第2話

健太はじりじりと上値を上げる国債金利を見ながらニュースサイトやSNS系サイトを次々とザッピングしてその原因となりそうなニュースを探し続けた。


しかし今のところそれらしいニュースは見当たらない。どうやら公の動きではなさそうだ。何人かの個人トレーダーが健太と同じ様に気付いたのか金利について原因求むと呟いていた。


「ニュースはなし、と。」


健太は一呼吸置いてから改めて他の数字を調べ始めた。


今、世界の景気は停滞期に入っていた。インフレも落ち着いたもので先進国の殆どは金利を1%~3%を示している。そして今、それらの数字にも特に動きはない。


「為替は?」


一人でいる事の多い健太は何かするときに独り言を漏らす癖がついていた。本人は口にする事で意識の方向がはっきりする感じがしてむしろ積極的に独り言を言っている所もある。


マウスを操作しながらいくつかの為替のチャートを右上のモニターで切り替えながらその動きをチェックする。為替も今のところ特に目立った動きはない。最近定着した143円付近をウロチョロしている様だ。


それから中央のモニターに視線を移した。そこには健太の主戦場、株式関係の板や速報ニュースが映し出されていた。今日の株式市場は低調で心なしか少し閑散としている。しかし、値幅として特に大きいというわけではない。


ただ日本の金利だけが動いていた。上がった値はわずか0.5%。数字で示すとさしたる大きさではないが、大元の値が0.25前後であった数字からすると3倍になったという事だ。


基本的に国債の値動きは株ほど激しくない。そのため多くのファンドがレバレッジを使って5倍10倍といった金額でトレードをしている。例えば0.5%金利が上がったとすると国債価格はその金利分値下がりした事になり、レバレッジ10倍で取引していたなら元本の5%程度が値下がりした事になる。


ただ、日本国債は値幅非常に限られており、ファンドが振るってトレードする様な市場ではない。なのでレバレッジをかけてまでトレードする様なファンドは殆どいないはずだ。


「為替が動かないってことは国内の取引か?いや、まだドルにしてないだけかも?」


健太は他に何があり得るかを考えた。誰かが国債を売らなければいけない状況に陥ったか、あるいは思惑があって大きく売りに動いたかだろう。しかしこんな無制限介入が可能な国債に思惑なんてあるだろうか。


いずれにせよこの売りが続くなら日銀が動き始めるはずだ。何せ金利が上がったら次の国債発行の際にはそこまで金利を付けた状態で売りに出さなければいけなくなるからだ。それは借金の利息が値上げされるのと全く同じ事である。


金利が上がり続けた状態で財政が再建できなければ最終的に税収の半分以上は利息として支払いに充てられる計算になる。そんなバカな事は誰だって許せないだろう。


とは言えこれが何かの兆候を伝えるシグナルである可能性も捨てきれない。

ここ最近は緩やかな市場が続いており、ある種のマンネリ感が広がっていた。そんな中でこの動きがフォーカスされたら市場は大きく動くかもしれない。


「よし、売ろう。」


徐に健太はリクライニングにもたれかかっていた身体を起こし、保有していた株の殆どを売りに出した。ある程度含み益があったものは当然ながら含み損になっているものも躊躇なく売りに出していく。


それによっていくつかの銘柄は更に値を落とす羽目になったが、健太はそんなことを全く意に介さずに上から順番に売り続けた。食料、工業、ITの分野の株を売っていき、金融の株まで来たとき、一瞬健太の手は止まった。


国債金利が上がれば銀行は寝ている資金を国債で運用しているので業績的にはプラスだ。貸出自体は減るが金利は上がるのでそれもプラス。しかし、現在持っている国債は全て含み損を抱えるはずで、そうなると一回損切をする可能性もある。


いや、そもそもこれが大きな出来事の前触れだとするならそんな悠長な話ではないはずだ。キャッシュ・イズ・キング、蓋し名言である。


「売りだな。」


そう言うと健太はそれらも全て売りに出した。結果的に健太のポートフォリオは現金のみ、所謂スクエアの状態となっていた。その現金量を表す数字には13億4千万円と出ていた。初任給が32万、平均給与が680万の時代、一生遊んで暮らすには困らない額だ。


健太はその数字を見ながら更に考え続けた。現金のまま持つべきか、他の何かに資金を移すべきか。その候補は金か外国債、外国株、あるいはそのまま為替で外貨に換えるという選択肢もある。


そしてもう一つ、これから落ちる可能性があるものを空売りする方法も考えられた。例えば株等を空売りした場合、その株の価格が下がった分が自分の利益になる。だがこの動きが果たして相場の下げる動きにつながるのか確信がない。


最終的に健太は様子見をする事にして、相場を監視する作業に戻った。

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