旅路の果て――本格ファンタジーとは何か

牛盛空蔵

本文

 ある日、黒瀬はアマチュア作家仲間から、最近流行りの噂を聞いた。

 なんでも、本格ファンタジーとは何か、という話で業界はもちきりなのだそうだ。


 ファンタジーを主軸としている彼としては、突如として現れた綺羅星のごとき「本格ファンタジー」なる概念は、見逃せないものだった。

「それで、その本格ファンタジーって、つまりどんなものなんだ?」

「それが分からないんだ」

 アマチュア作家仲間の一人が話す。

「もとになったやり取りを見てみたけど、どうにも、何を指すのか分からない」

「ぼくも分からなかった。……ただ一つ、それとは別に伝説がある」

「伝説?」

 物書きの聖地『アクタ・ドラグーン』にたどり着くことができれば、おのずと創作に関するすべての疑問の答えを得られる。

 仲間の一人はそう言った。

「アクタ・ドラグーンか」

「長く険しい旅路になるんだそう。小説の神がそう運命を定めたんだって」

「神か。俺はそこに行けば、答えを見つけることができるのか?」

「言い伝えが本当ならきっと。行くのかい?」

 黒瀬は即答する。

「行く。ファンタジーは俺のジャンルだ、知らないでいるわけにはいかない。この場の誰も答えを知らないのなら、自分で答えのある場所へ行かなければならないだろう」

「そうか。行ってらっしゃい。一ヶ月ぐらいかな、ぼくたちの文芸サークルは君を休み扱いにしておくよ」

「ありがとう、そうしてくれると助かる。さて荷物をまとめるか、今日はこれで」

 仲間はにこやかに手を振る。

「無理はしないでね。……まあ小説の神が決めたんならハードになっちゃうかもね」

「ありがとう」

 長期休みでも除名にしない仲間に感謝を述べると、黒瀬は準備を始めた。


 一週間後、黒瀬は北の果てにある氷の洞窟に足を踏み入れていた。

 寒い。温度だけではない。視覚的にも寒々と、氷柱は伸び水滴はしたたる。

 現地人の言葉によると、洞窟の奥に聖地について知っている者がいるという。

 その情報を信じ、氷を火炎魔法で融かし、ブルーゴブリンを妖刀村正で斬り倒しながら先に進む。

 彼は風を読んだ。まっすぐ進んだ先に、上に向かって出口がある。近いようだ。

 自分のサバイバル技術を信じて進む。


 すると、その先に一人の女性のエルフがとらわれていた。

「ああ、旅のお方、助けてください」

 拘束具が支柱に繋がっている。

 黒瀬は質問を発した。

「エルフ女史よ、あなたは『本格ファンタジー』という概念が何なのか、答えを知っていますか?」

「本格ファンタジーですか、指輪物語とかD&Dなら」

「それはどういう意味でそうなっているのですか?」

 彼は問う。

「思うに、歴史の長さではないでしょうか」

「指輪物語が長大な歴史を語る物語とは思えません。有史以前の時代という設定とは聞いていますが、作中で何百年も経過するわけではないはず……」

「いいえ、現実の歴史の長さです」

「現実? つまり古典的なファンタジーこそが本格なのですか?」

 黒瀬は首をひねる。

「とすると、新興の作品は本格たりえないのですか、そうだとすると本格ファンタジーは時間的な意味でいますぐには生まれないことになりますが」

「そうですね」

 これでは答えにはならない。

 そう考えた黒瀬は村正でそのままエルフを斬った。

「グエ」

 エルフは拘束具につながれながら、上品に、優雅に倒れた。


 さらに数日後、黒瀬は砂漠の真ん中にいた。

 陽炎の中に聖地があるかもしれないという話を聞いたからだ。

 黒瀬は異次元水筒で無限に湧く水を飲む。快適である。

 すると、砂漠の中に小屋が浮かび上がった。

 異次元水筒がなんらかの要因で本来と異なる効果を発揮したのか。

 彼は小屋の扉を叩いた。


 中にいたのは、ドワーフの男だった。

「よくぞ来たな。さては貴殿こそが勇者なのかな」

「いえ、『本格ファンタジー』を追い求める、ただの旅人です」

 黒瀬は正直に目的を話した。

「なるほど、本格ファンタジーか」

「答えをご存知なのですか?」

「そりゃお前さん、あれだ、なろう系の対極にあるファンタジーのことだ」

 またも黒瀬は困惑する。

「なろう系の対極……つまりどういう」

「ステータスオープンをしない。追放しない。チートスキルをもらわず、目覚めもしない。婚約破棄しない。主人公SUGEEEしない。登場人物を主人公以外馬鹿にしない。――どうだ、具体的だろう」

「疑問が二つあります」

 黒瀬は腕を組んだ。

「ステータスオープンや追放が、なぜ本格ファンタジーを否定する要素になるのですか。そして主人公が活躍しない物語は、ファンタジー小説に限らず、面白くない上に難しいと思いますが」

「流行りものはいつの時代も低俗だ。流行りの逆は本格だ。そうではないかな」

「逆張りですか、そうは思えません」

 あまりに納得できなかったので、彼はドワーフをその場で斬り捨てた。

「グワァ」

 ドワーフは派手にぶっ倒れた。


 それからさらに一週間後、黒瀬の姿は天にも伸びる石造りの塔の中にあった。

 モノ・カーキの塔。

 その最上階で、さすがに疲労をにじませる彼は、息を切らしながらも大きなドラゴンに話を聞いた。

「本格ファンタジーとはなんですか」

「多数派が本格であると認めるファンタジー作品だ」

 堂々としてドラゴンは答えた。

「多数派が認める?」

「左様。細かい理屈はどうでもよい。多数決でそう決まればそうなる。民主主義といったか」

「民主主義と多数決原理は形式的には別物であると聞きましたが」

「細かいことはよいのだ。多数に認められる、これこそがファンタジーに限らず、全ての基本だ」

 ドラゴンは淡々と語りかける。

「貴殿はそう思わぬのか。創作とかフィクションというものは、結局のところ多数の人間に面白いといわれることこそが全てだ」

「作品としてはそうでしょう。しかしジャンルとかカテゴリーを多数決で決めるのは、中身を直接参照しないということであり、疑問が残ります」

「貴殿はひとりよがりの定義を唱えるのか?」

 黒瀬はこの言に腹を立て、必殺技の無双次元斬でドラゴンを斬った。

 美味そうな肉が残った。


 長旅の果て、ついに黒瀬は聖地「アクタ・ドラグーン」そのものにたどり着いた。

 看板には「アクタ・ドラグーンへようこそ!」と書かれている。

 黒瀬は王宮に入り、この聖地に独り住む小説神に拝謁した。

 神はお言葉を述べる。

「答えはここにはない」

「は?」

 黒瀬は村正を抜こうとしたが、神が制止した。

「これまでの旅路の中、学ぶところはさぞ多かっただろう」

「いえ……むむ、そうかなあ……?」

 彼は頭上にハテナを飛ばしまくった。

「ちょっとそうは思えませんが」

「答えはこの場で得るのではなく、旅の経験から、ここにたどり着くころにはおのずと体得しているということだ」

「やはりそうは思えません。神様、この場でお答えを頂きたく」

「いやいや、ここでもらうものでは」

 あまりに理不尽だったので、黒瀬は小説神を斬った。

 のちに黒瀬は「誅神」、神を誅する者の称号を得ることになる。


 帰ってきた黒瀬は、ただ自分の創作に打ち込んだ。

 自分の書くものが本格であろうとなかろうと、本能のままに書く。

 まるで、創作とはそのようなものだとでもいうように。

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旅路の果て――本格ファンタジーとは何か 牛盛空蔵 @ngenzou

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