ツンツンしている幼馴染はダメダメな俺を甘やかす

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話

ゆうちゃん──ねぇ、悠ちゃん! あんたいい加減、起きないと遅刻するよ!」


 アニメのヒロインの様に可愛い声なのに、ちょっとツンツンしている性格のせいで、きつく聞こえてしまうこの声の主を俺は知っている。

 

 俺は千秋ちあきに寝起きの顔を見られるのが恥ずかしくて、布団を顔まで被せると「なんだよ、チー。何でお前がここにいるんだよ」


「起こしに来てあげたの! あんたが起きないと私まで遅刻しちゃうから早く起きて!」


 ブレザーの制服姿の千秋は可愛らしく頬を膨らませながら、豪快に布団を剥がす。俺は慌てて両手で顔を覆った。


 手の隙間から様子を窺うと、千秋は両手を腰にあて仁王立ちで「何やってるの?」


「何やってるのって……良いから先に行っててくれよ」

「あぁ……そういうこと。悠ちゃんの寝起きの顔なんて何回みてると思ってるの? 良いから早くベッドから下りる!」


 千秋は飽きれたような顔を浮かべながら俺の背中をポンっと叩く。俺は観念して両手を外しベッドから下りた。


「分かったよ……先に準備してから部屋を出るから、廊下で待っててくれる?」

「しょーがないわね……待っててあげるよ」

「サンキュー」


 ──千秋が部屋を出ると、俺は水色のパジャマを脱ぎ捨て、制服のブレザーに着替える。最後にチェックの赤いネクタイを締めると部屋に転がっていた黒いリュックを背負い、部屋を出た。


「チー、お待たせ」

「うん」


 千秋は返事をすると、次に俺がどこに行くのか分かっている様で、ダイニングの方へと向かって歩き始める。


 千秋は上着のポケットから黒いヘアゴムを取り出すと、サラッと綺麗なセミロングの黒毛を束ねながら、「朝ごはんの準備は出来てるから、早く食べちゃって」


「え? チーが作ってくれたの?」

「おばさんに頼まれて“仕方なく”ね」

「目玉焼きを作る時、すぐに黄身を崩して、上手くいかないぃぃぃって泣いていたチーがねぇ……」


 千秋は癇に障った様で、ダイニングテーブルの前で立ち止まると、ムッとした表情でこちらに顔を向けた。


「いつの話? 御覧の通り、綺麗に出来てますけど?」


 千秋が指差した方向に目線を向けると、焦げが少ない俺好みの半熟の目玉焼きが皿の上に乗っていた。丁度いい焼き加減の食パンとソーセージ、そしてサラダまで乗っていて、コーヒーまで用意してくれてある。


「おぉ……本当だ! ありがとう!」

「まったく……昔の私を馬鹿にしたところも含めて、ダメダメね。他の女の子なら、食事を取り上げられていたかもよ?」

「はは……そうかもね。ところでチー、その指どうしたんだ?」


 俺がそう聞くとチーは慌てた様子で、プクッと可愛い手を後ろにやった。


「指って?」

「さっき髪を結んでる時に見えたんだけど、左手の人差し指に絆創膏してるだろ? 大丈夫なのか?」

「あぁ……平気、平気。ちょっと──紙で手を切っただけ」

「ドジだなぁ」

「うっさい。それより美味しいうちに朝御飯、食べなさいよ」

「そうだな」


 俺はダイニングテーブルの横にリュックを下ろし、ダイニングチェアに座る。いつもと似たような朝ごはんなのに、千秋が作ってくれたからか、いつもより美味しそうに見えて、グゥー……とお腹を鳴らす。


 スゥー……と美味しそうな匂いを堪能しながら「頂きます!」と両手を合わせた。


「どうぞ、召し上がれ」


 千秋は俺の向かい側に座り、嬉しそうに笑顔を浮かべながら、俺が食べるところを見ている。


 俺は何だか照れくさいなぁ……と思いながらも、「これ、美味しい」って、千秋をほめながら、食べ進めていた。


 ──ご飯を食べ終わり、学校に行く準備を済ませると、リュックを背負う。


「さて、行こうか?」と、千秋に声を掛けると千秋は触れそうなぐらい近くに寄ってきた。


「な、なに?」

「もう……だらしないな。寝ぐせがまだ残っている」


 千秋の身長は150㎝チョイと女の子の中でも小柄で、170㎝の俺とは身長差がある。だから千秋は背伸びをしながら、俺の頭に向かって精一杯、手を伸ばし、手グシで髪の毛を整えてくれた。


 制服が擦れ合う距離感と、千秋からほのかに香る石鹸系の匂いが、俺をドキドキさせる。恥ずかしくて離れたい気持ちはあるが……千秋の温もりと優しく撫でる様な手グシが何だか心地よくて、体を固くさせながらも大人しくしていた。

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