ロックオン

「お母さんお母さんお母さん、ぜぇはぁ。お母さんお母さん、ぜぇぜぇ。お母さんがいないと僕は……ぜぇ。お母さんお母さん……ってあれ?」


 うずくまっていた体を起こして顔を上げてみると、きれいさっぱり景色が元通りに戻っていた。


「いやいや、さっぱり過ぎるって。真っ白なんだけど、何もないんだけど、どこなのここ!?」

「うるさいなぁ。それはこれから説明してあげるから、とりあえず今は涙をきなよ。引くくらい泣いてるから君」

「え……あ。べっ、別にいいじゃんっ。あんなに怖い思いをしたんだから泣くのは普通だよっ」

「そっか。でもお母さんお母さん言ってた。お母さんがいないと僕は……! って、言ってた」

「っ言ってないよ! 僕はお母さ……母さんがいなくても全然平気だし!」


 僕はイライラをぶつけるように、目からあふれた涙をそででガシガシとぬぐった。

 もうなんなのさっきから。人を小馬鹿こばかにしたような喋り方もムカつくんだけど。


「喋り方がムカつく? そりゃあそんなに甘ったれだったらね」

「誰が甘ったれだって……!? 何も知らないくせに、お母さんじゃないくせ——に……って、ちょっと待って君。い、今っ、僕の心を読んだ!?」


 探偵が犯人を言い当てた時のように指差しをする僕に、女の子は満足そうな顔をした。


「そうだよ。君が霊感を持っているように、私は生まれつき人の心が読めるんだ」

「え、生まれつき? 幽霊になったからとかじゃなくて? あ……やっぱり君は……幽霊、なの……?」

「うん、幽霊。死んでる」


 言葉に反して、女の子は軽やかに言った。空へと飛んでいくシャボン玉みたいだと思った。


「なんで君がそんな顔をするんだよ」

「だって……」


 だって僕は、そのシャボン玉を見上げることしか出来ない。


「ばーか。うちが死んだのって君が生まれる前だよ? そんなんだから憑りつかれるんだ」

「そうなの? っていうか憑りついた本人がそれを言う?」

「くくっ、確かにね。さぁ、お待ちかねだと思うから早速ここがどこか説明するよ」

「あ! もうそうだよ、ここって何なの? 僕はまだ文化祭の片付けをしないといけないんだから、早く学校に帰してくれない?」


 心配するところってそこなんだと、女の子は手を叩いて笑う。

 表情も仕草もころころと変わる女の子に、僕は思った。今まで出会ってきた他の幽霊とは違うって。


「なんか君って生き生きしているよね」

「まぁね。やっと成仏しようと思ってるからさ」

「え?」


 女の子は腰に手を当てると、さっきこちらがしたように一方の腕だけを伸ばして、目を白黒させる僕へ指を差した。


 にやりと片方の口角を上げて笑う顔が悪者みたいなんですけど?

 なんだったらその指がピストルにも見えるんですけど?


 僕は幽霊と話をしていたのに、今になってようやく鳥肌が立ち始めていた。

 ものすごく嫌な予感がする!


「というわけで君には重要な任務を課す。このうちを成仏させてみせよ! ってね☆」

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