第4話

未明を過ぎた頃、ようやく雨は小降りになってきました。

クシはふと目を覚ましたものの、まだ眠いのか、菰の中で身体を丸くしていました。

「今日は、儂らは山には行かんよ」

身動ぎする気配に気付いたのか、木樵の老人が誰に言うともなく呟きました。

「大雨の後は道が泥濘むから、山には行かず、道具の手入れなどをしておくよ。」

「夜が明けたら、お父さんを迎えに行ってもいい?」

うとうとしながらクシが問いかけた時には、老人はすでに深い寝息を立てていました。


クシの父は2日ほど前、同じ村の猟師と、それから牛飼いの男と共に、市場まで出かけていたのでした。

猟師は仕留めた獲物の毛皮や肉を、木樵であるクシの父は山から切り出した薪を、それぞれ牛の背に積んで運び、市でそれを商うのです。

市に行くためには、大きな山や谷を避けて遠回りしながら歩くので、往復に数日掛かるのが常でした。

朝の明るい日差しが小道に差し込んできました。

クシが歩いていると、ちょうど苧麻を収穫しているクラ母娘と出会いました。

「あんた、どこ行くの! 今日は山に行かないの?」

甲高い声で話しかけてきた少女に、クシはちょっとだけ面倒臭そうな顔をしました。

が、クラの母親が穏やかにほほえんでいるのを見て、警戒心を解いて母娘に近付いていきました。

「昨夜はお天気が酷かったねえ。今日はお父さんを迎えに行くの?」

「うん。雨で山が荒れてるから、爺ちゃんと婆ちゃんも、今日は山に行かないって。だから、麓までお父さんを迎えに行っていい、って。」

クシは答えました。

「ねえねえ、この籠はなに?」

クラは目敏く、クシの背負い籠を見つけました。籠の中身はまだ空です。

「麓に行ったついでに野草を取ってくるんだよ。河原にはいろいろ生えてるだろ?」

「採って、どうするの? 食べるの?」

「食べる時もあるし、お湯で煮出して飲む時もある。薬になるんだ。知らないのかよ。」

クラは、自分とそれほど年の違わないクシから、野草の事を知らないのかと言われて、明らかにむっとしたような表情を見せました。

クラの母はすかさず、

「今度クラにも教えてあげるから、一緒に野草を取りに行こうね。クラが時々、野草を採ってきてくれるとお母さんも助かるわ。」

と、癇癪を起こしそうな娘を宥めるように言い繕いました。

「お母さん! 私も早く、機織りしたい!」

「もうちょっと、大きくなったらね。今は苧麻取りと糸の作り方を覚えてちょうだい。」

母娘は再び、苧麻を刈り取り始めました。

クシは小道をまた歩き出しました。

-こうして、村人達はお互いにちょっとした挨拶やお喋りを交わし合いながら、いつも通り、それぞれの朝の仕事を始めたのです。











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