第9話
電話から1時間程して良助が健太の家に来た。
玄関を開けて迎えると良助の手には二つの12個入りトイレットペーパーの袋とティッシュ5箱セット二つが手に握られていた。
果たしてどう声をかけるべきか、健太が考えを巡らせていると良助もそれを察してか先に口を開いた。
「これは嫁に頼まれたんだよ。」
そう言って良助に見せつける様に両手を持ち上げた。
「いや、帰りに買えよ。」
なんで嫁に頼まれた買い物を健太の家に来る前に買うのか、健太には全く理由にならない様に思えた。
「はあ。お前知らないのか?いまスーパーが凄い事になってるぞ。」
「は?スーパー?」
「そうだよ。俺が走り込んだ直後から争奪戦だったわ。俺の嫁の行動力の早さに脱帽だよ。」
「争奪戦って・・・トイレットペーパーの半額セールでもやってたのか?」
それを聞いて良太は盛大なため息をついた。
「お前は金の事以外からっきしだな。今の値段が大幅値引きって事だよ。」
その言葉を聞いて健太はようやく合点がいった。
「為替が凄い動いてるから、ってことか?」
合点はいったが、普段自宅で取引をするだけで引きこもり気味なため経済関係以外のニュースを見ない健太はいまいちこの騒ぎがピンとこない。
「だって、一時的な騒ぎかもしれないんだぜ?しかも備蓄だってあるんだから実際の値上げなんてまだ先になると思うんだが。そんな騒ぎになってるのか?アホだな。」
「そりゃ理屈はそうだろうよ。だけど、実際にスーパーはえらい事になってたぞ。俺の嫁も食料とにかく買いまくったらしいし。」
「マジかよ。てかネットで買えばいいじゃん。」
二人はお互いに肩をすくめた。
それから良助は両手のものを下に置くと胸ポケットから財布を取り出してブラックに光るカードを抜きとり、健太に差し出した。
「おう、すまんな。というか別に後日でも良かったんだけど。」
「いや、こんなもん持っときたくないわ。落としたらどうすんだよ。」
「え、止めればいいじゃん。結構親切に対応してくれるぞ。」
そういう話じゃないんだよなぁ、と良助は嘆息してから質問をした。
「そういや、今ってどういう状況なんだ?少しは落ち着いたのか?」
少し話が長くなりそうなため健太は良助に家の中に入る様に促した。
「国債の方は予想通り落ち着いて来た。だけど為替はまだ円安に振れっぱなしだ。」
「それって明日には落ち着くのか?てか原因はなんだ?」
健太はリビングのソファーに腰掛けながら少し考えた。
「いや、どっちも判らん。誰がこんな事仕掛けたのか、いつ終わるのか。」
「そうなんか。というか本当にこのままどんどん円安が進む事なんてあるのか?」
「流石にそれはない、はず。」
それから健太は良助に今回の仕掛けについて推測としながら教えた。
「俺、結局何すればいいんだ?」
「いや、知らねぇよ。というか俺が聞きたいわ。こんな膨大な資金が必要な仕掛けどこまで維持できるのか。」
健太はそう言いながらこれが続く事を想像した。
日本売り。
確かに健太はそれを以前から恐れていた。そしてそれに対する備えをどうすべきか考えていた。しかし、しかしだ。こんなに予兆も無く始まるものなんだろうか?
今や国債残高はGDPの3倍以上だ。そしてここ最近は貿易収支は常に赤字となっている。もしそれが世界的にマイナス要因だと考えられて狙われたら、もしかすると永遠に攻撃され続けるなんてこともあるのだろうか?
「なぁ良助。このまま日本が売られ続けるとしたらお前はどうなると思う?」
良助はそれを聞いて少し天井を見上げて考える。
「全くわからんな。日本の食料なんかは殆ど輸入なんだろ?したらどんどんインフレが進んでいくってことだよな?」
「そうだな。続いたらそうなるわな。」
そう、インフレだ。これが続けば物価はかなり高くなるはずだ。原材料費率が30%なら為替が60%安くなったら原価は48%になる。すると販売価格は同じ利益を上げるために18%の値上げが必要という事になる。
そうなると従業員は生活ができなくなるので、その分を給与に加える必要がある。
それが18%とすると合わせて36%の値上げが必要という事だ。すると更に給与は+18%では足りないため36%に18%を足さないと、という形でインフレの上昇サイクルに入ってしまう。
インフレのサイクルが始まるとその進行を止めるのは歴史的に見てもかなり困難だ。
今日明日でこの騒ぎが終われば問題無いが、月単位で続くとなると現実味がある。
健太はインフレ対抗策として金を現物でいくらか持っている。
現在価格で(とは言っても昨日までだが)200万程度はある。
金はインフレに追従して価値が上がるので理屈上は昨日の200万円で買えるだけのものが買える。
そのため健太は値上がり自体をあまり心配していなかった。もちろん金で買い物はできないので換金するなりの手間は必要になる。
そうなる前にまずは生活必需品を買えるだけ現金で買うのが賢いという事だ。
「よし、俺も今から買い物するわ!」
良助もそれを聞いて頷くと、トイレットペーパーとティッシュを抱えて健太の家を後にした。
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