの条件を教えてください。」
「まずその一じゃ。常時大勢の人間に囲まれ、人間観察がたくさんできるような人間であること。その二はしかし、多くの人間からは無視され、嫌われる存在であること。そしてその三は、友達や、家族もいない孤独な人間であること。難しいが、多くの人に好かれたり、仲良しになってしまっては悪の道が究められんからな。」
「総統。条件一と二の間に大きな矛盾があり、なかなか該当者がいません。」
「そこをなんとか…。」
「では、あまりおすすめできませんが、無理やり一人に絞り込みます。変身マシーンにお入りください。あとはデータカプセルをお持ちになれば、どちらの人物にも変身し放題です。」
「うむ、頼んだぞ。」
総統がマシーンに入ると、大画面に、総統の上半身が映った。そして、顔の部分だけがデジタル合成でいろんな顔に変わって行く。タレント、アイドル、イケメン、政治家、有名人、韓国のスター、昔の偉人達、アニメのキャラなど、数えきれないいろいろのキャラクターが映し出されて、大爆笑。さて、総統は誰になるのか。最後に総統の鉄仮面の顔が映る。その仮面を取り、毛をさっと逆立て、丸メガネをはめる。大画面を見ていた観客席がどよめく。そこに現れたのは、ウザキモ男、小田卓也だったのだ。
なるほど、多くの人に接するが、少なくとも好かれてはいない。
「総統、総統、人質をどうしますか?」
戦闘員が一人歩いて来る。すると、大画面の中の小田卓也が、総統の声で話しかける。
「おお、戦闘員五号よ、もう、そいつの役目は終わった。失礼のないように、下ろして、逃がしてやりなさい。お土産にビール券とタクシーの回数券を渡しとけば、間違いないから。」
アリちゃんはやっと宙吊りから降ろされ、自由の身となった。ビール券やタクシー券をもらい、恐縮して去っていく。
マシーンからウザキモが出てきた。
「売れない、芸人か? まあ、いい、人間観察にはもってこいじゃ。」
だが、その時その他の戦闘員が入ってくる。
「総統、いますか? ア、ウザキモだ。」
「なんでウザキモがこんなところにいるんだよ。」
「出ていけ、出ていけよ。」
すると、ウザキモは、情けない小田卓也の声に変わった。
「いや、俺さあ、実はね、総統の友達なんだよ。訪ねてきたら、総統ちゃんがいなくてさあ。え、お呼びでない? お呼びでない? こらまた失礼しました。ドヒャー!」
みんな、思いっきりずっこける。戦闘員に追いかけられ、一度舞台から消えるが、もう一度だけ出てきて叫ぶ。
「世界の闇は近い。いつか見ていろよ…。」
どよめく観客。コントはそこで終わった。
やっと人質から解放されたアリちゃんはフラフラで、その場でスタッフに着物を脱がされ、Tシャツと半ズボンの身軽な姿になり、本当の意味で解放された。
「ふー、疲れた、少しは目立ったかなあ。」
その時、アリちゃんの体の汗をぬぐってくれた女のスタッフの手が、さっと伸びて、アリちゃんのポケットに何かを押し込んだ。
だが、近くにいた丸亀がそれを見逃さなかった。
「君、ちょっと待ちたまえ。」
スタッフのものによく似たキャップを深くかぶった、すらりとした女がステージの反対側に走り出した。追いかける丸亀。
腰のあたりに揺れていたポーチをつかんだが、女はそれを振り切り、人ごみの中に飛び込んだ。
「くそ、やっこさんも、必死だな。待て、待つんだ。」
しかし、突然目の前を横切るデロンピマンモス、通り過ぎるのを待つ間に、女はどこかに姿を消した。
「応援を呼んで、出口を固めてもらうか。」
丸亀は携帯で連絡を取りながら、アリちゃんに近付いて行った。
「失礼します。警察の丸亀と申します。えっと、そこのアリジゴクの女装のきみ、ちょっと待ってくれ。今うちの柴田と言うのが来るから、そいつに護衛してもらいながら、控室に行ってほしいんだ。それから、君のポケットに…。」
丸亀は、アリちゃんのポケットの手紙を証拠として押収した。そこに柴田が飛んできた。
「遅くなりました。私が柴田です。」
「はい、ありがとうございます。」
だが、ここでアリちゃんの天然ぶりが発揮されてしまう。あの偽の手紙を書いてきた特命刑事のシマダと今目の前にいる柴田を同一人物だと、早合点し、そうだと思い込んでしまったのだ。
「ええっと、本名、先崎友さんですよね。犯人の方から、間違った情報がいっていると思われるんですが、とにかく、こちらの警察の指示だけに従ってください。よろしくお願いします。」
「もちろんです。シマダさんの言うことだけを信じますので…。」
柴田もまさか、シマダと呼ばれているとは思わなかった…。
とりあえず、アリちゃんを控室に入れると、柴田は、部屋の外の廊下に立ち、あたりを見張っていた。
だが、部屋に戻ったアリちゃんは、机の片隅に1枚の手紙が置いてあるのを見つけた。半分以上ジュースに濡れていたが、今はもうすっかり水分を拭き取った後が渇いていた。そう、あのジュースを運んできた男が、手紙だけを何とか控室において行ったのだ。アリちゃんはそこに目を通した。
…いざというときは、ブザーで危険を知らせます。その時は、控室の廊下の突き当たりにある非常階段から急いで脱出してください。シマダ…。
「はいはい、シマダさん、見張りもやっていただいてるのにご苦労様。ありがとうございます…。」
その手紙の中身は、真犯人の指令だぞ。アリちゃんの天然ぶりが、命の危機を招くのだった。
丸亀は、応援の警官たちを指揮して先ほどの女を追っていた。
「すらりとした若い二十代の女性で、イベントのスタッフが着ているようなシャツとキャップをかぶっているが、模様のデザインが少し違うようだ。うん、うん、特に、イベントの関係者の出入り口と違うところにいたら、要チェックだ。」
警官たちが動き出すと、丸亀は、まず、アリちゃんのポケットに入れられていた手紙を取り出した。
「なんなんだ、こりゃ。」
そこには、最近流行のアイドルの写真と手紙が入っていた。手書きで「アリジゴクさんがんばって!」と書き込んである。
「なんだ、あの女、単なるファンか?」
しかし、そうでないことはすぐ分かった。手紙の一番下にい、怪しいメッセージがあるではないか。
「もうすぐ犯人を追いつめます、その頃合図が鳴ったら、誰にも気づかれないように急いで外に逃げてください。島田。」
「ううむ、やつらの狙いはいったいなんだ。」
そして、丸亀は、さっきあの女からもぎ取った小さなポーチをさっそく調べてみた。
「うーむ、名前や、身分がわかるようなものはなしか…。おや、こ、これは…。」
まず出てきたのは、今回のトレジャーハンターの概要を書いた、参加要項の紙だった。
「クエスト;お笑い芸人を応援しよう。」
トレジャーカイザーの偽サイトでは、お笑い好きの参加者を密かに募集、参加条件は変装の用意のできる人。芸人に大好物のスペシャルジュースを渡したり、有名な女優からのファンレターを渡したり、レッドカーペットを置いて盛り上げようというクエストだった。大会関係者に見つからず、それを実現させれば、十万以上の賞金ということだった。彼女のクエストは、アリジゴクの女装する方に、ステージの上で有名女優からのスペシャルレターを渡すというものらしかった。みんな、大好きなお笑い芸人にスペシャルサプライズを贈ろうと、善意の気持ちで頑張っていた。
真犯人がここにいるのか遠くから指令を出しているのかさえもわからない。
「おや、これは!」
その時、奪い取ったポーチの内側のポケットから、プリペイド携帯が出てきた。
もしかするとここから真犯人「コクト」の正体がつかめるかもしれない、今日この現場が終わったら、すぐ鑑識に出すことにしよう。
「でも、こんな写真を渡したり、ジュースを飲ませたり、カーペットを敷くだけで、犯罪になるのだろうか?」
事件は少しずつ、真相に近付きつつあった。だが、丸亀の気が付かないところに大きな見落としがあったのだ…。
その頃流石は、スタジアムの裏手のスポーツ公園に来ていた。
スポーツ公園の真ん中に、イベント終了の時に打ち上げる大きな花火の筒が用意されていた。これは明らかに違う…。そこの花火師に聞くと、
「そういえば、あっちの木陰の方で、さっき火薬の音が聞こえたぞ。困るねえ、素人に、許可なく花火をあげられちゃ。」、
とのことだった。
「ありがとうございます。ふんふん、こっちだわ…。」
しばらくその辺を見て歩くと生け垣の中に黒い箱があった。
「これだわ。前にアリちゃんの話に出てきた花火の箱と一緒だわ。」、
そして、公園のまわりにいた人々から、黒い箱を引っ張り出していた怪しい男の聞き込みを開始していた。
すると、スタジアムの影から一人の応援の警官が走ってきた。
「白峰刑事、ご苦労様です。今メールが回って来て…」
なんでも、トレジャーハンターか、真犯人かわからないが、若いすらりとした、スタッフに変装した女が逃亡しているらしい。
「若い女ね、こっちには来ていないけど。」
「は、わかりました。見かけたら連絡おねがいします。」
「はい。」
そのころスタジアムで、また、ファンファーレが鳴りだした。いよいよ結果発表だ。
「あーあ、私もイベント、本当は見たかったな…。」
スタジアムを何気なしに見上げる流石。そこには外付けの非常階段があった…。
「あれ、でもそんなメール、わたしのところに来ていたかしら…。」
その時、メールの確認をした流石の目が驚きの色を浮かべたのだった。
「まいどー、おなじみの総合司会浮気者です。」
「いやあ、いよいよこの長かった戦いにもピリオドが打たれる時が来たんですね。解説の毛利さん。」
「素晴らしい対決だったですね。」
舞台の上には、総合司会とガバチョ梅田をはじめとする七人の審査員、そして、すぐ舞台の下には今日の参加芸人が全員陣取って座っていた。
司会の小田俊平が対戦を振り返り、大きな声を響かせた。毛利がそこにコメントを入れていく。
「まずは、春代こい・こがれ 対 天下りの売り上げ対決!」
「あの爆発するハリセン、カニ缶は傑作でした。天下りの時代劇も見せたけど。あの天下りサンバはぜひレコード化してほしいですね。」
「芥川のシャウト、ジョリーロジャーのシンクロナイズドアーミー」
「あの魂のカリフラワー、うまそうだったな。ジョリーロジャーのシンクロナイズドアーミーは、もう芸術ですね。」
大画面に名場面集が映し出される。
「そして、ポンタリキ 対 キャラメロン。」
「あのハラハラドキドキのモノボケや一発ギャグ、実力が発揮されましたね。でも、女性の魅力勝負のフィーリングカップルバトル5は全員討ち死に。そして、最後の極限状態の漫才は文句なく楽しめた。凄かった。」
「熱い戦い、激闘の末、負けた方の芸人は、全員給料ダウン、ほんまかいな」
「それでは、まず、審査員特別賞を発表してもらいます。」
すると、審査員席から小太りのガバチョ梅田が、驚くほど緊張してマイクの前に進み出た。
「ハァ、ハァ…。ええ、どの参加者も凄く頑張ったのですが、セリフに頼らず、漫才に新しい風を吹き込み、アートのレベルまで高めていただいた…ハァ、ハァ…。」
「あの、ガバチョさん、息継ぎしていただいて結構ですので、緊張せずに…。」
「審査員特別賞は、ジョリーロジャーの二人に!」
ガバチョ梅田が、片手を差し上げて笑うと、なぜか可愛いの声。舞台の下にスポットライトが当たり、ジョリーロジャーの二人が驚いたように立ち上がった。それから二人は舞台に上がり、賞品の目録を受け取り、コメントを求められた。藤木が一言、ありがとうございましたと言っただけで、佐久間こころは最後まで一言も何も言わなかった。ただ、その瞳に思いがけなく涙が光っていた。何の涙か? よほど、深い思いがあったらしい。
そして、ついに王者チームと挑戦者チームが、舞台の上に呼ばれた。
「では、審査員のみなさんよろしいでしょうか! 審査員のみなさん、ポンタリキかキャラメロン、どちらかに投票ボタンを押してください。どうぞ。」
小太鼓が鳴り、スポットライトが目まぐるしく動き、審査員席のまわりのライトと大画面が音楽に合わせてグルグル光る。
「結果発表です。」
「おーっと、審査員の投票結果が一人ずつ出てきたぞ。どっちだ、どっちだ?、」
音楽が盛り上がり、ついに、最終結果が出た!
「出ました。二対五で、ポンタリキの優勝だ!」
やったー、飛び上がる。ポンタリキの二人。だが、ポンタリキは、総合司会から、マイクをぶんどると何も聞かれていないのにしゃべりだした。
「日本一だあー!」
ゴーっとスタジアム全体が唸りを上げる。
「もちろん、この勝利は、あたいら二人だけの力じゃない。スタッフとこのスタジアムを埋め尽くしたお客さんの力だ。でも、一番の恩人は、小生意気で、しぶとくて、わけのわからないやつら、そう、キャラメロンだ。」
「いいか、一回だけしか言わねえぞ。キャラメロン、お前たちは最高のライバルだ、ありがとよ!」
それから先は、ポンタリキも、キャラメロンも、抱き合って健闘をたたえあった。ただ、涙、涙であった。
終わりのファンファーレが鳴り、最後を告げる花火が打ち上げられた。
ビッグプロジェクトが終わりを告げた。みんなそれぞれの思いを胸に、花火を見上げた。
「編集長、ツイッター情報で、まだ大会グッズの半端ものが売れ残ってるっていうんです。私ちょっと見てきます。正面入り口で待っててくださいね。」
清水は突然走って、姿を消した。ここ一番のスタミナと機動力はさすがだ。
さてと、ウタポンは、いたいた。でも何か変だ。口の中でぼそぼそ繰り返してる。
「おーい、ウタポン、どうだ、少しはお笑いでリフレッシュできたかい?」
すると、ウタポンは、近付いてきて、しゃべり始めた。
「曽根崎さん、お笑いって、なんでしょう。おいしいってなんでしょう。」
お、なんだ?、ウタポンは哲学的戦闘モードに突入か?
「ふーむ、君はどう思うのかい?」
「今日のお笑いは、どこかから取ってつけたようなばかばかしいお笑いじゃなく、それぞれの個性と努力が、お互いにぶつかり合い、活かし合い、その上で出てきたお笑いだと思うんです。だから、素材が互いに活かし合うような、一つのテーマに向かって突き進んでいくような、そんなおいしさがいいんじゃないかって思って、ずーっと見ていたんです。…。」
おやおや、この子は、ここにいる間もずーっと、料理のことを考えていたんだ。
「…君は、正しい。絶対正しい。そう思うよ。」
二人は、人並みの中に消えて行った。
「編集長、カニおじさんのシールと、天下りのチョコ、無理やりゲットしちゃいました。編集長、、私って、スゴーイ。編集長ってば、どこですか!」
清水の声が追いかけていく…。
スタジアムの控室にどっと芸人たちが帰ってきた。廊下がにぎやかになった時、アリちゃんのポケットから、突然ブザー音が鳴り響いた。驚いたアリちゃんがポケットを探ると、小さなキッチンタイマーが入っていた。いつの間に?
そう、実はさっきの謎の女は、アイドルからの手紙だけではなくて、小型のキッチンタイマーもポケットに押し込んでいたのだ。しかも、ちょうど、イベントが終わって少ししてから鳴るようにセットしてあったのだ。
「ブザーってこれのことか。わかりました、シマダさん、すぐ控室から非常階段で脱出しますから。」
アリちゃんは、ジュースのしみの跡がある、さっきの手紙の指示の通り、非常階段に向かって歩き出したのだ。
控室を、そーっと出ると、柴田は獣人ゾワゾワ星人を捕まえて、素顔を見せてくれと尋問していた。まあ、中に犯人が入っている可能性はなくもない。
「さすが、シマダさんだ。じゃあ、僕はこっちから急いで脱出しますので…。」
アリちゃんは、柴田の邪魔をしないように、そっと部屋を抜け出すと、歩く速度を速めながら、非常階段に向かった。そう、あの滑りやすい、レッドカーペットのある、即死の可能性大の非常階段に…。
応援の警官を使って謎の女を追いかけていた丸亀だったが、女はぷっつりと姿を消してまったく消息を絶ってしまった。実際は、あのすぐ後にモデル風のおしゃれな服に着替えて、観客席にまぎれてしまっていたのだ。
「仕方ない、スタジアムの外を回っている流石君を呼び戻すか…。」
丸亀が流石に連絡を取ろうとしたその時だった。
丸亀の携帯に慌てふためく柴田からの電話が入った。
「すいません、今控室を覗いたら、ちょっとした隙に、アリちゃんがいなくなっているんです、」
「え、なんだって? わかった、こっちも急行する。まだ遠くに行っていないはずだ。すぐ追いかけてくれ。」
その頃には、アリちゃんは、スピードを上げて、非常口から非常階段に飛び出そうとしていた。
「ブザーが鳴ったということは、きっと恐ろしい真犯人がそばまで来ているってことだ。やつはきっと、もう、二人殺している。だが、俺は決して三人目にならないぞ。急いで、脱出してやる。」
「行くぞ!」
アリちゃんは、急いでドアを開けて飛び出した。
「ギャアー!」
「イッテー!」
その瞬間、そこに飛び出してきたもう一人と思いっきり衝突した。
「いてー、なんですか、一体?」
「ちょっと、アリちゃんがなんでここにいるのよ。」
それはこっちが聞きたかった。なぜ流石がここにいるのだ。駆けつけた柴田が、丸亀が、それをみて唖然としていた。アリちゃんは命拾いし、ただし、二人のおでこには大きなコブができていた。
それから、みんなで控室に言って、事の次第を確認した。
「ええ? だって柴田君が、ドッキリするようなメールをよこすから、あわてて近道の非常階段を駆け上って来たんじゃない。」
「え? 今おれ、先輩にメールなんか出してないですよ。」
「うそ、じゃあ、これはなによ。」
流石が、自分の携帯を差し出した。そこには柴田からのメールの画面が出ていた。
…先輩、アリジゴクのアリちゃんは間違いなく狙われています。私は、急いで控室に行って、あたりを見張ることにします。…
「なんですかって、これちょっと前のメールですよ。、先輩がウエイターとぶつかった後に、これから見張りに行くって打ったメールですよ。読みませんでしたか?」
流石は一瞬きょとんとしてそれからニコッと笑った。
「…あ…、そういえば、一度読んだ気がする。めんご、めんご。いやあ、忙しいとよくあることなのよね。」
よくある? いいや、ほとんどありえないぞ。さすがだ。みんな、愕然としながらその結果、命を救ってしまったこの天然刑事に、言葉を失った。
「いえね、いま外でふとメールの確認したら、これがあったもんだから、アリちゃんが危ないって思って、本当に命がけで、非常階段をかけ上ったんだから。そしたら、運の悪いことに、滑りやすい赤い布みたいなのが敷いてあるじゃない? いちばん上まで来た途端に、ツルッて滑って、前のめりに倒れかけたところに、アリちゃんが顔を出していたのよ。」
すると丸亀が冷静に言った。
「非常階段の一番上に敷いてあった赤い薄い布は、わざと滑りやすく作ってあった。」
「え、なんでそんなところにレッドカーペットが敷いてあるんです?」
トレジャーカイザーの参加要項によると、大会がおわったあと、一部の人気芸人は、お客さんを避けるため非常階段から上がってくると嘘が書いてあった。つまり、非常階段を上ってくる芸人たちへのサプライズとして、レッドカーペットを敷いて迎えようということだったらしい。もちろん非常階段を上ってくる芸人など一人もいない。
「そうか、トレジャーハンターは、本当に芸人が喜ぶと思って、だまされてやってしまったんだな。」
「ところが、アリちゃんが危ないと思って、流石君は下からきて、これを踏んで、思いっきり前のめりに倒れこんだ。その結果おでこをぶつけた。だが、中から飛び出してきた彼が、踏んでいたらどうだろう?」
柴田が息をのんで続けた。
「あのジュースには意識を朦朧とさせる睡眠薬の成分が入っていた。そんな状態で、非常階段に駆け出していたら…。滑って、バランスを失って…、階段の下方向に、思いっきり前のめりに突っ込んだでしょうね。」
その話を聞いて、アリちゃんが震えだした。
「…って、ことはどういうことなんですか?」
「…非常階段を頭から落ちて行ったら…即死の可能性があります。」
みんな、一瞬、静かになってしまった。
そのとたん、相方の小田俊平が、にこにこしながら入ってきた。
「おーい、臨時ボーナス出たぞ! ずーっと吊り下げられてたお前には、特別労働手当が出てるぞ!」
二人は抱き合って喜んだ! …とみるとアリちゃんは抱き合いながら泣いているではないか。
「どうした、サッキー?」
「うう、怖かった、怖かったんだよ。」
「宙吊りは、そんなにこわかったのか? おお、よしよし…。」
なんだかんだで、いいコンビだった…。
アリジゴクは、その日、宿舎まで警察に送られ、何事もなく終わった。
携帯はすぐに鑑識に送られ、分析が始まった。2日ほどで通話の発信源がわかるという。だが、それが、判明した日は、まさしく料理対決の当日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます