第18話

 授業が終わり休み時間に入ると、悠ちゃんは席を立ち、廊下に出る。悠ちゃんは規則正しくトイレに行くから、きっと向かったのはトイレだろう。


 仕方ない。今日もハンカチを届けてあげるか──私は少し様子をみてから席を立ち、トイレに向かって歩き出した。

 

 廊下を歩いている途中で、悠ちゃんがトイレから出てくるのが目に入る──でも、悠ちゃんと同じバドミントン部に入っている田口 美沙みさが先に話しかけた。


 私はあの人が苦手だ。友達の知り合いだから、朝、挨拶をするものの返事が返ってきたことが無いし、なんといっても中学の時、人気だった男子に手を出したと嘘の噂を流され、陥れられた事がある。


 そんな事あるはずがない。だって私は──。


「おはよ、悠介ゆうすけ君」

「おはよう」

「今日も部活に行くでしょ?」

「うん、行く」

「じゃあさ、サーブの練習、付き合ってよ」

「いいよ」

「ありがとう。じゃあまた、部活で」

「うん」


 二人の会話が終わり、美沙さんが離れていくのを見送ると、私は悠ちゃんに近づく。


「デレデレしちゃって……」


 美沙さんへのヤキモチなのか、それとも悠ちゃんに対する不満なのか、どちらかは分からないけど、私は自然と敵意が剥き出しにするような言い方で、そう言ってしまった。


 悠ちゃんは後ろを振り向くと、「チー、どうしたんだ?」


 私はブレザーから、青いハンカチを取り出すと悠ちゃんに差し出した。


「はい、どうせ今日も忘れるだろうと思って持って来てあげたよ」

「おぉ、サンキュー」


 なんで私はこんな言い方しか出来ないんだろう……素直じゃない自分がちょっと憎たらしい。


 悠ちゃんは私からハンカチを受け取ると、手を拭いてズボンにしまう。教室に戻ろうと動き出したが、私は「ねぇ、悠ちゃん」と名前を呼んで引き留めた。


「ん?」

「悠ちゃんってさぁ……もしかして美沙さんに気があるの?」

「あ、なんだよ。いきなり……」

「さっきの悠ちゃんの表情とかみて、そうなのかな? って、思って……」


 本当はさっきだけじゃない。バドミントン部には私の友達の女の子もいる。だからその子からちょくちょく悠ちゃんの情報を仕入れていた。


 答えは何となく分かっている……でもあの子とだけは付き合って欲しくない。私情うんぬん別として、美沙さんは自己中心的だと、悪い噂が絶えないから……。


 お願い悠介、違うと言って……。


「まぁ……お前に隠す必要なんて無いからハッキリ言うけど、気になってるよ」


 私の願い虚しく、悠ちゃんは照れ臭そうにそう言った。やっぱり、そうだったのね……質問した瞬間から覚悟は決めていたけど、ショックが隠しきれない。


 だけど伝えなきゃ……悠ちゃんが美沙さんの噂を知らないだけかもしれない。でもどうやって切り出す? 答えを間違えれば、悠ちゃんに嫌われてしまうかもしれない。


 ──私は心の中で葛藤するが、なかなか答えが出て来てくれない。早くしないと休み時間が終わってしまう……あとで話すともっと話し辛くなると思うから、今のうちに話しておきたい。


 とりあえず私は意を決して「──美沙さんだけは、やめときなよ」と切り出す。悠ちゃんはそれを聞いて、怒った表情を浮かべると思いきや、顔色一つ変えなかった。それが返って私を不安にさせる。


「噂は聞いているけど、そんなの嘘だよ」


 嘘なんかじゃないッ!! 私はそう叫びたかったけど、悠ちゃんの気持ちを大切にするため、言葉を飲み込んで俯いた。


「──そう」と、私は返事だけして、ゆっくり歩き出す。悠ちゃんも合わせて歩き出し、無言のまま教室へと向かった。

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