第5話

 デート当日。

 私たちはショッピングモールで待ち合わせをした。


「やあ、乙羽さん。ごめんね、待たせてしまって」


「う、ううんっ。私も今来たところ」


 私服姿の瞳君を目にして、とくん、と早くも心臓が跳ねた。


 普段のきちんとした制服姿もいいけれど、シャツにスニーカー姿の瞳君も爽やかでかっこいい。


 一方、私は首元にリボンをあしらったフリルのワンピース。

 なんだかお人形さんみたいで恥ずかしいけれど、「初デートなんだから、これくらいしなきゃ!」と心愛ちゃんが張り切ってコーディネートしてくれたんだ。


「ひ、瞳君。この服、どうかな?」


「可愛いよ。乙羽さんにすごく似合ってる」


「あ、ありがとう。瞳君もすごくかっこいいよ」


 私はもじもじしながら声を返す。実際に沿う言葉を口にしたら、さらに頬にさっと朱が走った。


 こんなに爽やかでかっこいい王子様と今日一日デートするだなんて。いまだに信じられないし、考えただけでドキドキする。


「それじゃ、今日だけは特別にお互い彼氏と彼女ってことで。本当の恋人同士みたいに過ごしたほうが、乙羽さんもラブソングのイメージが湧きやすいでしょう?」


「そ、そうなのかな?」


「まあ、とりあえず試してみようよ」


 瞳君はそう言うなり、私の手をぎゅっと握ってくれた。心臓が飛び出してしまいそうなくらい、びっくりした。


 手のひらを通して伝わる瞳君の手の温もりが、ひどく私をドギマギさせて、とても平常心ではいられない。


「どう? 手をつないだら、何か思い浮かびそう?」


「う、うんっ! 新曲のイメージが湧いて来そうかも!」


「それならよかった」


 瞳君が安心したように口元をほころばせる。


 本当は頭が真っ白で、心臓がバクバクして曲作りどころじゃないけどっ。

 でも、瞳君が私のためにここまでしてくれているんだもの。

 何も思い浮かばないだなんて、口がさけても言えないよ……。


 それから、瞳君は私の手を引いてショッピングモール内を歩き出した。

 本屋に立ち寄ったり、ゲームセンターで遊んだり。瞳君と一緒にいると楽しくて、心に羽根が生えたように舞い上がってしまう。


 偶然立ち寄った雑貨屋では、可愛らしいイルカのペアネックレスを見つけて、


「乙羽さんさえよければ、これ、僕にプレゼントさせてくれないかな」


「でも、これってカップルがお揃いで身につける物だよ?」


「言ったでしょう。今日だけは僕たちは恋人同士だって」


 瞳君はそう笑って、購入したネックレスを私の首にかけてくれた。


「あ、ありがと……っ」


 顔が熱くて、なんだか妙な汗までかいてしまって、たまらない。


 水面を跳ねる形をしたイルカのネックレスは、二つ合わせるとハートの形になる。

 その片方を私が身につけ、もう片方を瞳君は自らの首にかける。


「これで僕も少しは乙羽さんの彼氏っぽく見えるかな?」


「も……もう……許して……っ」


 私は熱にうたれたように小声でそうもらし、完熟トマトみたいに真っ赤に熟れた顔を両手でおおった。

 

 初デートが甘々すぎるっ!


 こんな調子で瞳君に優しく甘くされ続けたら、私はきっとダメな子になってしまう。


「乙羽さん、何か言った? わっ、乙羽さん、顔が赤いよ! もしかして熱でもあるの?」


 瞳君は私の手を払いのけると前髪をすくい上げ、自らの額を寄せて、ぴたりと重ね合わせてきた。


「ふぇっ!?」


 瞳君の尊い顔に間近に迫られて。

 瞳君のぷっくりした唇が、息がかかるくらいすぐ近くにあって。


 ついに私の頭からボッ! と大量の白い湯気がふき出して、私の身体が背中から地面へとひっくり返りそうになる。


「乙羽さん、危ない!」


 瞳君が慌てて私の背中に手を回し、抱きかかえる。


「~~~~っ!?」


 私をぎゅっと強く抱きしめる瞳君。

 そして、瞳君に抱きしめられ、声にならない悲鳴を上げそうになりながら、今にも泣き出しそうな真っ赤な顔を彼の肩の辺りにうずめる私。


 心臓が破裂しそうなくらいドキドキと胸が高鳴って、痛いくらいだ。


 でも、こうして瞳君と身体を重ねていると、私以外の心臓の音も伝わって来て。



――え? もしかして、瞳君もドキドキしているの?



 うかがうように、瞳君の顔を見上げてみる。

 すると、瞳君もまた顔を赤く染め上げて、私をじっと見下ろしていた。


 至近距離で見つめ合う、瞳君と私。

 たちまち二人のドキドキが溶け合うように共鳴して、一曲の美しいハーモニーを奏で出す。



――もしかして、これが恋の音楽なのかな?



 初めての体験に、私の感性が意志を持ったように生き生きと働きはじめる。


「ご、ごめん!」


 瞳君が慌てたようにそっと私の身体を押し返す。


「う、ううんっ。私のほうこそごめんね。それと、ありがとう。私のことを支えてくれて」


 私は瞳君の身体から離れると、もじもじと下を向きながらお礼の気持ちを伝えた。


 本当は瞳君からもっとずっと『ぎゅっ!』ってされていたかったけれど、そんなことをされたら今度こそ本当に腰から砕け落ちそうだから、このタイミングで離れてちょうど良かったかもしれない。


 けれども、瞳君と触れ合った時に感じたときめきのハーモニーは、やがて私史上究極のラブソングへと進化を遂げていくのだった。




◇◆◇




 雷知との決戦の日。


 私が作った究極のラブソングと、瞳君の圧巻のパフォーマンスは審査員の皆さんを魅了し、見事に雷知を打ち破った。


 パフォーマンスを終えて肩で息をしている瞳君の首元には、シルバーのイルカのネックレスがまぶしく輝いていた。

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