第2話 生える

 都内で一人暮らしをしている友人に会いに行った時の話である。


 都内の大学へ進学した友人のMは、入学してから一年間は実家から通学していたが、遠くて大変だという事で2年生に進級すると同時に一人暮らしを始めた。

MもBやHと同様、高校生時代からの友人なのだが、地元でずっと一緒だった友人が仕方ない事情があるとは言え遠くに行ってしまうのは、今までのように気軽に会えなくなる事を思えばやはりそれなりに寂しさを感じる。

しかしそれと同時に、友人のアパートに遊びに行くという今までにない経験は楽しくもあった。


何度かMのアパートを訪れ通い慣れた頃、その日も前日からアパートに泊まり散々遊び倒した私とBは、地元へ帰る為に駅に向う道を歩いていた。

時刻は昼を過ぎたばかりだというのに私たち以外に行き交う人はあまりなく、街は閑散としていた。


駅に近い交差点に差し掛かった時、タイミング悪く信号は赤に変わってしまい、私とBは足を止めた。

横断歩道の向こう側には、同じように老夫婦が信号待ちをしている。

Bとの会話もちょうど途切れ、手持ち無沙汰に周囲を眺めて前方に視線を戻すと、信号が青から赤に変わろうと点滅していた。

思わず私の口から「え?」と声が出る。

確かにずっと信号を見ていた訳ではないが、視線を外したのはほんの僅かな時間だ。

さっき赤信号に変わったばかりなのに、何故今また赤に変わろうとしているのか。

しかも横を見れば、先程まで道路の向こう側に居たはずの老夫婦が自分の真横を通り過ぎようとしている。

もう一度「え?」と声を上げてBの方を振り返ると、彼女もまたポカンとした顔をして老夫婦と信号を交互に見ていた。


「信号、さっき赤になったばっかりだったよね?」


やはりBも赤信号で止まった後、一度足元を見はしたがすぐに顔を上げた所だったらしい。

人間の認識なんて曖昧であり、自分では意識を外したのが一瞬だと思っていても、実際は信号が変わるほどの時間が経っていたという勘違いは有り得るだろう。

しかし二人同時になんて、そんな事があるのだろうか。


私とBは腑に落ちないと言いながら、もう一度信号が青になるのを待ち、横断歩道を渡った。

その間もさっきの出来事は何だったのかと考えるが、答えなんて出るはずもなかった。


横断歩道を渡り終わる頃、不意にBが後ろを振り返ると、納得したとばかりに頷いた。

どうしたのかと問えば、Bは横断歩道の先を指差して言った。


「さっき私たちが立っていた場所から、手が」


其処には、無数の白い手が地面からびっしりと生えていたらしい。



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