第19話
悠ちゃんが美沙さんと交際を始めた事を知った。悠ちゃんが嬉しそうに報告してくれたからだ。
悠ちゃんが幸せならそれで良い。前みたいに遊びに行ったり出来なくなって寂しいけど……今の関係を出来るだけ崩さず、応援したいと思う。
それから月日が流れる──。
バドミントン部の友達から、悠ちゃんの噂を聞く。友達は美沙さんが悠ちゃんを良い様に使ってるんじゃない? 大丈夫? と、私と悠ちゃんの心配をしてくれていた。
もちろん心配だ。心配だけど……悠ちゃんは私に愚痴を言ってこない。頼りにされないなら、私の出る幕じゃないのかもしれない。
そんなある日──休み時間に入ると、中学の時に転校して、なかなか会えなくなってしまった女友達から携帯にメールが届く。
懐かしいな……会ったら何して遊ぼう? 遊んだ後は御飯も一緒に遊ぼうと書かれていたけど、何が良いかなぁ……。
私がウキウキで自分の席に座りメールを見ていると、悠ちゃんが近づいてくる。
「お。チーなんだか嬉しそうだけど、何かあったのか?」
「分かる? ほら、中学に転校してしまった女の子いたじゃない? その子から遊ぼうって連絡が来たんだ」
「へぇ……」
「その後は御飯も一緒に食べようって誘われてるんだけど、何か良いところ知ってる?」
「駅前に新しく出来たイタリアンの店はどう?」
「あ~、良い! パスタ食べたいぃ~」
私のめっちゃパスタ食べたい気持ちが、悠ちゃんにちゃんと伝わった様で、悠ちゃんは苦笑いを浮かべる。
「じゃあ楽しんでおいで」
「うん!」
悠ちゃんは私の様子がいつもと違ったから、気になっただけなのか、私の返事を聞くと、自分の席の方へと歩いて行ってしまった。
※※※
その日の夕方。私は家でネイビーのワンピースに着替えると、待ち合わせ場所の駅に向かった──私達は合流すると、駅の近くの雑貨屋さんや服屋さんを見て回る。
「あ、次。あの本屋に寄ってみて良い?」
「良いよ」
私がそう返事をしたとき、携帯の着信音が鳴った。
「あ、ごめん。電話に出て良い?」
「うん、どうぞ」
「ありがとう」
私はハンドバッグから携帯を取り出すと、誰からなのか画面をみて確認する──バドミントン部の友達? なんでこんな時間帯に? 私は胸騒ぎがして、直ぐに電話に出た。
──電話の内容は、悠ちゃんが美沙さんに別れを告げ、まだ部活が終わっていないのに出て行ってしまったとの事だった。どうしよう……気になる。
「何かあったの?」
友達にそう聞かれ、私は慌てて首を振る。気になるけど、ここで抜け出したらせっかく誘ってくれた友達に悪い。
「そう。じゃあ行こうか?」
「うん……」
──悠ちゃんから別れを告げた? 優しくて、なかなかそんな事を言い出せない、あの悠ちゃんが……?
もしかしたら、美沙さんに対して相当ストレスを抱えていたのかもしれない。だから今日、私の所に来たのかな?
だったら頼りにされないなら、私の出る幕じゃないって、意地張ってないで、いつもの通りダメダメねって聞いてあげれば良かった!
「──ねぇ千秋? 聞いてる?」
「あ、ごめん……聞いてなかった」
「そう……」
友達は聞いて貰えなかった事が悲しかったようで、急に元気が無くなる。このままでは友達を傷つけてしまう。だったら──。
「突然で、ごめん! 私、用事が出来ちゃったの。この埋め合わせはいつかするから、今日は帰って良い?」
私が正直に打ち明けると、友達はニコッと笑ってくれる。
「良いよ。そんな気がしてたから、用事があるなら行って良いよって言ったんだよ」
「なぁんだ……ありがとう!」
「うん!」
優しい友達に感謝しながら、私は全力で走り出す──悠ちゃんが悲しくなった時に向かう場所。私はそれを知っている。
──家の近くのこの公園だ。悠ちゃんはおばさんと喧嘩した時など、悲しい時はここのベンチで座っていた。今日も居るはず。
私は走ってきたことを悟られない様に、息を整えながらベンチに向かう──居た。
なんて悲しい顔をしてるんだ。なんだかこっちまで悲しくなる。でも私は悠ちゃんが美沙さんを振った事は知らない事になっている。笑顔……笑顔で明るく話しかけるんだ。
「あれれ、まだ部活が終わる様な時間じゃないのに、なにをしてるのかしら?」
私がそう声を掛けると、悠ちゃんはゆっくりと顔をあげる。
「チー、お前こそ何をしているんだ? 用事があるからって早く帰っただろ?」
「私はその用事が済んだ帰り」
「どうして俺がここに居るって分かったんだ?」
どうしてここに居るか分かった? 何だかしっくり来ない質問だけど私は「え? なんとなく」と返事をする。
「なんとなくねぇ……お前の何となくは凄いな」
「でしょぉ~」
悠ちゃん、なんか感じ取った? こういう時、たまに鋭い事があるからなぁ……でもここは変に表情を変えると気付かれる。ここは笑顔で返すのが一番だ。
私が笑顔を見せると、悠ちゃんは考え事を始めたのか、黙り込む。
「隣、良いですか?」
「うん、どうぞ」
ここでいつもの距離感で座られるのは嫌かもしれない。私はそう思い、人一人分ぐらい距離をあけてベンチに座った。
「──悠ちゃん……何かあった?」
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
「悠ちゃんが公園にいるなんて、珍しいからさ」
どうして? って聞かれて一瞬、ヒヤッとしたけど、何とか上手く返せたかもしれない。悠ちゃんは悲しい時ぐらいしか、ここには来ない。それは悠ちゃん自身も自覚をしている。
──悠ちゃんは少しの沈黙を挟んだが、正直に今までの不満を話してくれた。腸が煮えくり返り、表情に出そうなのを必死に堪える。ここでそんな表情をすれば、悠ちゃんに心配を掛けてしまう。
「そう……」
「ほんと……俺ってダメダメだな。あの時、チーの忠告をちゃんと聞いていれば、こんな事にはならなかったのにさ。はは……」
何を言っちゃってるの? 悠ちゃん……ここは御説教が必要な様ね。私は悲観的な悠ちゃんに我慢できず「ほんとダメダメね」
「面目ない」
「勘違いしないでね。私がダメダメって言ったのは、そうやって悲観している所! 悠ちゃんは誰に何と言われようとも、あの人を信じ抜いた。それは誰にでも出来る事じゃない!」
私は悠ちゃんの方に顔を向け、悠ちゃんの肩にポンと手を置く。
「だから悲観なんてするんじゃないわよ! 大丈夫。きっと何処かで、そんな悠ちゃんのカッコいい姿を見て、好きになってくれる人はきっと居るからさ」
私がそう言うと、悠ちゃんはポロポロと涙を流し始める。
え、え、悠ちゃん泣いちゃった……私、言い過ぎた? ごめんよぅと、最初はオロオロしたけど、よく見ると、悲しいというよりスッキリとした表情をしていて安心する。
私は悠ちゃんが必死で涙を拭っている所へ、手を伸ばし、少しでも安心して貰いたくて、悠ちゃんの頭を撫でた。
大丈夫……何があろうと私は悠ちゃんの側に居るからね。私はその想いに少しでも気付いて欲しくて、「案外……その人は近くにいるかもね」と、ポロっと本音を漏らす。
その声は悠ちゃんに聞こえたらしく、悠ちゃんは私の顔を見つめてきた。急に恥ずかしくなり私は慌てて、悠ちゃんから顔を逸らした。
「ありがとう……チー」
「うん」
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