第36話 バッタの生涯(加藤鷹司の末路)③
「鷹ちゃん、二人で会うなんて久しぶりだね。話したい事って何?」
香苗をあまり人がいない喫茶店に呼び出した。
忠之抜きで、香苗と二人で会うのはいつぶりだろう。
もしかしたら、頬を叩かれたあの日以来かも知れない。
しばらくは近況などを話していたが⋯⋯徐々に昔の思い出へと話題をシフトした。
香苗が二人の関係を意識しなおしたであろう頃、鷹司は彼女の手を軽く掴んだ。
「ちょ、ちょっと鷹ちゃん⋯⋯?」
「ごめん、俺、気付いたんだ⋯⋯今でもお前が好きだって。俺が好きなのは、やっぱりお前なんだって」
「えっ、ちょっと⋯⋯今更何言ってるの?」
「あの時は、忠之に悪いと思ったんだ。それに、お前は結局告白を断ると⋯⋯俺を選んでくれると思って⋯⋯ハッキリさせるのが怖かったんだ、ゴメン」
「本当、今更過ぎるよ、そんなの⋯⋯」
「わかってる。お前を忘れようと美沙と結婚したけど、ダメなんだ⋯⋯どうしても」
「でも⋯⋯」
この反応、押せばイケる。
鷹司は内心でほくそ笑んだ。
それからは美沙の目を盗み、香苗との逢瀬を重ねた。
会社では『初恋を実らせ、令嬢を射止めた男』として扱われ、プライベートでは不倫に勤しむ。
そんな二重生活の中、水野祥子から電話があった。
「ちょっとアンタ、香苗と不倫してるって⋯⋯どういう事?」
ちっ、香苗の奴。
面倒くせえ女に言いやがって。
何とか取り繕うために、言い訳した。
元々香苗が好きだったが、忠之を思い身を引いた事。
香苗を忘れるために、美沙と付き合った事。
水野との電話では、見栄を張るために考えていた嘘が、次々と口から出て行った。
「でも、あのまま付き合うとは思わなかったわぁ、アンタたち」
「本当さ、真面目ぶった女と一回やりたかっただけだっつうのに、妊娠なんてしやがってよー」
「うわ、その言い方ひどーい」
「だいたいアイツとやりたかったのも、俺じゃなくて忠之に惚れてるってのが、なんかムカついてただけなのにさぁ。おかしいじゃん? そんなの」
「いや、そこは別におかしくはない(笑)。だってアンタ最低男じゃん。ちょっとくらいならいいけど、東村くんにバレないうちに、他の女探しときなって。美沙とは別れないんでしょ?」
「まあ、アイツの実家太いし。先々アイツの実家の会社俺が継げばさ、女なんていくらでも選べるっしょ」
「うわー、マジ最低ね。まあ、香苗も身体の相性いいとか言ってたし。美沙は真面目そうだから、ずっと目つぶって固まってそう(笑)」
「ほんと、マグロみたいなヤツでさ。勉強できるのか知らねーけど、もう大学行くこともないんだから、夜も勉強して欲しいわ」
「まあ、どっちにしてもほどほどにしときなよ?」
「わかってるって」
水野から忠告をうけても、結局香苗と会うのは止めなかった。
そして、香苗は二度目の妊娠。
さすがに潮時かも知れない。
相変わらず美沙は⋯⋯いや、以前よりも態度がやや硬化している気もするが⋯⋯。
取りあえず、香苗の事は忠之に任せ、もっと美沙と向き合おう、そう思っていた。
そして計画を実行する日。
梁島家の前で久しぶりにあった忠之は、何か違和感を感じた。
ただ痩せたとか、そんな事じゃなく。
昔から知っているからこそ、それまでの忠之とは──別人のように思えた。
「本当二人、仲ええねぇ」
香苗の言葉に、確認せずにはいられなかった。
「おー、そりゃ親友やけぇ。のう、忠之」
忠之は間髪入れずに、答えてくれた。
「おお、親友だよ」
その答えに安心し、車を出発させた。
夜の飲み会で、香苗の態度は少しシャクに障った。
香苗と忠之は結婚したとしても、あくまでもそれは『自分の女』が忠之と結婚して欲しいのであって、渡すつもりはない。
誰がお前の男なのか、もう一度教えてやらなければいけないだろう、そんな気持ちだった。
数ヶ月後、香苗と忠之は入籍し、出産前に式を挙げるとの連絡。
良かった、と思った。
あれからも香苗とは何度かあっているが、彼女が東京に行ってしまえば、さすがにその機会も減るだろう。
その前に、香苗を自分の女だと『教育』しておかなければならない。
二人が会う頻度は、むしろ多くなった。
香苗によれば、忠之は相当な資産を手に入れたらしい。
なら、香苗を利用して、それを貢がせるなんてのも良いかもしれない。
忠之に対しては、歪んだ感情を向けていた。
美沙の気持ちがこちらに向かないのは、お前のせいだ。
そうだ、俺は何も悪くない。
お前は俺から美沙を奪った罰として、そうとは知らず俺の子供を育てる義務がある。
美沙もさすがに、お前が結婚すれば諦めもつくだろう。
それさえしてくれていれば、俺とお前は、ずっと友達でいられる⋯⋯。
忠之と香苗、二人の結婚式の前日、何故かやたらと首が気になった。
それとともに、ここ最近、二回ほど記憶を失った日があるのを思い出す。
首に痛みを感じ、車で一日中寝てしまった。
こんな事が二回もあった。
会社の人は変な病気なんじゃないかと心配してくれたが、むしろ次の日などは調子がいい。
例えるなら、細胞が入れ替わったような──それこそ、生まれ変わったように、体力や気力が充実しているのだ。
「何なんだろうな、あれ⋯⋯」
ただ、その違和感に対しての答えは出なかった。
そして、結婚式。
自身と香苗が、悪巧みを話している動画が流れ、焦っているうちに事態は次々と進行していった。
何が起きているのかを整理する間もなく、気が付けば美沙から三行半が突き付けられていた。
何故、こんな事に⋯⋯。
少し皆からは距離を離し、打ちひしがれていると、ふと視界に影が差した。
同時に、声を掛けられる。
「鷹司」
顔を見上げると、そこには──あの笑顔があった。
それを見た瞬間、全て理解した。
あの動画を用意したのも。
美沙に協力させたのも。
コイツだ、コイツの仕業だ。
あの動画は飲み会の日、コイツが撮影したんだ。
もう、とっくにバレていたんだ。
そして──これで終わるハズがない。
鷹司の知る忠之なら、まだ何かやってくる。
いや、もう何かやっているかも知れない。
この男は、優しげで、人当たりが良く、争いを好まないが──その分キレたら何をするかわからない。
謝罪しなければ──。
「美沙の奴さぁ、俺のデカいの知っちゃったら、もうお前の粗○ンじゃ満足できねぇってよ? 残念だったなぁ? このお粗末包茎雑魚チ○ポくん♪ 今回の事もよ、ベッドの上で腰をガン振りしながら絶叫してたぜぇ? 『手伝うに決まってるでしょ!? コレから私が離れられないって知ってるくせに! イジワル!』だってよ! はははははっ!」
ああ、そうか。
結局──そういう事かよ!
忠之に煽られた瞬間、謝罪の意識など吹き飛んだ。
衝動的に立ち上がり、叫んだ。
「忠之ィイイイイイッ! テメェエエエエッ! 結婚してからもずっと、おかしいと思ってたんだ、結局まだ、美沙は、美沙はやっぱり⋯⋯クッソォオオオオッ!」
何より、コイツはここで止めなければ。
そんな意識がどこかにあった。
これ以上、コイツに好き勝手やらせると、自分は破滅してしまう。
そして拳が届いた瞬間。
久しぶりに振るった拳に、伝わってくる確かな手応えに反して──。
──忠之は笑っていた。
顔面に拳を受けながら、それを意に介す様子もなく、相変わらずあの笑みを浮かべていた。
次の瞬間、身体が引っ張られると同時に、股間に激痛が走った。
「ああああああっ! 痛ぇ、痛ぇよぉおおおおおっ!」
何とかしなければならないのに、痛みの事しか考えられない。
しばらくして、救急車に運ばれる。
あまりの痛みにより、鷹司は車内で気絶してしまった。
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