第6話
放課後になり俺は直ぐに部室へと向かった──体育で使う青のジャージとは違う黒のジャージに着替えると体育館へと向かう。体育館にはまだ誰もおらず、シーン……と静まり返っていた。
俺はとりあえず体育倉庫へと向かい、バドミントンのポールとネットを取り出し、練習する準備を始めた──。
ポールにネットを付けていると、「あー、悠介君。早いね」と女子の声が響き渡る。俺は作業をやめ、後ろを振り返った。
「うん、早く練習をしたくてね」
「そうなんだ」
美沙さんは返事をしながらラケットとシャトルを床に置く。マジかよ……いまこの広い空間で俺と美沙さんしか存在しない。それを意識するだけで心臓が高鳴っていくのが分かる。
これって告白する大チャンスなんじゃないか? でもどうやって切り出す? ──まずは好きな人がいるか聞いてみるか? 早くしないと誰か来てしまうぞ。
──聞くんだ。好きな人いますか? 好きな人いますか? ストレッチを始める美沙さんを見つめながら、そう何度も繰り返すが、なかなか言葉が出て来てくれない。
美沙さんはストレッチを止めるとチラッとこちらに視線を向け、優しく微笑む。
「ねぇ、悠介君」
「は、はい!」
「悠介君ってさ……千秋さんと付き合ってるの?」
「え……」
なんなんだ、いきなり……向こうから恋愛の話をしてきたぞ……俺は動揺しながらもこれはチャンスだと思い素直に「いや、チー……じゃなくて千秋とは幼馴染で付き合ってはいないよ」と返事をした。
「そうなんだ。じゃあさ、私と付き合わない?」
え? ──俺達、両想いだったって事? やけにあっさりと美沙さんが告白してくるので、思考が追い付かない。とにかく勘違いだといけないから──。
「えっと……それって恋人同士の?」
「うん」
「そう……俺で良いの?」
「うん」
体育館の入り口側が、急にガヤガヤと騒がしくなる。チラッと視線を向けると部員たちが一気に、体育館に入ってきていた。俺は慌てて「分かった。宜しくお願いします」と返事をする。
「ふふ。宜しくお願いします」
俺がぎこちなく返事をしたことが可笑しかったのか、美沙さんは笑顔を見せながら返事をして会釈をする。俺もとりあえず会釈をして、嬉しさを抑えきれずに笑みを零していた。
※※※
こうして俺達は交際を始める──最初は俺の方がガチガチに緊張していたが、徐々に一緒に帰ったり、休み時間を一緒に過ごすことで慣れていった。
千秋には美沙さんと付き合い始めたことを、ちゃんと話してある。否定されるんじゃないかと心配で、話す事に躊躇いはあったが、実際、千秋は否定することなく笑顔でおめでとうと言ってくれた。
それから前のように俺の部屋に遊びに来る等、親密な行動は無くなったが、俺を見掛けたら挨拶しにわざわざ駆け寄ってくれたりと、付かず離れずの関係を保っていた。
それから更に月日が流れる──。
「アウト!」
俺はいま、美沙ちゃんと後輩が試合しているのを見ていて、線審をしている。美沙ちゃんが打ったサーブを判定した所だ。
「タイム!」
美沙ちゃんは審判をしている同学年の山本 安子にそう言って、試合を止める。
「どうしたの?」
「ちょっと悠介に話があって!」
「分かった。ちょっと休憩」
美沙ちゃんは怒っているのか強張った表情を浮かべて、俺の方へとズカズカと近づいてくる──俺の前に立つと「悠介、さっきの本当にアウト!?」
「うん。シャトル一個分、アウトだったよ」
俺がそう言うと美沙ちゃんはグイっと近づき、俺の肩に手を回し自分の方へと引き寄せる。
「あんた私の彼女でしょ? 後輩に負けるなんて恥ずかしいんだから、ちょっと判定を甘くしなさいよ」
美沙ちゃんは周りに聞こえないような小さな声で話しかける。そうは言っても勝負は勝負、いんちきの判定なんてしたくはない。だけど──。
「今度、判定を“間違えたら”今度のデート行ってあげないから」と、美沙ちゃんは脅してくる。俺は「分かったよ」と返事をするしか出来なかった。
試合が進み、またラインぎりぎりの判定をしなくてはならなくなる……俺が見た限りはアウトだ。
俺がどうしようか迷っていると、審判の安子さんが「悠介君、どっちだったの?」と、急かしてくる。
「インです」
「やったぁ」
俺の判定を聞いて美沙ちゃんは小さくガッツポーズをして喜ぶ。彼女の喜ぶ姿をみるのは彼氏だったら嬉しいはず……だけど俺は、練習試合とはいえ、嘘の判定をしてしまったことに後ろめたい思いでいっぱいだった。
──試合の結果は美沙ちゃんの勝利。俺の判定の後、後輩の女の子は調子を崩してしまったのだ。美沙ちゃんがニコニコの笑顔で俺に近づいてくる。
「悠介、お疲れ」
「お疲れ」
「あのさ、頼みがあるんだけど良いかな?」
「なに?」
「ネットとポール片付けてくれる?」
美沙ちゃんはそう言って、両手を合わせお願いのポーズをする。自分たちが最後に使ったんだから、一緒に片付けろよなと不満を持ちながらも俺は「──分かった。良いよ」と返事をした。
「サンキュー、頼りになるね!」
美沙ちゃんは俺の肩を軽くポンっと叩くと、直ぐに俺に背中を向け安子さんの方へと歩いていく。
「安子~。良いって行こう」
「やったねぇ」
「なに食べる?」
「えっと……新作のが気になる!」
「あー、あれね! 私も気になってる!」
なるほど……二人でどこかに寄って行くために俺に片づけを押し付けたのか。
「先輩、私は手伝いますね」
「ありがとう」
試合に負けて悔しいはずなのに、後輩の女の子は嫌な顔せずに俺の手伝いをしてくれる──俺は嘘の判定をしたことを打ち明ける勇気がなく、心の中でごめんねと言いながら、ネットをポールから外していった。
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