第2話
放課後、私は音楽室で一人ピアノを弾いていた。
自分で作った曲を奏でる気持ちよさは、何物にも代えられない。完成した歌を軽く口ずさんでみると、心がふわりと舞い上がるような心地よさに包まれる。
すると、パチパチと拍手をする音がふいに私の耳をついた。
驚いてふり返ると、立っていたのは瞳君だった。
「瞳君、いつから聞いていたの?」
「乙羽さんがピアノを弾きはじめた辺りから。偶然、音楽室の前を通りかかったら、乙羽さんの姿が見えてね」
それって、つまり最初からってことだよね?
急に恥ずかしさがこみ上げて来て、私は頬を朱に染めながら、すねたように言った。
「いたなら、もっと早く声をかけてくれればよかったのに」
「あまりに素晴らしくて、つい聞き入ってしまってね。それ、この前書いていた歌だよね?」
「うん。でも、自分で歌うのはちょっと気が引けて。私、歌うのはそんなに上手なほうじゃないから」
実は、私は歌を作るのは好きだけど、歌うのはあまり得意じゃない。
テレビや動画で同じ年齢くらいの子がきれいな歌声を響かせているのを聞くたびに圧倒されて、ああ、私には歌は作れても歌う才能には恵まれていないのかな、って思い知らされたりもする。
「でも、よかった。こうして乙羽さんと二人きりになれるチャンスがあって」
「えっ……?」
瞳君の謎めいた発言に、とくん、と心臓が小さく跳ねる。
瞳君はきれいな顔をほころばせ、不敵な笑みをこぼしている。
――『それって、絶対告白だよーっ!』
心愛ちゃんの声が耳の奥によみがえり、私の顔はさらにカアアッ! と熱くなる。
――瞳君、いったい何を言い出す気?
私はドギマギしてうつむき、腿の上においた手をもじもじと遊ばせる。
そうこうするうちに、瞳君は私が座るピアノの椅子のすぐそばまでやって来た。
そして、いきなり腕を伸ばすと私の手を取った。
「きゃっ!?」
「実は、乙羽さんにお願いがあるんだ」
瞳君がキリッとした真剣な顔で切り出す。
一方、私は急に男の子の手に触れられた感触にビクッとして、頭が真っ白になってしまい、
「ごっ、ごめんなさいっ!」
つい条件反射でそんな言葉を叫んでしまった。
瞳君がきょとんとした顔で口を開く。
「僕、まだ何も言ってないんだけど」
「えっ? だって、その、私、まだ恋とかしたことなくてっ。もちろん、瞳君のことはすごく素敵だなって思っているよ。でも私、今までお付き合いなんてしたことないし……心の準備が……っ」
「乙羽さん。いったい何の話をしているの?」
「……ほぇっ?」
てっきり告白されるのだと思いこんで、火照った頬で慌てふためく私。
不思議そうに首をかしげる瞳君。
二人の間に、微妙な空気が流れ出す。
それから、瞳君がフフッと笑いながら言った。
「僕がお願いしたかったのは、乙羽さんが作った歌を僕に歌わせてくれないか、ってことだったんだけど」
「私の歌を?」
「うん。うちの学校に『アイドル部』があるのは知っているだろう?」
それなら聞いたことがある。
ミソラ学院中等部にはイケメン男子のみが集う『アイドル部』があって、そこから実際に芸能界デビューを果たした人も多いらしい。いわば本物のアイドルを目指す男の子たちの登竜門というわけだ。
「でも、『アイドル部』に入部するためには、厳しいオーディションを突破しなくちゃならなくてね。そこで、乙羽さんの歌を僕に歌わせてほしいんだ」
「私の歌なんかでいいの? 大事なオーディションなんでしょう?」
「だからさ。乙羽さんが作った素晴らしい楽曲と、僕のパフォーマンスが重なれば、きっとどんなオーディションだって勝ち抜ける――不思議とそんな勇気が湧いてくるんだ」
そう語る瞳君の表情はキラキラと輝いて、光の粒子をふりまくようにまぶしくて。
見つめているだけで、私の心臓がしぜんと鼓動を速めていく。
「じゃあ、この間、私に興味があるって言ったのは?」
「乙羽さん、たくさんの歌を作っているみたいだったから。よければ、僕に楽曲を提供してほしいなって」
瞳君はきれいな人差し指で頬を軽くかき、はにかんだように笑う。
ああ、私ったら、何という勘ちがいを……。
瞳君はこんなにも純粋に私の歌を求めてくれているのに、私ったら、恋の話だとばかり思いこんで、告白されたらどうしようと勝手に焦ったりして。
私は真っ赤に染まった顔を両手でおおい、うつむいた。もう、穴があったら入ってしまいたい。
「お願いだよ、乙羽さん。君の歌を僕に歌わせてほしい。……ダメ、かな?」
「ううん、ダメじゃない。むしろ、私も歌ってほしい。私の歌を、瞳君に」
たとえどんなに納得のいく歌が作れたとしても、私では上手に歌ってあげられない。
けれども、もし瞳君に歌ってもらえるのだとしたら、こんなに幸せなことはない。
「私の歌に、瞳君が命を吹きこんで。そして、天高く自由に響かせてあげてほしい」
「分かった。約束するよ」
瞳君は固く誓い、フッと微笑む。
そして、一歩前へ踏み出したかと思うと、いきなり私に優しくハグしてきた。
「ありがとう、乙羽さん」
「ど、どういたしまして……っ!」
きっと瞳君にしてみたら、ハグは私への感謝を伝えるための行為にすぎないのだろう。
けれども、私にとって、それはあまりに不意打ちで。
心臓がバクバクと痛いぐらいに跳ねまわり、頭がカアァッと熱くなっていく。
離れてから、瞳君の顔をふたたび見上げてみる。
瞳君の罪のない笑顔はあまりにまぶしく、未来への希望の光に満ちあふれていて。
私の身体はさらに熱を帯びていくのだった。
後日、瞳君は見事オーディションを突破し、晴れて『アイドル部』の一員となった。
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