第77話 【罪状】ニック・ファルコ③

 いやchapter機能って。

 我ながら何でもアリだな。

 まあ、こういうのは試してみないと使い勝手がわからないからなぁ。


 再度ニックに【個人情報開示】を使用し、罪状を確認すると──。


 chapterが1~10まで表示され、脳内にサムネイルっぽい映像が浮かんだ。


 コイツ、直接脳内に⋯⋯?

 というお約束はともかく。


 サムネイルから判断するに、さっきの場面はchapter7だ。

 このchapterの、わりと最後の方まで追体験を再生しましたよ、的な感じで、サムネイルの下部に赤いラインが引かれ、途中で白になり、残り僅かって感じになっている。


 まあ、要はyoutubeの続きを見るみたいな感じって事か?

 うん、馴染みがあって分かりやすい。


 じゃあ8はたぶん胸糞真っ只中だろうから、飛ばして9から再生。

 サムネイル的にも事後っぽいしな。


 んじゃ、9からスタート、っと。





──────────────────────



 

 事を終えて服を身に付けた灘鏡子は、何事も無かったように警告してきた。


「満足していただけましたか? じゃあ弟を解放してください。すぐに行動に移らない場合、姉としての立場より、特対としての任務を優先します」


 ふふふ、これが彼女の素晴らしいところだ。

 私情はここで切り捨て、言葉通り行動する。


 特対としての任務──それはもちろん、彼女自身と弟が被害者となる、スキルを利用した犯罪の取り締まりという事だ。

 今までこの澄まし顔を歪めようと、高い状態異常耐性を持つドラゴンでさえ発情する媚薬、屈辱的な行為を命令する、など色々試したが効果は無かった。

 まずは身内として、弟の為に苦難をあっさりと享受し、その後は任務優先。

 全く素晴らしい、SACAウチに欲しいくらいだ。

 私がどんな事をしても、彼女の行動はブレない。

 事が済めば、やるべきことを遂行する。


「では弟さんの部屋に行こうか」


 リビングを出て、弟の部屋に到着。


「う、ぁ、あ、ああああぁ⋯⋯」


 彼は胸を押さえながら、ゾンビ化の進行に伴って感じる苦痛に、呻き声を発していた。


「待たせたな、君のお姉さんが素晴らしすぎてな──全身、その全てが」


 嬲るような言葉とともに、チラリと彼女に視線を向けるが、やはり表情に変化はない。

 それがわかっていても、何か口にしたくなる魅力がある、それが彼女だ。


「では苦しみから解放してあげよう」


 私は闇魔法を発動し──ゾンビ化を一気に進めた。


「があああぁああっ⋯⋯、う、うがぁ」


 苦しんでいた男の瞳から、『知性の光』とでも言えるものが消失し、目と肌が濁った。

 瞬間、灘鏡子がアイテムボックスから取り出した剣で、私の首を凪いだ。

 もう弟は救えない、と判断し、一切の躊躇いも見せずに行動したのだ。


「死ね、下衆野郎」


 いつもの、決まったセリフ。

 彼女が感情を発露する、唯一の行動。


 私はいつも通り、胴体から切り離された頭部についている目と耳で、最後の光景を見聞きする。


 首を捉えた一撃は、流れるように心臓を突き──即座に引き抜かれ、そのまま宙を舞う私の顔面へと迫る。

 その刹那に訪れる、凄まじい快感。


 ──スキルの関係から、これまで何度も死んできた。

 だが、彼女ほど見事に、私を殺してくれる者はいない。


 刹那、肉体が死への恐怖を和らげるために、本能的に、大量の快楽物質が脳内に放出され、凄まじい多幸感が私を包んでくれる。

 この快楽に比べれば、彼女を抱く事でさえ──いや、この快楽を、ほとんど痛みを伴わず与えてくれる灘鏡子が、私はとても愛おしいのだ。

 私は彼女から死を与えて欲しいがあまり、彼女をこれでもかと蹂躙するのだ。


 灘鏡子の表情には、一切感情は浮かんでいない。

 粛々と、ただ粛々と私を処理する。


 冷徹で、無慈悲ゆえに──痛みのない、素晴らしく慈悲深い死を与えてくれる──私の為の殺し屋リセットボタン


 ──私の顔面を刃が通り抜ける感覚とともに、この素晴らしい体験は終わる。



 


──────────────


 リスポーン地点に戻った私に訪れるのは、凄まじい喪失感だ。

 先ほどまで感じていたものが、急速に失われる。

 満たした食欲も、吐き出した性欲も元に戻ってしまう。


 この喪失感に耐えられず、灘鏡子を初めて「モノ」にしたときは、そのまま数回もループしてしまった。


 だが、今はもうやめた。

 いくら繰り返したところで、結局満たせないのだから。


 先ほどまでの灘鏡子とのコト・・を思い出しながら、自宅の鍵を開けた。

 彼女の与えてくれた快感、その反動で今感じている喪失感が、私に冷静さを与えてくれる。


「ダッド! おかえりなさい!」


 ステファニーが満面の笑みで出迎えてくれる。


「ただいま、ステフ。今日も良い子にしてたかい?」


「うん!」


 ハグをしながら私と娘が会話をしていると、妻のジェニファーが腰に手を当て、呆れたように言った。


「もう、ステフったら嘘をついて。アナタ、この娘ったら宿題をサボってゲームしてたのよ?」


「おやおや、本当かい?」


「うん、ごめんなさい。だから⋯⋯ダッド、私の宿題手伝ってくれない?」


 私は娘の頭を撫でながら、笑顔を作り、頷いた。


「ああもちろん。愛する娘の願い事は断れないよ」





 ──ああ、愛する家族と、愛するひとに恵まれている私は、なんと幸福なのだろうか。






──────────────────




 きしょしょしょしょーん。

 コイツ、きしょしょしょしょーん。


 いやしかし、死ぬ間際の快楽なんて知りたくなかったわー。

 本当にこの追体験って能力、一長一短だな。


 まあしかし、能力自体の対処は簡単そうだな。

 ただ殺すだけなら、なんとでもなりそうだ。


 だけど希少な能力だし、せっかくだから利用したい。

 まあ、大体の方針は今も見えてるが、準備が必要だな。


 渋谷さんと話すニックを見ながら、俺は頭の中で告げた。


 ──じゃあニックくん、君を俺の便利な『リセットボタン』として使わせて貰いますね?


 ケッケッケッケッケ。


 


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