第2話

 俺達はいつもの通学路を通り、学校へと向かう──校門に入ると遅い時間という事もあり、同じ高校に通う生徒達がガヤガヤと賑わった様子で昇降口に向かってゾクゾクと歩いていた。


「千秋、おはよう」

「おはよう」


 千秋を見つけたクラスメイト達が、男女関係なく挨拶をしていく。俺は邪魔をしない様に自然と歩く速度を緩め、千秋と距離を離していった。


 千秋は目が鋭くキツイ様に見えるが、アイドルグループにいてもおかしくないぐらい容姿端麗で、明るく優しい性格をしている。だから人が慕って集まってくるんだと思う。


 そんな光景をいつも見ていると、なんで家が近い幼馴染ってだけで、俺なんかの相手をしてくれるのだろう? と、疑問に思うのだった。


 ──ショートホームルームが終わり、10分後に1時間目のチャイムが鳴る。先生が教室に入ってくると、ガヤガヤと騒がしかった教室が、徐々に静かになっていった。


 俺が現代文の教科書を机から出すと、先生が教壇の前に立ち「えー……では授業を始めます。教科書の23ページを開いてください」と指示を出す。


 俺は言われた通り、教科書の23ページを開いた。


「じゃあ今日は12日だから──」と、先生は言って、出席番号12番の生徒をあて、教科書を読ませる。


 ほっ……俺じゃなくて良かった──にしても、詰まらないなぁ。窓際の席だったら、外でも眺めて退屈しのぎをしたい所だ。


 でも俺の席は残念なことに窓とは反対の廊下側。退屈しのぎをするとすれば……俺は斜め前に座っている千秋の方に視線を向けた。


 真面目だねぇ……そう思わず呟きたくなるぐらい、千秋は真面目に教科書を見つめていた。さすが学年上位の成績の訳だ──しゃーねぇ、俺も見習って授業に集中するか。


 ※※※


 チャイムが教室内に鳴り響き、授業が終わる。俺は教科書を机にしまうと、トイレに向かった──用を足してトイレから出ると、ズボンで濡れた手を拭こうとする。


 すると横から、ちょっと強い口調で「ゆうちゃん……」と名前を呼ばれた。視線を向けると、チーが眉を顰めながら歩いて来ていた。


「悠ちゃん。いまズボンで濡れた手を拭こうとしたでしょ?」

「バレた?」

「バレない方がおかしいでしょ」


 千秋は呆れる様にそう言って、俺の前で立ち止まる。上着のポケットから薄緑の見覚えのあるハンカチを取り出すと、俺の方に突き出してきた。


「はい! まったく……ダメダメね。ハンカチぐらい持ち歩きなさいよ」

「ありがとう。ところでそのハンカチ、俺のっぽいけど……」

「そうよ、悠ちゃんのよ」

「えっと……どうやって持って来たの?」


 千秋は俺の質問の意図が分からなかったようで首を傾げる。


「どうやって? 悠ちゃんの洗濯の山から持って来ただけだよ」

「それって下着とかも……」


「もちろん、混ざってたよ──え、もしかして気にしてるの?」と、千秋が顔色一つ変えずに言うので、本当は気にしていたが「いや……別に……」と、俺は気にしてないふりをした。


「でしょ? じゃあ私、教室に戻るから」


 千秋はそう言うとクルッと背中を向け歩き出す。わざわざ俺にハンカチを渡すために教室から出てきてくれたのか?


 俺がそう思っていると、「あ!」と千秋が何かを思い出したかのように声を出し、立ち止まる。


「どうした?」と、俺が声を掛けると千秋はクルッとこちらを向いて「そうだ悠ちゃん、ちゃんとお弁当、持って来た?」


「あぁ。机の上に置いてあったから持って来たよ」

「そう。忘れないで良かったね」


 千秋は安心した様子でニコッと微笑むと、また俺に背中を向けて歩いて行った──千秋……もしかして俺の事を手のかかる弟の様に思っているのかもしれないな。俺はそう思いながら、千秋の後姿を見つめていた。

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