第10話
健太は良助と一緒にエレベーターに乗りながら携帯を取り出し、ネットショップのサイトを開く。
時すでに遅し、食料品と思しきものは全て「Sold Out」の文字が張り紙の様に商品に張り付けられている。
「マジかよ・・・。」
その言葉を聞いて良助が画面をのぞき込む。
「なんだかエライ事になったな。」
その言葉に健太は改めて事態の早い展開と危機的な状況の可能性に鼓動が早まってきた。
健太は呼び出したタクシーにトイレットペーパーを抱えて乗り込む良助を見送ってから、近所のスーパーに向かった。そして人がまばらで落ち着いた雰囲気の店内に入って、全てが遅かった事を知った。
スーパーの殆どの棚はカラでピクルスの瓶詰や煮干しの粉、ワサビや七味等あまり日ごろ使わない様なものがちらほらと残っているだけだった。
良助の言う通りペーパー類は全て売り切れ、飲み物も根こそぎ運び出されていた。
豊富に残っているのは文房具や掃除道具程度である。
「マジかよ。てかみんなそんなに食うのかよ?」
健太はそう悪態をつきながら改めて店に残っている文房具等を見渡した。
果たしてこれらを購入して食料と交換してくれることがあろうか。
首都圏は食料生産地が極端に少ない。その代わり毎日の様に地方や海外から消費される食料を運び込まれていたのだ。そのため首都圏に蓄えられている食料は大凡人口の3日分だと言われている。
3日分であれば確かに食料棚の全てが空になってもおかしくないのかもしれない。
そう考えると、もしこの状況が続くと想定するなら食料を交換してくれる余裕のある人はいない可能性の方が高い。
健太は自分でも使わない文房具等を購入するのはやめておとなしく帰る事にした。
帰りがけにスーパーの入り口には張り紙が出ており、そこには『当分の間仕入れが不安定になるため、休店となります。再度商品の仕入れ目途が立ちましたら張り紙にてお知らせいたします。ご迷惑をおかけいたしますが何卒宜しくお願い致します。』とあった。
健太はそれを見て更に青くなった。
せめて後数日は毎日再入荷があるのではないかと期待していたのだが、それすらかなわなそうだったからだ。
「ちょっとヤバい、かな?」
健太は自分を落ち着かせるために一言呟くと、大きく息を吐いて別の店を覗いてみる事にした。
健太が歩いていると、レストラン等が並ぶ地域はお祭りかと思うほどの活況であった。いや、これを活況と言うべきか。どうやら食料を求めてテイクアウトをしている店に人が行列しているのだ。
その様子を呆然と見ていると、ある列で一人の男が最後尾に並ぼうとして何か会話を交わし、そのまま去っていく姿があった。そしてそれが至る列で繰り返されている。
どうやらもう最後尾は決まっているらしかった。
更に見ていると列によっては店員と思われる人が最後尾に立っている。
街はどこもその様な有様だった。
コンビニも食料棚と生活消耗品が閑散とし、ふと思いついて覗いた酒屋の中ですら食料は買い漁られていた。
最終的に健太はコンビニで袋の中で微妙に潰れて残っていたパンと酒屋でピーナッツのツマミ、それとさして飲みもしない酒を3本購入して家に帰った。
健太はそれらをテーブルにドスリと置くと疲れ切ってソファーに身体を投げる様に沈めた。
「マジかよ。」
これからどうすべきか。健太は自宅にある食料を思い出す。
彼は面倒くさがりなので自分で料理する事は無い。大体が冷凍食品か外食だ。
なので冷蔵庫にはあまりものが入っておらず、冷凍庫にそこそこの食べ物が残っているだけだ。
飲み物もネットで箱で買うのでまだ未開封の1箱と開封した箱に3本程が残っていたはずだ。
なので多分だが3,4日は持つはずだ。
流石に3日もたてばもう少し事態も落ち着いているに違いない。
そしたら外で食料も手に入るはずだ。それに流石にこの様な事態であれば政府も何らかのアクションを起こすはずだ。
そう考えると健太は少し落ち着きを取り戻した。
最早健太にはそう信じるしか道がなかったとも言える。
健太は皮張りのソファーに仰向けに横になると携帯を取り出して経済ニュースのサイトを開いた。為替は既に360円を超えて378円になっている。どうやらブレトンウッズ体制を超えた様だ。
ネットの一部では逆ニクソンショックという名前で呼ばれている様だ。しかも既に日本政府による介入が行われたらしい。その資金使用量は不明だが合計で3兆円程度ではないかと推測されていた。
だが、介入どこ吹く風と円は売られ続けている。
一体どこからこれだけの円売り圧力が発生しているのか。多くの憶測は飛び交っているがその真実はどこからもまだ明かされていない様に健太には思えた。
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