第8話

いくらか考えた結果、健太は時間ギリギリまで業績の輸入比率が高い企業を売りまくった。いくつかは既に下値の制限一杯まで売られていたため、それ以外の銘柄を探していつもはしないレバレッジを使い、信用制限いっぱいまで売りまくった。そして市場が終わる15時付近でそのうちの半分を決裁し、手元資金に戻した。


果たしてこれが最良の結果だったのか、健太に自信はなかった。だが、手にした利益、これが正解を示しているはずだ。結果的に日経は史上最大の下げ幅の6,849円をマークした。そして為替は280円台に突入していた。


それに対して日本国債は遂に2.5%台まで押し返されている。だがそれでもまだ1%よりも十分高い数字だ。既に国債市場は終わっているはずだが、先物市場ではなおも売り込もうと隙を伺っているように2.5%付近を前後していた。


日経平均は225銘柄で構成されているがそのほぼ全てが下限近くまで売られていた。


ここまでくると輸入企業なんか関係なかった、等と考えながら健太は画面を見つめていた。今から米国市場が開く22時半まで健太のできる事は何もなかった。しかも明日の為替がどうなるかも分からないため今から資金も入れにくい。


ニュースにはいまさらの様に今回の動きに対して政府が調査を始めたという報道が出ていた。しかも調査だ。既に事態は起こっているし良くない方向に動き続けている。

どう考えても為替介入が必要ではないだろうか。


今、日本の外貨準備高は232兆円ある。これを為替にぶつけると4日で全て溶ける事になる。もちろん押し返せれば全て使わなくても済むかもしれない。しかし為替の売り崩しには実績がある。


自国通貨をいくらでも使える国債や株はある程度支えられても、為替では外貨準備高以上の買い支えはできないのである。つまり、232兆円以上の売りがあれば日本という国が持つ外貨は全て底をつき、それ以上何もすることができないのだ。


いや、場合によってはアメリカ等が円を買うためのドルを貸してくれるかもしれない。しかしそれもタダではない。しかも結局そのお金を返すためにはドルを買い戻す必要があるのだ。


その場合には途中で円を買ってしまい損を持っている人たちが敵として立ちはだかる。その金額は正にその価格に行くまでの総額なのだ。利益確定の買い戻しの人もいるだろうが、かなり膨大な金額になるはずである。


健太はげっそりとした気持ちでモニターを眺めている。自分が席を立っている間に何が起こるのか、恐怖で目が離せない。最早食事をする時間すら危険な様に思われた。


ニュースは刻々と新しそうな情報を流しているが、大したものはなかった。

『複数のファンドが日本売りか』

『銀行が一斉に国際離れ』

『一部保険会社、国債を損切』


今の国債の状態を見ればやむを得ない選択だったに違いない。一部のニュースは日本への裏切りの様な扱いで、健太は叩かれている企業に同情しながら「南無」とつぶやいた。しかし、そうなると国債は最早日銀だけが買い支えていたという事だろうか。


色々なサイトをザッピングしていると『国債取引高この一週間で80兆円超えか?』という記事があった。調べてみると通常の国債取引は2兆円ない程度だ、それが平日の5日で平均16兆取引されたという事だ。


主導したファンドは流石にそれほどの資金を使わないだろうから、きっと損切や便乗したファンドが取引を膨らませたに違いない。


果たしてこの騒ぎはいつまで続くだろうか。国債は流石に日銀の買いによって明日には収束するだろう。だが為替はどうだろうか?誰もがまた円を買い戻すとは限らない。


為替は平日のほぼ24時間取引がされており、今もなお円は弱含み続けている。明日にはもしかすると300円を超えるかもしれないところまで来ていた。


「360円超えたらニクソンショック以来って事になるんかねぇ。」


健太はふと思った事を口にしてみる。

その瞬間、携帯が振動しながらベルの様な音を鳴らせ始めた。


健太は一瞬ビクリと身体を震わせてから、携帯に目をやった。

そこには良助の名前が出ていた。


健太は携帯を充電器から取り上げ通話ボタンを押す。

「おう、どした?」


いかにも不機嫌です、というような声で応答すると良助の怒りの声が聞こえて来た。

「どしたじゃねぇわ!!てかおまふざけんなよ。あれから俺おかみさんに怒られながらあのカード使ったんだからな!?普通他の人使えないからな!?」


「あ~、すまん。おかげで助かったわ。今度おかみさんにも謝っとくから。」

健太はちょっと申し訳ないと思いながら電話を切った。


するとすぐにまた電話がかかってくる。

「おう、どした?」

「どしたじゃねぇわ!!てかおま、マジふざけんな。なんで電話切ってんだよ!?先のは挨拶程度のジャブだから!これからが本番だから!!」


なんかいつになく騒がしいな、そんなことを思いながら健太は適当な返事を返した。

良助の言う通り、事は正にこれからが本番だった。

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