第5話

健太は久しぶりに大学時代の友人である穴草良助を無理やり呼び出し、インターネットで見つけた評価の高いステーキハウスに入っていた。


「おまえなぁ。せめてもう少し遅い時間に呼び出してくれよ。いくらいい店だからって普通は来れないぞ?」


ブツブツと文句を言いながらもステーキを切り分ける良助に健太は肩をすくめた。


「別にお前は来られるだろ?成績もいいんだし。」


良助は保険の営業をしているのだが、なぜか金のある老人に好かれる性格だったらしく子供や孫の保険をバンバンとり、しかも次々と人を紹介されるという形で3年目にして日本一のアワードを取っていたりした。


「あのなぁ、いくら成績良くたって仕事はあるの!」

「まぁ実際来られたんだから大丈夫だろ。」


ったく、と言いながらもステーキをほおばる良助。そんな彼を見ながら健太もステーキを口にほおばった。


握りこぶし程度の厚手のステーキが噛むたびに口の中でほどける様に崩れていく。噛み砕かれてしみ出した肉汁の香りがバターと胡椒の香りとブレンドされて何とも言えない至福を演出する。


「美味いな。」

「ああ。」


健太のつぶやきに、良助も同意する。

黙々と二人はステーキを食べ続け、最後に出たお茶を啜る。


「っで?なんで俺呼ばれたわけ?」


いまさらの様な質問をする良助に健太はちょっと間を置いてから返した。


「いや、今日2億儲かった。」

「はぁー!?」


テーブルに乗り出す様に良助が声を張り上げてからしばし時間が止まった。


「いや、そんなに見つめるなよ。テレるし。」

健太がそう言って目をそらした。


「キモイこと言うな。」

そうって良助が健太の頬を軽く平手でペシリと叩く。

それから正気を取り戻した様に嘆息して椅子に座り直すと口を開いた。


「一体なんだってそんな大金手に入れたんだ?株だけじゃ物足りなくて宝くじでも買ってたのか?」

「いや、株で大勝した。今日めっちゃ国債が値下がりして金利バク上がりだったんだわ。それに便乗して日経空売りしまくった。」


その言葉で再度良助はかたまった。

「え?マジで?俺の会社の保険、6割は国債なんだけど!?」

そう言って頭をかかえる。


「いや、大丈夫だろ。俺が手仕舞いしてから日銀が買いに動いてたっぽいし。」


それを聞いて良助は少しほっとして両手をテーブルに乗せて突っ伏す様に脱力した。

「そうかぁ。元本保証型は会社が損失分補填するから俺のボーナスぶっ飛ぶかと思ったわ。」


健太はそれを聞いて納得した。

「というかまずお客さんの心配しようぜ?」

そう言いながら健太はその後の経過が気になり始め携帯を取り出した。


「いやいや、俺売ってるの元本保証型ばっかだし、俺のお客さんはいつだって無傷だわ。」


年金型保険の中には元本保証の無いものもあり、利回りが良いことから売りやすかったが、良助はお年寄りばかりを相手にしているのでなにをおいても元本保証は外せないのである。


その代わり良助は相続の話をメインで上手い事お勧めする事で信頼を得ていた。

生命保険の受取は相続税とは別枠での控除があり、それを利益として計算すると、計算上はそれなりの利回りの数字を見せる事ができる。


しかし会社の業績反映は元本保証型を多く売っている方がダメージがでかい。お客からの突き上げが無いことが救いだが、債権や株は時価会計なのでそのまま会社業績に反映され、それを売って来た営業の成績にも反映されるので、元本保証の無い連動型の場合は返ってボーナスへのダメージが少ないのである。


「あ~、なんか美味い物食ったし、安心して気が抜けたしでもう今日は働く気しね~。というか、国債なんてずっと持ってりゃ返ってくるんだから、俺の成績に反映するのおかしいよなぁ?」


良助はおどけた様に健太に話を振るがその健太は携帯電話の画面を真剣な顔で覗きながら全く反応を見せなかった。


「おい健太、なんかあったのか?」


良助の呼びかけに健太はハッと我に返って良助の顔を見た。


「いや、戻ってねぇわ。金利。」

「は!?」


良助もそういて携帯を取り出すとニュースサイトを開いた。

経済系のサイトを開くと国債金利はどこもトップニュースとして扱っていた。


『国債金利、6%越え』

『日銀、遂に売り崩される 国債金利が一時6%を超える』

『日本経済終焉か 売られる日本』


ニュースサイトを見回しながら良助は国債金利のリアルタイムな値を見るサイトを知らない事に気が付いた。


「おい健太!どこ見ればいいんだ?ニュースサイトじゃ今の国債金利が判らねぇ!」


それを聞いて健太は震える手で自分の携帯を良助に向けた。

良助は向けられた画面をどこのサイトかと確認しようと探したが、そこに一つの数字を見つけた。


そこには「5.850 ↑4.050(506.25%)」と表示されている。


「え?506%って!?」

思わず良助は呻いた。


健太はそれを聞いてため息をつくと良助に教えた。

「ちげぇよ。そこは元値からの値上がり率。金利は今5.8%だ。」


金利は5.8前後の値で激しく上下している。

それは利益を求める何ものかと日銀の激しい攻防を物語っている様だった。

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