第67話 取引のルール説明

 男は母の死体を再度【アイテムボックス】へとしまうと、田辺へと確認してきた。


「ねえ、来栖くんの死体を破棄したって本当?」 


「⋯⋯それ、は」


「なら取引はナシだ、俺もすぐに破棄する」


「ま、待て!」


「いや、待たない。俺は命令されるのはキライでね」


 そのまま男は出て行こうとする。

 田辺は男の道を塞ぐように回り込んだ。


「すみません! 待ってください! お願いしますから! 母さんだけは⋯⋯母だけは勘弁してください、本当に、何でもしますから!」


 男は田辺をしばらく見下ろしたのち、面倒そうに口を開いた。


「⋯⋯あのさ、質問に答えろよ。来栖くんの死体はあるの? 無いの?」


「ありますっ! ありますから!」


「アイテムボックスから出した時間の合計は? 二時間超えるとエリクサーでの蘇生確率がドンドン下がってくるんだけど?」


「ほとんど出していません! 大橋くんに見せる時に少しだけ、合計十分も超えてないと思います!」


「⋯⋯ふーん」


 男は踵を返し、部屋の中へと戻った。

 再び席に座り、テーブルを指先で叩き始める。


 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。


 男は虚空を見ながら、考え事をしているように、ただただ同じ動きを繰り返した。

 それだけの事で、田辺は何か追い込まれているような心境になってくる。


 コツ⋯⋯と男は指を止めた。

 そのまましばしの沈黙。

 指先を弾く音が止まるのと入れ替わるように、壁掛け時計から発する秒針の音が、田辺の耳に入ってくる。


 チッチッチッチッ⋯⋯。

 

「やはり取引はナシだ。お前は最初に俺に嘘をついた、信用ならない。エリクサーを使って蘇生できなかった場合、貴重な品が無駄になる」


「お、お、お、お願いします! そうだ、こちらはエリクサーを付けます! それならそちらのエリクサーを無駄にする事は無いですよね!?」


 田辺の確認に、男は呆れたように溜め息をついた。


「悪いが、そんな提案をあっさり出されると、逆に不信感が募る。エリクサーまで出すんだから、俺は嘘をついていない、そんなアピールに見える」


「違います! 本当です! 母は、母だけは勘弁してください!」


「はぁ? お前女子高生の弱みに漬け込んで色々要求しておいて、いまさら良い息子アピールすんの?」


「そんな風に言わないで下さい、俺は確かに腐ってるかも知れませんが、母は、母だけは⋯⋯」


「ふーん? じゃあお前の行い知った母ちゃんどう思うと思ってんの? 俺にゴチャゴチャ頼んだところで、お前自身が母親に顔向けできるような人間じゃねーだろうがよ」


「本当に、本当に、仰る通りです、でも、母だけは、母だけは勘弁してください、苦労ばかりかけたから、これからは少しでも恩返ししたいんです、お願いします!」


「へぇ、お前の恩返しって、使用済みの生理用品を女子高生に要求したり、身体の関係を強要する事なんだ? 随分特殊な恩返しだなぁ?」


「それは! 確かに欲望に負けて、そんな要求もしました、ですが、母は、どうか母だけは⋯⋯」


 とうとう田辺は男の足元にすがりついた。

 男はしばらく田辺を見下ろしたが、やがて警告してきた。


「いいか? 俺は嘘が嫌いだ、だから今日も一切嘘をついていない。ここまでは理解したか?」


「は、はい!」


「だからこの取引のルールは『お互い嘘はナシ』。お前が嘘をついたと俺が判断したら、その時点で取引は中止だ、いいな?」


「は、はい!」


 男はそれだけ言うと、壁にかかっている時計を指差した。


「今の時刻が21:56、お前のスキルが回復するのは恐らく22:00前後だ。俺は相手のスキルが見えるから、回復した瞬間わかる、ここまではいいか?」


「はい!」


「スキルが回復したら、すぐにお互いアイテムボックスを開いて、ブツを交換する。お前は来栖くんの死体と、エリクサーの両方をテーブルに置け。確認したら俺も出す、いいな?」


「わかりました!」


「いいか? 嘘はナシだ。あと俺を出し抜こうなんて考えたら⋯⋯」


「しません! 絶対に、信じて下さい!」


 男は返事せず、そのまま黙った。

 再び沈黙が訪れ、チッチッチッチッチッチッと、秒針の音が耳に入ってきた。


 21:59分、田辺は自分の【スキル】が回復した事を自覚した──次の瞬間。


「スキルが戻ったな? ほら出せ」


 相手の言葉で、本当にこちらのスキルが覗かれていると理解できた。

 田辺は慌ててアイテムボックスを開き、中から来栖の死体とエリクサーを取り出した。


「これで! 確認してください!」


「ああ、鑑定した。間違いなく来栖くんの死体とエリクサーだ」


「なら、そちらも!」


「ほらよ」


 男はテーブルの上に母の死体をドサッと置きながら、入れ替えるように来栖の死体とエリクサーをアイテムボックスへとしまった。


 田辺は母の死体を抱きかかえて床に置き、再びアイテムボックスを開いてエリクサーを取り出した。

 

 しばらくして、エリクサーの効果が発揮し、母は目を覚ました。


「母さん! 大丈夫か!」


 田辺の呼び掛けに、母親が答えた。








「Where is this?」






 ⋯⋯。

 しばらく田辺の頭が混乱する。

 母がなぜか、英語で「ここは何処?」と聞いて来たのだから。


「あ、ちょっとゴメンねー。コレは取引に含まれてないから回収するね」


 男は母の身体に触れ⋯⋯肩の辺りに指を突っ込んだ。


「Nooo!」


「ゴメンって、本当は死んでたんだから、そんな騒ぐなって、ほらポーションかけてやるから」


 男が掛けたポーションにより、肩の傷が塞がった。

 いや、それよりも⋯⋯。


 母は、白髪の小汚い格好をした外国人男性に変わっていた。


「あ、俺この人送ってくるから。すぐに戻るね?」


 男が外国人男性と共に姿を消す。

 しばらくして、宣言通り戻って来た。


「やあ」


「お前⋯⋯どういうことだ!」


「いや、これ【幻視の指輪】っていう異世界アイテムでさ。指につけなくても、さっきみたいに身体に埋め込んでも使えるんだよ。しかも所有者である俺が姿を指定できるんだぜ? 便利だよなー」


 男が手にした指輪を見せながら、田辺へと説明した。


「ちなみにさっきのオッサンは、外国で事故にあったホームレスだ。いやぁ良かったね、貴重なエリクサーまで使って人助けができて! ねぇ、今どんな気持ち? 人助けできて母親に良い息子だって自慢できるぜ! って感じかな?」


「ふざけるな⋯⋯この、嘘つきめ!」


「イヤイヤイヤイヤ! 俺は『コレと交換』つっただけで、お前の母親だなんて一言も言ってないぜ? 嘘つきのお前と一緒にするなよ」


「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」


「まあまあ、そう言わずさ。そうだ? 俺ともう少し取引してくれない?」


「ふざけるな! なんでお前なんか⋯⋯と⋯⋯」


 田辺は最後まで言えなかった。

 取引の材料なのだろう、男がふたたびアイテムボックスから物を取り出したからだ。


「さて、これは本物かな? 偽物かな? ──どっちでしょう?」




 笑顔の男が、再度見せてきたのは──母の姿をした死体だった。

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