第3話
『アイドル部』のレッスンスタジオ。
壁一面に鏡が備えつけられた広々とした空間に、なぜか私は立っていた。
ちなみに、『アイドル部』は男子のみが入部できる決まりがある。だから、本来私がここに足を踏み入れることは許されないはずなのだ。
それなのに。
瞳君が、他の部員の皆さんに私を紹介する。
「この子が、僕に楽曲を提供してくれた浅井乙羽さんです」
「は、はじめまして。浅井乙羽です。よろしくお願いします」
私が丁寧におじぎをすると、明るい歓声と歓迎の拍手がわき起こった。
実は、瞳君がオーディションで歌った私の歌が『アイドル部』の皆さんの間で大きな話題となったみたいで。
後日、ぜひうちの部に来てほしい、と熱烈にスカウトされ、あれよあれよと、私まで瞳君と一緒にアイドル部に所属することになってしまったのだった。
瞳君がさらに紹介を続ける。
「そして、もう一人」
「乙羽の親友の今川心愛でーすっ! よろしくお願いしまーすっ!」
心愛ちゃんが屈託のない満面の笑みを弾けさせる。
私はひそひそと心愛ちゃんに耳打ちした。
「どうして心愛ちゃんまでここにいるの?」
「言ったでしょう? 乙羽のことは私が守るって。男子部員の中に女子が乙羽一人だけだなんて、危なすぎだよ。乙羽にはこの私がちゃんとついてなきゃね。それに――」
「それに?」
「『アイドル部』って言ったらイケメンの宝庫じゃない! 乙羽ばっかりズルい~っ!」
「うん。そっちが本音だね」
こうして、私は『アイドル部』の楽曲担当、心愛ちゃんはマネージャーとして、二人は特別に入部が許可されたのだった。
私と心愛ちゃんを囲んで、わいわいと盛り上がるアイドル部の部員たち。
しかし、その輪から離れた場所で壁に寄りかかり、不機嫌そうに眉をつり上げる一人の少年がいた。
彼の名前は立花
「俺は認めないからな」
雷知は苛立ちをかくさず、つかつかと私たちの元へと歩み寄る。
そして、私たちの目の前で立ち止まると、おどすような声で言った。
「ここはお前たちが来て場所じゃねー。さっさと出てけ」
私は思わず一歩後ろにたじろいだ。男の子はやっぱりちょっと怖い。
けれども、心愛ちゃんの反応は、私とは正反対だった。
「気に入らないなら、アンタが出て行けばいいじゃない。このちんちくりん」
「ちんちくりん言うなっ!」
勇ましい雷知に引けを取らず、いがみ合う心愛ちゃん。頼もしいやら、心配やら。私は苦笑するしかない。
見かねた瞳君がすかさず二人の間に割って入る。
「まあ、いいじゃないか。乙羽さんの音楽の才能は本物なんだし、一人くらいマネージャーがいたって」
「なんでお前が仕切るんだよ。俺は前からお前のことも気に食わなかったんだ。お前のほうが俺よりオーディションで上位だったなんて、俺はまだ認めてないからな」
雷知は腕を組んで怒り出し、さらに勢いよく切り出した。
「この際だ、一騎打ちといこうじゃねーか。俺と勝負しろ、上杉瞳!」
「勝負?」
瞳君が眉をひそめる。一方、雷知は勝ち気な笑みをこぼす。
「お前がそいつの作った歌でパフォーマンスを披露し、俺に勝てたら文句は言わねえ。だが、俺が勝ったら、上杉にもそいつらにも出て行ってもらうからな!」
そんな……っ!
私や心愛ちゃんならともかく、瞳君まで『アイドル部』を辞めさせようとするなんて、そんなのあんまりだ。
そんな勝負、受けることないよ!
私はそう告げようと口を開きかけた。
けれども、私が声を発するよりも早く、瞳君が言い切った。
「いいよ。雷知がそれで納得するなら」
「瞳君っ!?」
瞳君と雷知の視線が宙で交わり、バチバチと火花を散らす。
「勝負は一週間後!」
「勝負の内容は?」
「そうだな。アイドルには絶対に欠かすことのできない定番ソング――『ラブソング』対決っていうのはどうだ?」
「ああ、望むところさ!」
こうして、ついに瞳君は雷知と勝負することになってしまった。
二人のすぐそばで聞いていた心愛ちゃんが、不満たっぷりな顔で唇をとがらせる。
「なんか、雷知ずるくない? あいつが負けても退部しないのに、上杉君が負けたら辞めさせようとするだなんて。サイテー」
「うん。ひどいよね」
今回ばかりは、私も心愛ちゃんに激しく同意。
「これだから女子は嫌なんだよっ!」
雷知がぷんすか怒り出したのは言うまでもない。
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