第4話

「うーん……」


 夜、私は寮の部屋で譜面を広げてうなっていた。


「はあー。やっぱり、ぜんぜん思い浮かばないや……」


 机の前でため息をつく私。パジャマ姿の心愛ちゃんがたまらず声をかけてくれた。


「乙羽、大丈夫? だいぶ思いつめているみたいだけど」


「だって、私、まだちゃんと人を好きになったことないんだよ? それなのに、急に『ラブソング』を書けだなんて……」


 そんなの、無理すぎる。


 私たちが『アイドル部』に入部したせいで、瞳君は立花雷知と勝負をすることになってしまった。

 しかも、瞳君には、私が作った歌で勝負しなくちゃいけないという条件までついている。


 だから、私は早くラブソングを完成させなくちゃいけないんだけど、でも焦れば焦るほどかえってメロディーが浮かばなくなってしまって、参ってしまう。


「その上、瞳君にふさわしいラブソングにしなくちゃいけないし。難易度高すぎだよ」


 ついに私は弱音を吐いて、机に突っ伏した。


 平凡な歌では瞳君に恥をかかせることになってしまうし、やっぱり瞳君には究極のラブソングを贈ってあげたい。そう思うと、ますます曲作りが難しくなるのだった。


「まあまあ。そんなにプレッシャーに感じないでさ。上杉君のことを想って書けばいいんじゃない?」


「瞳君のことを?」


「だって、乙羽は上杉君のことが好きなんでしょう? だったら、その気持ちを素直に書けばいいじゃん」


「わっ、私、瞳君のことが好きだなんて一度も言ったことないよ……っ」


「えっ、ちがうの? 私、てっきりそうだと思ってた!」


 心愛ちゃんが目をくりくりっと丸くする。

 私は頬が熱くなるのを感じて、ぱたぱたと手で扇いで冷ましながら必死に答えた。


「もっ、もちろん、瞳君は素敵な人だと思うよ。でも、私とはあまりにちがう世界にいるっていうか……私みたいな子が好きになっていい人なのかな? って」


 心愛ちゃんに素直な気持ちを打ち明け、赤い顔でうつむく。


 瞳君は爽やかで優しくて、その上本物のアイドルみたいに歌もダンスも上手で、私からしたら王子様みたいな存在だ。


 けれども、瞳君はみんなにとっての王子様でもあるわけで。きっと私なんかよりふさわしい人がいるんだろうな、って思ってしまう。


 そうして落ちこんでいると、


「も~っ! 乙羽ったら、可愛いんだから~っ!」


「こ、心愛ちゃん……?」


 心愛ちゃんが急に抱きついてきて、なぜか頬をすりすりしてきた。


「仕方ないなあ。この心愛さんが、乙羽のためにひと肌脱いであげる!」


「えっ……? 本当に大丈夫?」


「大~丈夫っ! 任~せてっ!」


 心愛ちゃんは一たび胸を叩き、誇らしげに満面の笑みを浮かべている。


 なんだか不安でしかないんだけど……。




◇◆◇




 翌日。

 休み時間に次の授業の準備をしていると、


「乙羽さん。ちょっとお話いいかな?」


 ふいに、私は瞳君に廊下へと呼び出された。


「瞳君、お話ってなに?」


「乙羽さん、ラブソングを作るのに苦労しているんだって?」


「どうしてそれを?」


「さっき今川さんから聞いたんだ。僕にできることなら、なんでも言ってほしい。僕は協力を惜しまないよ」


 瞳君はそう言って、私を安心させるような優しい笑みをこぼす。

 その笑みを目の当たりにして、私の心にもぱっと明るい花が咲いた。


「ありがとう。でも、瞳君に協力してもらうことなんて……」


 いったい、何があるだろう?

 メロディーが浮かんで来るかどうかは私自身の問題であって、瞳君の手を借りることじゃない気がする。


 すると、瞳君が照れくさそうに切り出した。


「じゃあ、明日の休日、僕とデートしてみる?」


「……へっ?」


 瞳君のあまりに唐突な申し出に、体温がみるみる上昇し、真っ赤な顔からボッ! と煙がふき出した。


「い、いったい何を言い出すのっ、瞳君?」


「だって、乙羽さん、今川さんにこう打ち明けていたんでしょう? ――実際に僕と恋人みたいにデートしてみたら、いい曲が浮かんで来るかもしれない、って。今川さんが教えてくれたよ」


 心愛ちゃん~~っ!!


 昨日の夜、絶対何か企んでいるなって怪しんでいたけれど、お節介にもほどがあるっ!


「そ、それは……瞳君の誤解です……っ」


 私は力なくそうつぶやき、赤面した顔を両手でおおった。あまりに恥ずかしくて、もうしくしく泣いてしまいたい。


 そんな私の手を、瞳君がいきなり奪い取る。

 そして、ハッと驚く私に向かって、白い歯をこぼして告げた。


「別に、僕はかまわないよ。乙羽さんとならデートしても」


「えっ?」


「それに――こんなこと、乙羽さんにしか言わないよ」


「ふぇっ? それって、どういう……」


「それじゃ、明日。楽しみにしているね」


 瞳君は短くそう言うと、足早に教室へと去っていった。


 心なしか、瞳君の耳がほのかに赤く色づいていた気がしたけれど。

 きっと私の見まちがいだよね?

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