第7話
健太はまるで短距離走を走ったばかりの様に肩で息をしながら部屋に入るとリモコンで全てのモニターの画面をオンにする。
PCはスリープ状態でいつでも待機している。主人の帰りに気が付いたPCが低い唸り声を上げながら起き始める。
素早くログインするとモニターのニュースサイトが次々とリフレッシュされて最新の情報が映し出されていく。健太はそれらのモニターを順番に素早く目を通す。
それからふと気が付いてラブカブさんに返信を返した。
『情報アザッス。因みにどこが売ってるか判りますか?』
モニターには国債金利と急激な円安の話は出ているが、一体だれがどうしてという情報は見当たらない。多分動いているのは海外のファンドだ。こういう大胆な事をするのはそれ以外考えられない。しかし一体どれだけの規模のファンドがどれだけの金額で仕掛けているのか、そこが知りたい。
ピロリンという音がしてメッセージが届いた。
そこにはサイトのリンクがあり、健太はそれを素早くクリックした。
ジャンプした先は呟き系サイトで、見た事ない投資家の呟きだった。
『国債空売りした円で大量にドル買いしてるんじゃないか?』
健太は膝を打った。
「そう言う事か!」
どうやら、どこかのファンドが銀行や証券会社から大量に日本国債を借り受け、それを大量に売り、その売って得た円をドルに交換している、という事だ。
そうなると借り受けのための証拠金は先日くらいまでは年利で2%とか3%だったはずで、その借り受けた国債を売りに出せば、実質的には証拠金として入れたお金の30倍以上が手元に入ってくるという事だ。
もちろん将来的にはそれらの借りた国債は買い戻してから借りた先に返す必要がある。なので国債を売って得た手元の円は一時的な借金でしかない。
しかし、しかしだ。その大量の円をドル買いに使ったらどうだろう。ドル円の安定していた需給が一気に円安ドル高方向に崩れる。今時点で1ドル213円だが、これが今朝の140円前後から考えれば約50%ディスカウントされたという事になる。
それは日本全体が50%ディスカウントされている事に他ならない。つまり今時点で国債を買い戻せばドル換算では50%安で国債を買い戻せる、つまりこれだけで50%の利益を上げられるという事である。
しかもこの仕掛け人はその国債を3%の借り賃だけで借りているので一気に資金を1500%、つまり15倍にすることができるという事だ。仮に20億使って取引したのならそれが300億になるという事だ。
手元資金を元手に借金をして投資する事をレバレッジと言うが、とんでもないレバレッジ効果だ。
「なんてこった。そんな事できるか!?為替の一日の取引高は60兆円だぞ?それを動かしたって、一体どれだけの国債が売られたんだ?」
健太は顎に手をあてながらウロウロと部屋を歩き回り唸った。
そうしながら国債の発行額を思い出す。現在の国債発行残高は1800兆円だ。60兆はそのたった3.3%にすぎない。一瞬為替を大きく動かすぐらいはできるのではないだろうか?むしろこのビッグウェーブに乗るしかないと思ってる人も多いはずで加速させているくらいかもしれない。
「できる、のか?」
もし60兆の50%の資金を手にするためには先ほどの考えから逆算して2兆。
流石に1ファンドだけで動かせるお金ではない。そうなるとどこかが連合を組んで仕掛けたという事になる。あるいは取引量の半分もいらないのかもしれない。
坂の上からボールを転がす様に、一定時間相場を強く押してやれるのなら全ては勝手に転がり始める可能性だってある。そう、周りの人間が動かせる事に気付けばそれを追いかけ始める、それが相場というものだ。一体どの程度の資金でいけるか。
そこまで考えて健太はふと考えを中断した。
冷静に考えれば今はそんな事を考えている場合ではない。
今起きている事実をまずはそのまま受け止め、自分がどうするかを決める必要があるのだ。とは言え健太はFXの取引口座を持っていなかった。
健太は現金内での取引を好んだためレバレッジを使わなければ利益を上げづらいFXは肌に合わないと考えたのだ。今では株でも普通に信用取引を使っているが、それも資金内で売り買いを繰り返すためだけのもので、レバレッジを掛けることは殆どなかった。
「あ~、くそ!こんな事なら口座くらい作っておくんだった!いや、米国株の口座があるじゃん!!」
そう言ってから、米国口座は即ドルには交換できない事を思い出す。送金してから次の日の朝の為替での入金になるためタイムラグが大きい上に、今動く事ができない。
「今あるドルで米国株を買っても意味ないしなぁ」
健太は米国株口座の残金を見ながら力なくつぶやいた。米国先物市場は日本の市場変化の影響を受けてかいくらか株安方向に動いている。
海外では日本発の金融ショック発生か?という様な記事がいくつか出始めていた。
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