第1話
きっかけは、とても単純なものだった。
「これ、浅井さんの?」
教室でとなりの席に座る上杉瞳君が、私が落とした一枚の譜面を拾ってくれたのがはじまりだった。
「えっ……?」
ふいに優しい声をかけられ、ドキッとする。
瞳君は、誰もがふり返るような、爽やかでかっこいい優等生の男の子だ。
ミソラ学院中等部に入学してまだ間もないのに、彼の人気ぶりはすごくて、すでにファンクラブまであるらしい。
そんな学年一の王子様みたいな瞳君に声をかけられて、人見知りな私はつい身構えてしまう。
けれども、瞳君は拾い上げた譜面を興味深そうに眺めると、私の緊張を解きほぐすような柔らかい声でたずねてくれた。
「もしかして、この歌、浅井さんが作ったの?」
「う、うん。私、昔から歌を作るのが大好きで。上杉君から見たら、変な歌かもしれないけど」
「そんなことないよ。むしろ素敵な歌で驚いたよ。すごい才能だね」
「嬉しい。ありがとう、上杉君」
「それと、僕のことは名前で呼んでくれてかまわないよ。僕もこれからは『乙羽さん』って呼ぶからさ」
「う、うん。じゃあ、『瞳君』」
「ふふっ。よく出来ました。それじゃ、これ」
瞳君はそう言って微笑み、私の譜面を返してくれた。
そして、流れるように顔を近づけて来たかと思うと、私の耳元でそっとささやいた。
「よかったら、今度、二人きりで話せないかな? 僕、乙羽さんに興味があるんだ」
「えっ……?」
びっくりして、赤い顔で瞳君を見上げる。
瞳君はニコッと白い歯をこぼし、軽く手をふって私の元を去っていった。
◇◆◇
「ええーっ! それって、絶対告白だよーっ!」
夜、寮の同じ部屋で過ごす今川
「しーっ! 心愛ちゃん、声が大きい」
「えへへ。ごめん、ごめん」
心愛ちゃんは悪びれもせず「てへっ」と笑う。
私が通うミソラ学院中等部は、音楽に秀でた生徒が全国から集まってくる学校で、卒業生の中には、音楽業界はもちろん、芸能界で活躍する人も少なくない。
そして、私は今この学院の寮で生活している。そこで私と同じ部屋を割り当てられた心愛ちゃんと一緒に暮らすようになり、いつしか何でも打ち明けられる関係になっていた。
私は頬を赤らめて否定する。
「こ、告白だなんて、そんなことあるわけないよ。だって、あの瞳君だよ? みんなの王子様だよ? そんなすごい人が、どうして私なんかに……」
「へー、もう名前で呼び合う仲なんだー。ますます怪しい」
「ち、ちがうからっ。瞳君とはたまたま席がとなりだっただけで。それに、瞳君が『名前で呼んでくれ』って言うから」
「それは、上杉君が乙羽のことが好きだからだよ。嫌いな相手にそんなこと言うはずないもん」
「で、でもっ、私たち、まだ出会ったばかりだよ?」
「私は乙羽だったら分かる気がするなー。だって、私が男の子だったら、乙羽のこと放っておかないもん」
「うぅ……っ」
心愛ちゃんは茶目っ気たっぷりに言い、さらに続ける。
「で、乙羽はどうするの? 上杉君と付き合うの?」
「だから、まだ告白されるって決まったわけじゃ」
「じゃあ、もし告白されたらどうする?」
「どうするって……」
そんなこと、考えたこともない。
だって、私みたいな普通の女の子が、瞳君みたいな学年の王子様に告白されるはずないもの。
――でも、もし本当に心愛ちゃんの言う通りだとしたら。
ふいに瞳君の爽やかなまぶしい微笑が浮かんできて、たちまち顔が熱くなり、頭からボッと白い湯気がふき出した。
「ははぁー。その様子じゃ、乙羽も案外まんざらでもないみたいだね」
「かっ、からかわないで……っ」
私は今にも泣き出しそうな真っ赤な顔で抗議する。
「そ、それに、もし仮に私が瞳君と付き合ったりなんかしたら、大勢の女の子を敵に回すことになっちゃうよ」
私が困ったように言うと、心愛ちゃんがフッと口角を上げた。
「乙羽、なんのために私がここにいるんだと思う? 乙羽のことは私が全力で守ってあげるっ!」
「心愛ちゃん……?」
なんだか心愛ちゃんが急にイケメンに思えてきた。
心愛ちゃんは大きな瞳をキラキラと輝かせ、ぽんっ、と私の肩に手を置くと、親指をbの形に立ててみせた。
「だから、安心して上杉君と付き合っちゃえ! 私は応援するよっ!」
「……心愛ちゃん。絶対楽しんでるよね?」
「てへっ。バレた?」
「もう、人の気も知らないで」
でも、絶対にあり得ない話だけど――もし万が一、本当に告白だったとしたら。
いったい私はどうすればいいの?
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