第44話 鞘の価値


 クレイモラン領での戦闘が始まってから3日。

 建物からは、火と煙が。井戸の水は、毒に汚染され、食料は、奪われる。泣き叫べば殺され、慈悲にすがろうとすると殺され、立ち向かうと殺され、逃げると殺される。


 それが3日続けばどうなる?


 答えは、自害するか、息を潜め縮こまるの2つらしい。


 どうしようもないし、どうもできない。


 「随分、静かになったもんだ。街灯や建物から漏れ出る灯りが無くなったおかげで、星が良く見える。そう、思わないか?クレアさん?」


 俺は、今、伯爵家にお邪魔している。そして、とある一室の扉を開け、中に居たクレアさんに話しかけた。


 「ふっ...あははははっ。私は...私は、貴方がここまでするとは思っていなかった!もういいでしょ!?私たちは、罪の対価を支払いました!まだ、足りないのですか!?」


 情緒不安定になっているクレアさん。誰に痛めつけられたかは知らないが、顔が腫れている。


 「契約を破ったのは、貴女です...クレア・フォン・クレイモランさん。私や私の仲間に八つ当たりしないでください。」


 顔を歪め、口元から血を流すクレアさんは、鞘から剣を抜き、俺に斬り掛かる。それを最小限の動きで避ける。何度も避ける。


 「はぁ、はぁ、はぁ。化け物...」


 「息が上がるのが早いですね、クレアさん。我々との契約を破るだけでなく、あまつさえ攻撃をするとは...正気の沙汰ではないですね?」


 自分がどういう結末になるのか分かった上で、歯向かってくるのは、時間の無駄でしかない。


 「うるさい...黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ!なんで私がこんな目にあわないといけないのですか!!全ては、あなた達が悪いのです!」


 「責任転嫁は、やめて頂きたい。喚いたところで、状況が変わることはありませんよ?」


 洗礼された動きであれば、避けずに受け止め、払い除けていた。しかし、怒りに身を任せ、子供が駄々こねているような動きでは、到底、剣は俺に届かない。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。私は!私は、貴方のせいで、毎日怯えて生活をしていました!こんなことになるなら、初めから、こうべを垂れ、慈悲を請いました!」


 「はぁ、そうですね。それが賢い選択でした。でも、それをしなかった。クレアさんの選択が間違ったせいで、このような惨状が生まれた。どう考えても、クレアさん。貴女が悪いのです。」


 「ああぁぁぁぁっ!それ以上言うなっ!」


 横になぎ払われた剣を、伯爵家の紋章が施されたナイフの鞘で受け止める。


 「そ、そのナイフは!!返せっ!」


 返して欲しいなら、剣を振るうのをやめて頂きたいのだが...。鞘で受け止め度、紋章が削れていく。


 「クレアさん?どうして、そこまでして、返して欲しいのですか?」


 ピタッと動きをとめ、鞘を見つめる。傷ついた鞘は、もう、伯爵家の紋章と判別出来ない。


 「アルディア国王陛下から献上された代物だから...我が家の家宝であり、上流貴族である証明!それを、貴方たちが奪って傷付けたせいで!私たちは、笑い者にっ!」


 「なんだ。それだけの為に、必死になっていの?笑える。俺も一国の王だ。やるよ、これ。」


 貴族にとって、民の命よりも大事な代物だったらしい。こんな鞘のために、多くの命が無くなった。


 「あははははっ!やっと、やっと取り戻したわ!これで、私は許される!」


 投げつけた鞘を宝物のように、抱きしめ歓喜するクレアさん。


 「聞いて呆れるという言葉の意味がよく分かったよ。アホくさ。伯爵もこれのためだけに、俺たちに喧嘩を売ったのかよ...理解出来ん。全く理解出来ん。もう、いいや。もう、帰るわ。」


 色々と情報を聞き出す予定だったけど、どうでも良くなった。我々の存在なんて、どうでもいいのか?本当に、考えていないのか?見えないのか?ふざけるなよ。死ねよ。

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