インスピレーション

「君、大丈夫か? 迷子まいごか?」


 うずくまっておびえていた僕に、そんな声がってくる。

 僕はひざの上でギュッとつむっていた目を開いて、恐る恐る顔を上げてみた。


「大丈夫だぞ。一緒にお母さんを見付けような?」


 僕を心配そうに見ていたのはおじさんだった。いや、お兄さんかな? 母さんよりも少し若く見えるし。

 お兄さんはRPGの初期装備のような皮の服を着ていて格好かっこうこそダサかったけど、優しそうな人っぽかった。

 特徴的なのは、頭に猫のようなモフモフした耳を生やし、フサフサした尻尾しっぽを持っているところかな。


 お兄さんは僕にハンカチを手渡してくれた。


「ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして。僕はアラン。獣人族じゅうじんぞく野良のらだ。君、お母さんとどこではぐれたのかはわかるかい?」

「ああうん。あっ、いえ、別に迷子じゃないので心配しないでください。僕は大輝ひろきっていいます」

「大輝か。よろしく……」


 それだけ言って、お兄さんはまた僕を心配そうに見る。

 涙は借りたハンカチで拭いたし、周りを見てもキャンプ地のような広場がある、ただの山の中だ。

 小鳥のさえずりが聞こえてくるような馴染なじみのある風景が広がっていて、怖い場所ではなさそうだし僕はもう平気なんだけど。


 といっても不安は不安だ。ここで人助けをしなければならないって話なんだろうけど、一体何をすればいいのか見当がつかない。


『アランはね、君がお母さんお母さんって連呼れんこしていたから迷子だと思ったんだよ』


 ああそうか。この幽霊は、心の声が聞こえるんだったね。


『この幽霊って呼び方やめてよ。ユウって呼んで。うちも君のことをヒロって呼ぶから』


 もう勝手に。まぁ別にいいけどさ。って、ん? 僕がお母さんって連呼していただって!?


「言ってません! お母……母さんなんて絶対に呼んでいません!」


 熱の集まった顔で僕が突然大きな声を出すから、お兄さんは少し体をらせて「えっ」とおどろいた。


「あ、ああそうだね。悪かったよ」


 そう言ってお兄さんは僕の頭をぽんぽんとでた。

 もう僕は中学生だから恥ずかしい気持ちになったけれど、お兄さんの大きくて温かい手を払いのけたいなんて思わなかった。


「あの、アランさん」

「ん? なんだい?」


 僕はおだやかに微笑むお兄さんの目を真っ直ぐ見て、借してもらったハンカチを差し出しながら言った。


「たぶん僕は、あなたを救います」

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