第7話

 それから俺は美沙ちゃんに対して不満を抱える様になる。手を繋ごうとして拒絶されたのはまぁ……仕方ないとして、デートをドタキャンされたかと思ったら、突然、服が欲しいから来て欲しいと買わされるようになったりと、我儘に振り回される様になってしまったのだ。


 最近は、これだったら千秋と楽しく過ごしていた日々の方が幸せだった……そう思う日が多くなった気がする。


 そんなある日──今日は日曜日で特にやる事がなかったので、ゲームでも買おうかと出かけていた。


 少ない小遣いということもあり、ゲームを選ぶにしても真剣で昼頃まで掛かってしまった。朝早く起きてしまった事もあって、さすがにお腹がグゥー……と急かしてくる。


 俺は近くのファストフード店に入ると、チーズバーガーのセットを頼む──。


「お待たせいたしました。チーズバーガーセットになります」と、にこやかに女性の店員が商品が乗ったトレーを渡してくれる。


 俺は受け取ると辺りを見渡した。さすがにお昼時だけあって、席はほぼ満席だ。窓際のカウンター席は外の人がこっちを見ているようで嫌いだが、一人で座るにはそこしか空いていなかった。


 空いてないなら仕方ないと、俺は窓際のカウンター席に座る。チーズバーガーの包み紙を取りながら、ゆっくりと食べ始めた。


 ふと外の通行人が気になり、視線を向けると──なんと! 美沙ちゃんと安子さんが私服姿で歩いているのを見つけてしまった。


 ゲ……入ってきたりしないよな……って、店の出入り口に注目していると、二人は買い物袋をぶら下げて楽しそうに店の中に入ってくる。


 俺は慌ててチーズバーガーをトレーに乗せ、トイレに逃げ込んだ──俺は一体、なにをやっているんだ……これが千秋なら、出会ったことが嬉しくてむしろ声を掛けて、一緒の時間を楽しんでいたと思う。でも今は……今の気持ちは会いたくない気持ちでいっぱいだ。


 俺は本当に美沙ちゃんの事が好きなのかな? ──好きなんだよな。だから照れ臭くてここに逃げ込んだ。うん、そうに違いない。俺は自分にそう言い聞かせ、トイレから出る。


 美沙ちゃん達が何処に座ったか気になり、辺りを見渡すと──俺の後ろの席に座っていた。幸い後ろの席といっても薄い壁があり、安子さんに見つかる可能性はあっても、美沙ちゃんからは見えない位置に座っていた。これなら食べ終わるまで凌げるかもしれない。


 俺は安子さんが食べるのに夢中になり、下を向く瞬間を見計らい、サッと自分が座っていた席に戻る。不自然にならない程度に安子さんに背中を向け、直ぐにチーズバーガーを食べ始めた。


 すると二人の会話が聞こえてくる──。


「二年A組の達也君、彼女と別れたらしいよ」

「え、マジ!? やったぁ。私、前から狙ってたんだよね」


 何カ月も付き合っていると、背中を向けていてもどっちか喋ったか聞き分けぐらいは出来る。狙っていたと言ったのは確実に、美沙ちゃんの方だった。でもまだ過去形であって、浮気とは断定できない。だけど……ちょっと胸が痛む。


「フリーになったんなら、告白してみようかな」

「告白ってあんた、いま彼氏いるじゃない」

「あれね、あれは単なる繋ぎだから」

「ひどーい。色々とコキ使ってるのに?」

「酷くないでしょ。あんな冴えない男が、こんな可愛い私と付き合っている気分を味わっていられるんだから、お釣りが来るぐらいだと思うよ?」

「きゃははは、なにそれ」


 単なる繋ぎ? 何言ってんだあいつ……沸々と怒りが沸いてきて、ジュースを持っている手が小刻みに震える。


「まぁ何にしても、悠介はもういいかな? 十分、あいつを嫌な気持ちにさせる事が出来ただろうし」

「あいつ?」

「悠介の幼馴染の岡村 千秋! あいつ前々から気に入らなくてさぁ、嫌な気持ちにさせてやりたいって思ってたんだよね。あいつ絶対、悠介にホの字でしょ」

「確かにねぇ……」


 このまま美沙が居なくなるまで、ずっとここに居れば、まだまだ何か聞けそうだ……だけど怒りが頂点に達して、もうこれ以上、聞きたくない。


 俺は……俺は──トレーを片付けると、ファストフード店を後にした。


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