第36話 魔用紙
門兵が去ってから30分くらい経ったかな。もうそろそろ引き上げだな。残念だよ、クレイモラン伯爵。
「待つのに飽きたし、一旦引こうか。イリアさんが魔法の的にしたという獣人は、ソフィアさんとジュシカさんのお姉さん的存在だったんだよね?」
「恐らくそうなの。」
影から返事が聞こえた。
これは、夜になったら影スキルで侵入して...
「スキルに頼り過ぎて、足元をすくわれる可能性を考慮しなくてはいけないか。何らかの魔道具を使用して、スキル無効化されるかもしれない。実際にそういった能力をもつキメラもいたし...やはり、俺だけでも正攻法で門をくぐった方が良さそうだな。」
「ナインさん、決まりましたか?」
御者席に座っていた俺の隣にいるロジェさんが指示を待っている。
「一旦引こう。もう少し、考えを練りたい。」
「分かりました。はっ!」
ロジェさんは、馬の口に噛ませる棒状の金具である馬銜はみを軽く振り、メロスを走らせる。俺は、馬銜はみを操ることが苦手。なんか、強制をしているように感じてしまう。
城壁から離れ、追っ手がこないか警戒する。案の定、一定の距離を保ち、兵士3人ほどついてくる。
「これは、クレアさんの交渉が上手くいかなかったと判断しても良さそうだ。俺は、敵にわざわざ情報を与えたマヌケになってしまう。」
顔を何度も横に振り、否定するロジェさん。
「そんなことはありません。決して。ナインさんが与えた情報は、あくまで旅人であるというだけ。まぁ、カッコ良さも伝わってしまったかもしれないですが...。」
あの交渉を聞いていた彼女が、俺の事をどう思っているのか再度問いただしたい。そんな気持ちをぐっと堪える。
「カッコ良さは、分からないけど、ただの旅人ではないと思われている。なんせ、契約書に使ったあの用紙は、大変貴重らしいからね。」
魔法糸を編み込み、強い力でならし、糸と糸の隙間を魔石を砕いた粉状のもので塞ぎ、魔力を流して、1枚の紙にする。かなりの労力を消費するため、1年に何百枚も作れないと、キメラの研究していた者たちが作成した本に書かれていた。
キメラの生態だけではなく、魔道具、その他諸々の道具の開発をしてくれたおかげで、俺たちは、エタンセルを復興させ、快適に暮らせている。
「エタンセルでは、貴重な研究内容の全て魔用紙で記していますから、私たちにとって、見慣れた紙なんですけどね。ふふっ。」
キメラの研究者たちは、魔用紙を作成させる装置を完成させていた。素材さえ用意すれば自動で作成してくれる。その素材は、全てキメラで賄えられる。
「キメラを丁寧に解体してくれたノーラさんには感謝だよ。毛の一本も余さず、素材として使えるからね。魔用紙にしか使えない、インクだってキメラの血だし。」
エタンセル付近のキメラは狩り尽くした。だが、それが全てではない。まだ、最果ての地には、多数のキメラが存在する。最果ての地は、広大で魔境だ。
「キメラ一体だけで、多くの物が出来上がりますから、今となっては、素材の塊にしか見えません。ふふっ。また時間があれば狩ってきます。」
ロジェさんとアマンダさんは、金策のため、キメラを狩って持ち込んでることが多々ある。金をちょろまかされても十分に元が取れるから放置している。正直、金よりキメラの素材の方が価値が数十倍も高い。
「どんなキメラがいるか分からないから、慎重に狩るんだよ?」
目を細め、口角をあげる、ロジェさん。
「心配して頂きありがとうございます。万全を期して狩りをしております故、ご安心を。ナインさんを悲しませることは、決していたしません。」
「それなら、いいけど。乱獲だけは、ダメだからね。」
「心得ております。そろそろ、追っ手を撒きますか?」
「うーん...敵の言い訳を聞いてみたいから。1度馬車を止めてくれる?」
「かしこまりました。」
さて、どんな言い訳するのか楽しみだ。
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