ネット小説書いたら王様になってしまった件

四百四十五郎

ネット小説書いたら王様になってしまった件

 ネクタイは人間を奴隷にするための呪術である。


 …という説は私が考えた根拠のないウソである。




 私、平野トモカズはネクタイが大好きだ。


 私は銀行員ではあるものの、所属がIT課であるためかネクタイは強制されていない。


 IT界隈では「無駄なもの」は忌避されており、装飾以上の機能性がないネクタイはそれほど重要視されてないからであろう。


 しかし、私は毎日ネクタイをしている。


 ネクタイが非推奨な夏場ですらしている。


 それは私がネクタイのことが大好きだからに他ならない。


 そんな私にはもうひとつ大好きなことがある。


 それは、小説を書くことだ。


 私は小さい頃からホラーや都市伝説系の小説が大好きで、自分自身も趣味の一環で書いてネットに投稿している。


 なお、ネット上では身バレを避けるために『デコボッコ』というペンネームを用いている。


 正直、自作小説のクオリティはあまり良くないが自分では気に入っている。


 ある日、私はネクタイを題材にした架空の都市伝説とそれにまつわる話を思いつき、それがフィクションであることを明記した上でネットに投稿した。


 タイトルは『ネクタイ呪術』にした。


 


 ブラック企業勤めの会社員が、ふとしたきっかけでネクタイが人間を支配するための呪術であることに気づく。


 それが『ネクタイ呪術』の内容である。


 正直、あまり魅力のない話だったし、そこまで多くの人間には見られなかった。


 しかし、投稿してから1週間後に小説にコメントを投稿した人間がいた。


 いくら趣味といえども、感想を貰うのはうれしい。


 私は定時で仕事から帰ったあと、家のパソコンで感想を見ることにした。


 しかし、そこにはとんでもないことが書いてあった。


『よくぞ言ってくれました!そうです!ネクタイは悪魔が人間を奴隷として使役するための呪術なのです!この世からネクタイと悪魔がすべて滅んだ時、永遠の理想郷が手に入るのです!さあ、一緒に👔と👿を🔪しましょう!!』


 書いている内容と文法があまりにも不可解すぎて文章の内容を理解するのにしばらく時間がかかった。


 内容を理解したあと、私はこのコメントをいわゆる『見当はずれの意見』だと判断した。


 そして、静かにそのコメントを作者権限で削除した。


 翌日、またコメントがついた。


 今度こそはまともな感想だと思って見てみた。


『まったく!なんで正しい意見が規制されてしまうんですか!これも全部悪魔による完全邪悪な支配体制のせいだ!純粋な人類が滅びる前に、光に目覚めた人々を集めて我々の未来を守る戦いをしなければなりません!どうか、どうかあなたも目覚めてしまった真実に目を背けず、我々と共に👔を推奨してくる👿や👽を🔪💀しましょう!』


「うわぁ…」


 昨日変なコメントを書いた人間がまた懲りずに変なことを書いていた。


 どうやら、彼は私と違って都市伝説をノンフィクション作品だと思い込んでいるようだ。

 

 私に対して敵意が向けられていないことが不幸中の幸いだった。


 私はコメントを書いた人間をブロックし、もう二度と自分の作品にコメントを書けないようにした。


 その翌日、今度はコメントが10件も来ていた。


 私は通知でそれを見た時、背筋がゾッとした。

 

 おそるおそるコメント欄を見てみる


『すばらしい!あなたこそ光の化身でこの世を🌈に導く真実の小説家だ!もっと👿の蛮行を暴いてくれ!』


『ああ、あなたの小説で政府に紛れこんだ👿たちが青ざめている!あなたのおかげで🌏規模の大改革がはじまりました!』


『うぉおおおおお!!デコボッコ最強!!デコボッコ最強!!デコボッコ(以下、同じ文章が1000文字近く続いたため省略)』


 すべて違うアカウントからの書き込みであった。


 私はすべての作品のコメント欄を閉鎖した。




 コメント欄を封鎖してから一週間後、あまり使っていないSNSのアカウントにとある人物からのDMが届いた。


 DMを送った人物は『急須ライタル』という名のウェブライターであった。


 どうやら、陰謀論界隈の調査を専門としているらしく、そのことを題材にした本も数冊出版しているようだ。


 そして、その過程で陰謀論界隈と対立しているらしい。


 私は当人の素性とアカウントが本物であることを確認した後、DMに目を通した。


『DM失礼します。実は今、あなたが書いた「ネクタイ呪術」が陰謀論界隈で大きなムーブメントを巻き起こしています。試しにこのSNS内で「ネクタイ呪術」と検索してみてください。事の深刻さがわかるはずです。もしもあなたがこの件をどうにかしたいのであれば協力します』


 私はDMに従い、『ネクタイ呪術』で検索をかけてみた。


 その結果、小説のコメント欄に書かれていたような内容の投稿が何百件と出てきた。


 ついでに私のフォロワー数もなぜか5倍に増えていることにも気づいた


「な、なにこれ…どうなってんだよ…」


 私は急いでライタル氏のDMに返信を行った。


『さきほど、あなたの指示通り検索してみて事の重大さがわかりました。どうすれば私やあの小説に対する誤解は解けるのでしょうか』


 返信はすぐに返ってきた。


『わかりました。では、まずは今回のムーブメントを起こした陰謀論界隈について解説しましょう』


 それから、ライタルによって何回か連続でDMが送信された。


『陰謀論界隈とは、この世界のあらゆる事象に対して、根拠の有無にかかわらず「邪悪で強力な集団(組織)による陰謀が関与している」と信じている人々の集まりです』


『純粋に陰謀論を信じている人、自分の商品を高く売るために同調している人、単なる愉快犯などで陰謀論界隈は構成されていると考えられています』


『現在、陰謀論界隈は「真野グンペイ」という純粋に陰謀論を信じていてカリスマ性のある男が率いる「悪魔討伐隊」という団体を中心に動いていると考えられています』


『あと、今回は事態が特殊すぎるため、あなたができることは少ないです。しかし、「ネクタイ呪術」を小説投稿サイトから削除して「これはただのフィクションであり特定の思想に基づいた作品ではない」ということをSNSで明言するだけでも多少はマシになる可能性があります』


 私はライタルの意見に基づき、小説をサイトから削除したうえで『ネクタイ呪術は完全なフィクションである』という投稿をSNSにした。

 

 しかし、何日経ってもネクタイ呪術や私を賞賛する声は収まらなかった。


 私の声明文ですら『悪魔に脅されて無理やり書かされた』として信じてくれなかった。


 それと同時に、ネクタイを無条件に嫌うアカウントもどんどん増えていった。

 

 私は反論する気にもなれず、ネットからしばらく遠ざかることにした。


 そしてライタルの指示に従い、万が一のために実家から近所のアパートに引っ越すことにした。




 日ごろの行いが悪くなかったおかげで、私は自分の危うい立ち位置を誰にも悟られずに引っ越すことができた。


 「銀行員は何もせずとも転勤を数年単位で命じられるから、今のうちに一人暮らしに慣れたい」と説明したら両親はすぐに納得してくれた。


 私は今日もウィンザーノットで締めたネクタイを着用し、以前と同じ職場に出勤した。


 そして何事もなく平穏な仕事時間が過ぎていき、定時がやってきた。


 課長を含めたIT課の全員が一目散にオフィスを出る。


 IT業界において「怠惰は美徳」とされているため、自分の有能さを示すために全員時間内に業務を終わらせているのだ。


「さてと、今月の給料で新しいネクタイでも買うか」


 私はATMに行ってネクタイ代を調達した後、スーツ専門店へと足を運んだ。


 スーツ専門店にはいろんな柄のネクタイがあった。


 私は個性豊かなネクタイに対して子供のように目を輝かせながら、一点一点の手触りを確かめて購入するネクタイ候補を絞っていった。


ドゴン!


 候補を3つにまで絞ったとき、店の入口から物騒で鈍重な音がした。


 入口の方を見てみると、金槌と布切りハサミを持った男と頭から血を流して倒れている店長さんがいた。


「ネクタイは奴隷の首輪だああああ!!」


 男はネクタイに対する誹謗中傷を叫びながら、金槌を振り回して店へと入っていく。


 私はとっさに両手を上げたまま、恐怖で震え上がって動けなくなった。


「俺はネクタイが大嫌いだ!!そして、ネクタイを強制する社会も大嫌いだ!!」


 そう言って男は店のネクタイを片っ端から切り刻み始めた。


「なんでウソつきしか面接通らないんだよクソが!」


 男は愚痴を吐きつつネクタイを切り刻み続け、少しずつ私がいるネクタイコーナーにまで近づいてくる。


 そして、私に近づいた男は私のネクタイを強くつかみ、鬼のような表情でこんなことを言ってきた。


「おい、オマエはデコボッコという偉大なジャーナリストを知っているか?」


 私は何も言わなかったし、言えなかった。


「お前らみたいな悪魔に魂売ったエリート風情には彼の偉大さなどわからないだろうな!!」


 ドゴッ!


 私の信者は私の腹に思いっきり蹴りを入れた。


「死ねえええええ!!」


 私の頭にハンマーが振り下ろされそうになったその時、


パアン!


 銃声が店の中に響いた。


 男はその場に倒れこみ、横腹から少量の血を流し始めた。


 どうやら男の横腹を銃弾がかすめたらしい。


 ふと店の入口を見てみると大量のパトカーと警察官が見えた。


 男は殺人罪で現行犯逮捕された。


 私は軽い取り調べを受けたのち、打撲で一週間入院することになった。


 


 私が入院している間にライタル氏が行方不明になった。


 どうやら、スマホを家に残して失踪したらしく、いとこが彼のアカウントを使って目撃情報の提供を呼び掛けていた。


 さらに、新聞いわくここ一週間で私を襲った暴漢の模倣犯が全国で急増しているらしい。

 

 どうやら、就活を失敗した人間やブラック企業の被害者が暴徒と化し、スーツ専門店や自分を虐げた会社のオフィスを襲っているそうだ。


 すでにかなりの数の死者が出ているらしい。


 そして、彼らが共通して「デコボッコ」という匿名の人間と「ネクタイ呪術」というネット小説を崇拝していることも書かれていた。


 私は打撲が完治して家に帰れたものの、自分が無意識に起こした惨劇に心を痛め続けていた。


『ネクタイは人間の自由を奪う悪魔の道具だー!ネクタイを推奨するやつは四肢をバラバラにしてから息の根を止めるぞー!』


 外からデモ隊の声が聞こえてくる。


 治安も日に日に悪化していく。


 勤務先も社員の安全を確保するために数日前から臨時休業をとり始めた。


 すでに国外逃亡した著名人もいるらしい。


 他人は俺が自分のことを大罪人だといっても聞き入れてくれないだろう。


 たとえ警察に真相を話しても、法的に罪に問える要素が少なすぎて「キミは悪くない」と言って解放してくれるだろう。


 だからといって、陰謀を信じる者たちに私刑を頼んでも「あなたはむしろ賞賛されるべきだ」と言われて逆に歓迎されてしまうだろう。


 多くの人間を間接的に殺して傷つけにも関わらず、罪に問われない。


 そんな人間はどんな死刑囚よりも罪深い存在である。


「なあ、どうすればいいんだよ…どうすればよかったんだよ…」

 

 そんな弱音を吐いた直後


ヴウウウウウウ…


 まるで終末を告げるかのような警報音が鳴った。


「これは…空襲の時の…」


 私は急いで自室の全ての雨戸を閉め、室内の物陰に隠れた。


『ただ今、空軍内でクーデター発生中!ただ今、空軍内でクーデター発生中!』


 警報音に交じってクーデターが発生したことを知らせるアナウンスが鳴り響いた。


 その後、県庁の方角からすさまじい爆撃音が聞こえた。


 そして、その日を境にこの国は変わってしまった。


 

 

『善良なる国民の皆様、そして悪質なる悪魔の皆様、こんにちは。今日からこの国の首相となった悪魔討伐隊の隊長、真野グンペイです』


 テレビには国家元首になってしまった陰謀論者が映っていた。


 陰謀論に染まった陸海空軍の人々の手助けもあって、陰謀論団体『悪魔討伐隊』はクーデターを成功させ、この国の政権を握ってしまった。


 他の国も報復を恐れて当分は助けにこないらしい。


『この度の偉大なるクーデターによって人間に擬態した悪魔や悪魔の血を引く邪悪な者どもを一掃することができました。これもすべて親愛なる仲間たちのおかげです』


 クーデターの日、既存政府の施設は空軍の軍用機によって全国的に跡形もなく破壊された。


 そして、その過程で数えきれないほどの人々が命を落としたり行方不明になった。


『さて、私は悪魔討伐隊政権を樹立するにあたって、首相のさらに上の役職である「王様」を制定したいと思います』


 言っていることが支離滅裂すぎる。

 

 こんな人間がこれからこの国を支配することを思うと心が重いし、そうなった遠因が自分にあることを思い出すと胸も痛くなる。


 ピンポーン


 突然、玄関のチャイムが鳴った。


 嫌な予感がして私の全身から冷や汗が出る。


 全身が固まる。


 ピッキングの音が鳴る。


 扉が開かれる。


 武装した男たちがドスドスと家に入ってくる。


「会いたかったですよ。デコボッコ氏」


 先ほどまでテレビに映っていた男が私の目の前に立っていた。



 

「昨日、あなたがあの伝説の小説を投稿していたサイトを管理していた会社に対し、開示請求を行いました。そして、そこから得た情報と国が持っていた情報を照合してここにたどり着いたのです」


 聞いてないにもかかわらず、真野グンペイはここに来るまでの経緯を教えてくれた。


「正直、あなたの勇気ある執筆がなければ、我々悪魔討伐隊はここまで大きくなれなくて警察および悪魔たちに潰されていたでしょう。今ある希望はすべてあなたのおかげなのです」


 つまり、今この国にある絶望は全て私のせいだったのだ。


 まだ、私が小説を公表しなくてもクーデターの成功が濃厚であったなら、多少の救いはあったのに。


「あなたの小説の形をした告発のおかげで、陸海空軍の方々や一部省庁の人々も正義に目覚めたんです。『ネクタイなんてクソ喰らえ』ってね」


 そう言いながらグンペイは奥の方にいた部下から何かを受け取る。


 グンペイの手の上には王冠があった。


 グンペイは疑うことを知らないような純粋で透き通った声で王冠を見せながら俺にこう言った。


「あなたのおかげで私たちは悪魔に勝利することができました!どうかこの国の新しい王様になってください!」


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