第9話

 体育館を出た後、なんだか俺は帰る気分になれなくて、公園に寄ってベンチに座っていた。


 周りではキャッキャと楽しそうに遊具で遊ぶ、子供たちの声が聞こえきて、穏やかな日常が流れているが、別れたばかりの俺には、しんどく感じる。


 ──しばらく俯きながら地面を眺めていると、「あれれ、まだ部活が終わる様な時間じゃないのに、なにをしてるのかしら?」と、女性の声が聞こえてくる。


 この声は……と顔をあげると、そこにはネイビーのワンピースを着た千秋が立っていた。


「チー、お前こそ何をしているんだ? 用事があるからって早く帰っただろ?」

「私はその用事が済んだ帰り」


 嘘だ……中学時代の友達と久しぶりに会って遊んだ後、一緒に食事をするんだって楽しみにしていたじゃないか。


 千秋をよく見ると、肩で息をしている様にみえる。走ってここまで来たのか? まさかこいつ──。


「どうして俺がここに居るって分かったんだ?」

「え? なんとなく」

「なんとなくねぇ……お前の何となくは凄いな」

「でしょぉ~」


 俺が含みのある言い方をしたことに、千秋は気付いているのか、いないのか、会話の流れでは良く分からない。でも千秋は優しく微笑んだ。


 バドミントン部には千秋の知り合いもいる。俺の話を聞きつけて来てくれた可能性は十分にある。


「隣、良いですか?」

「うん、どうぞ」


 千秋は遠慮しているのか、人一人分ぐらい距離をあけてベンチに座る。


「──悠ちゃん……何かあった?」

「どうしてそんな事を聞くんだ?」

「悠ちゃんが公園にいるなんて、珍しいからさ」


 もし俺の読みが正しいなら、千秋は隠す必要なんて何もないよな──俺は正直に、今までの不満を千秋に話す。千秋の表情は変わることなく、黙って話を聞いてくれていた。


「そう……」

「ほんと……俺ってダメダメだな。あの時、チーの忠告をちゃんと聞いていれば、こんな事にはならなかったのにさ。はは……」


 俺が苦笑いを浮かべると、千秋の頬がピクリと動く──。


「ほんとダメダメね」

「面目ない」

「勘違いしないでね。私がダメダメって言ったのは、そうやって悲観している所! 悠ちゃんは誰に何と言われようとも、あの人を信じ抜いた。それは誰にでも出来る事じゃない!」


 千秋はこちらに顔を向け、俺の肩にポンと優しく手を置く。


「だから悲観なんてするんじゃないわよ! 大丈夫。きっと何処かで、そんな悠ちゃんのカッコいい姿を見て、好きになってくれる人はきっと居るからさ」


 心の奥に残っているモヤモヤの中に、千秋を巻き込んでしまった申し訳なさい気持ちもあった。でも──千秋の励ましのおかげで、ジワジワと込み上げてくる涙と共に、その気持ちが外へと流れていく。


 俺が必死に腕で涙を拭っていると、千秋は安心して、ずっと側にいるからと言ってくれそうな優しい笑顔で、俺の頭を撫でてくれた。


「案外……その人は近くにいるかもね」と、千秋の口からボソッと聞こえ、俺は千秋の顔を見つめる。千秋は何故か慌てた様子で、俺から顔を逸らした。


 夕焼けのせいなのか、心なしか千秋の頬は赤く染まっている様にみえる。別れて直ぐにこんなことを思って良いのか分からないけど──本当にその人がすぐ近くに居る人だったら……。


「ありがとう……チー」

「うん」


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