第7話 貴女がいない日々
ヒナがいなくなって数カ月。毎日毎日遺書を読んだ。
大切な友人を失って悲しみに暮れていると思っている彼は、式の段取りや打ち合わせを全部してくれた。
私も一緒にいたけれど、操り人形のように彼の決定に頷くだけだった。
結婚式なんてどうでも良かったから。
心の中はヒナのことでいっぱいだったから。
苦しくってしかたなかったけれど、貴女の名前を呼んでも誰も応えてくれない。
公園を走り回った幼い頃。
喧嘩して口をきかなかった数日間。
テストの結果を見せあった学生時代。
沢山の思い出も一緒に撮った写真も色あせていくだけ。
そんな中で唯一ヒナを感じられたのが遺書だった。
だからなのかな。
貴女と過ごした日々が夢に現れたのは。
夢でしか会えなくなってしまったヒナはいつも笑っていたけれど、私が望む言葉は言ってくれない。
「好きだよ」
毎朝目覚める度に、独り呟く言葉。
隣で眠る彼は、その言葉を自分に向けられた愛の言葉だと思ってる。
違うのにね。
愛を伝えたいのはヒナだけ。
ねぇヒナ。遺書で謝っていたけれど、謝らなくていいんだよ。
我が儘でも、自分勝手でもないよ。
お互い様だから。
私たちは、自分の気持ちに正直になるべきだった。
そうすれば傷つかずに済んだし、貴女を失うこともなかった。
ずっと傍にいたのに、貴女の想いに気づけなかった私を許してほしい。
もう、私は自分の気持ちに嘘をつかないから。
早朝。
彼が熟睡しているのを確認し、スーツケースにドレスを詰め込んだ。
彼が選んだドレスではなく、こっそり私が借りていた、ヒナが選んでくれたドレス。
私が選んだ選択は、いろんな人に迷惑をかける。そんなことはわかってる。
でもね、これ以上自分の気持ちに嘘をつきたくないの。
心にぽっかり穴を開けたまま生きていたくないの。
部屋を出る前にリビングのテーブルに、遺書とも呼べない短い文章を書き残した。
【一緒にいてくれたのに、愛してくれたのに、慰めてくれたのに、裏切ってごめんなさい。貴方は優しい人だから、これから絶対幸せな人生が待っています。どうか、薄情者の私のことは早く忘れて、自分の人生を歩んでください】
マンションを出て、人っ子一人歩いていない夜道をスーツケースを引いて歩く。
貴女が空を飛んだビルに向かって。
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