第14話 ヒロイン視点

 ピピピピピ……目覚まし時計が私の部屋で鳴り響き、私は目を覚ます。ヘッドボードに置かれた目覚まし時計で5時30分であることを確認すると、ベッドから下りた。


 ゆっくり準備をしたって十分すぎる時間ではあるけど、今日はやることがあるので早めに学校に行く準備を始めた──。


 6時40分になり私は外に出て、二軒先の家まで歩くと足を止めた。


「悠ちゃん、起きてるかな……」と、私は呟きながら、幼馴染が住んでいる家の中へと入る。


 悠ちゃんのお母さんは割と放任主義というか……自分で出来る事は自分でやりなさいスタイル。たとえ寝坊して朝食を食べずに学校に行っても、それは自業自得だと言われるし、弁当は自分でどうにかしなさいという日も多々あるとの事。


 ──という訳で、今日は私が出陣した。私の家と悠ちゃんの家は昔からの知り合いで、家族の様な関係だから、もちろん今日の事はおばさんに許可を得ている。


 ──私は廊下を通り、ダイニングへと続くドアを開いて中へと入った。


「よし!」

 

 部屋は暗いし、悠ちゃんが起きてきた気配は無い。朝ごはんを作ってあげる事はバレたとしても弁当を作ってあげた事は、さすがに恥ずかしくてバレて欲しくない。


 私はダイニングを通り過ぎ、キッチンへと向かう──キッチンに到着すると、まず最初に空のお弁当箱が目に入った。


「おばさん、出しといてくれたんだ。助かる!」


 私は御弁当箱を手に取ると、まずは炊飯器から御飯をよそった。続いて通学鞄から昨日のうちに用意していおいた食材で、今朝つくったオカズが入ったタッパーを取り出すと、御飯の上に盛り付けていく。


「──うーん……もうちょっと美味しそうに見せたいけど、時間が掛かりそうだからやめておくか」


 私はとりあえずお弁当の盛り付けをやめ、リビングへと移動した。


「さっきチラッと見えたけど、やっぱり……」


 悠ちゃんは、おばさんが洗ってくれた洗濯物をまだ自分の部屋に持って行っておらず、山積みのまま放置をしていた。


「まったく……」と、私は言いつつも洗濯物を畳み始める──。


 あ、ハンカチ。そういえば悠ちゃん、いつもズボンで拭いていたな。持って行ってあげなきゃ。私はそう思い、ブレザーのポケットの中にハンカチをしまった。


 そうやって洗濯物を畳んでいると、黒のボクサーパンツを見つける。へぇー……悠ちゃん、こんなの履いてるんだ……って、なにマジマジ見ているんだ私……こんな所を悠ちゃんに見られたらメッチャ恥ずかしいぞ。


 私は慌てて悠ちゃんのパンツを畳み、畳んだ洗濯物の中に入れた──。


「終わった。さて、いま何時だ?」


 壁掛け時計に目をやると、7時15分だった。なかなかいい時間帯になってしまった。急いで朝食の準備をしなきゃ。


 私はまたキッチンに向かい──朝食を作り始める。ソーセージ、1本は悠ちゃんの朝食に使うとして4本、余るな。残しておいても困るだろうし、悠ちゃんソーセージが好きだから御弁当にも入れてあげるか。


 ──えへへへ。悠ちゃんの御弁当に入らなかったから、私のにも入れちゃった。これで悠ちゃんの御弁当とお揃い……って喜んでいる場合じゃなかった! 悠ちゃん、なかなか起きないし、そろそろ悠ちゃんを起こしに行かなければ!


 私は慌ててお弁当箱に蓋をして、ギュッとお弁当の包みを縛った。これで大丈夫だよね? 零れても嫌だし、念のため、もう一度ギュッと縛っておく。


「これでよし」


 悠ちゃんの御弁当箱を持って、ダイニングへと移動し、悠ちゃんがちゃんと持っていくようにダイニングテーブルの上に置く。


 さて、いざ出陣! ──私は畳んだ洗濯物を持って、ホラ貝でも拭きたい気分で、悠ちゃんの部屋へと乗り込む。ノックをして入ったのに、悠ちゃんは呑気にまだ寝ていた。


 相変わらずなんて可愛い寝顔で寝ているんだ。思わず頬が緩んでしまう。いかんいかん、これでは危機感が無い。


 私は洗濯物を部屋の隅に置くと、わざと怒っている様な表情を作る。


「悠ちゃん──ねぇ、悠ちゃん! あんたいい加減、起きないと遅刻するよ!」


 悠ちゃんは私の声で起きた様でモゾモゾっと動く。目が開き私と目が合うと、直ぐに布団を顔まで被せ「なんだよ、チー。何でお前がここにいるんだよ」


「起こしに来てあげたの! あんたが起きないと私まで遅刻しちゃうから早く起きて!」と、私は豪快に布団を剥がす。悠ちゃんは慌てて両手で顔を覆った。


 照れちゃってもうぉ、可愛いなぁ。悠ちゃんは手の隙間から私の様子を窺う。私は貫録を出すため両手を腰にあて仁王立ちで「何やってるの?」


「何やってるのって……良いから先に行っててくれよ」

「あぁ……そういうこと。悠ちゃんの寝起きの顔なんて何回みてると思ってるの? 良いから早くベッドから下りる!」


 何回もみても飽きる事のない寝起きの顔にキュンキュンしながらも、私は飽きれたような顔を作り、悠ちゃんの背中をポンっと叩く。悠ちゃんは観念して両手を外しベッドから下りた。


「分かったよ……先に準備してから部屋を出るから、廊下で待っててくれる?」

「しょーがないわね……待っててあげるよ」

「サンキュー」


 ──私が部屋を出て数分後。悠ちゃんは制服に着替えてリュックを背負い、部屋から出てくる。


 うむ、日常のダラけた感じも好きだけど、制服姿はパリッと引き締まって見えて、いつみてもカッコいい。茶色が掛かったショートヘアから覗く、アホ毛のような寝ぐせを覗いては……まぁ、後で整えるだろう。


「チー、お待たせ」

「うん」


 私は返事をすると、朝ごはんを食べて貰うためダイニングの方へと向かって歩き始める。上着のポケットから黒いヘアゴムを取り出すと、毛を束ねながら、「朝ごはんの準備は出来てるから、早く食べちゃって」


「え? チーが作ってくれたの?」

「おばさんに頼まれて“仕方なく”ね」

「目玉焼きを作る時、すぐに黄身を崩して、上手くいかないぃぃぃって泣いていたチーがねぇ……」


 ちょーっとムッと来たが、私はグッと堪えてダイニングテーブルの前で立ち止まると、悠ちゃんの方へ顔を向けた。


「いつの話? 御覧の通り、綺麗に出来てますけど?」


 悠ちゃんは私が指差した方向に目線を向けると、驚いてくれている様で目を丸くして私が作った朝ごはんを見つめる。


「おぉ……本当だ! ありがとう!」

「まったく……昔の私を馬鹿にしたところも含めて、ダメダメね。他の女の子なら、食事を取り上げられていたかもよ?」

「はは……そうかもね。ところでチー、その指どうしたんだ?」


 ギクッ! 私の変化に気付いてくれるのは嬉しいけど、そこはさっきお弁当を作る時に怪我をしてしまったとこ。私は誤魔化せるかどうか分からないけど、急いで手を後ろにやった。


「指って?」

「さっき髪を結んでる時に見えたんだけど、左手の人差し指に絆創膏してるだろ? 大丈夫なのか?」

「あぁ……平気、平気。ちょっと──紙で手を切っただけ」

「ドジだなぁ」

「うっさい。それより美味しいうちに朝御飯、食べなさいよ」

「そうだな」


 悠ちゃんはダイニングテーブルの横にリュックを下ろし、ダイニングチェアに座る。美味しそうと思ってくれたのかグゥー……とお腹を鳴らしていた。


 悠ちゃんは美味しそうな匂いを堪能するかのようにスゥー……と息を鼻から吸い込み「頂きます!」と両手を合わせた。


「どうぞ、召し上がれ」


 私は悠ちゃんの向かい側に座り、美味しそうに食べてくれる悠ちゃんを見ているのが嬉しくて笑みを零しながら食べるところを見つめる。


 悠ちゃんは照れ臭そうにしながらも「これ、美味しい」って、褒めながら、食べ進めていた。


 ──悠ちゃんは御飯を食べ終え、学校に行く準備を済ませると、リュックを背負う。私はダイニングテーブルにチラッと視線を向け、御弁当箱をリュックに入れてくれた事を確認した。せっかく作ったんだから、持って行って貰わなきゃ困る。


「さて、行こうか?」と、悠ちゃんが声を掛けてきて、私は触れそうなぐらい近寄った。


「な、なに?」

「もう……だらしないな。寝ぐせがまだ残っている」


 私の身長は150㎝チョイと女の子の中でも小柄で、170㎝の悠ちゃんとは身長差がある。だから私は背伸びをしながら、悠ちゃんの頭に向かって精一杯、手を伸ばし、手グシで髪の毛を整えた。


 制服が擦れ合う距離感と、悠ちゃんからほのかに香る石鹸の匂いが、私をドキドキさせる。恥ずかしい気持ちはあるけど……時間が許すなら、ずっとこうしていたいと思う程、心地よかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る