第4話 夢遊病患者

 私に不思議なことが起こり始めたのは二週間ほど前のことだった。

 買った覚えのない本が増えているのだ。

 しかも絶版となった本ばかり。

 澁澤龍彦訳のヴェルレーヌの詩画集「女と男」、石川淳の「新訳雨月物語」、小村雪岱カバー絵の泉鏡花「歌行燈」などなど。

 確かに欲しかった本ではあるが、何処で手に入れたのだ? 全く覚えがない。

 私は夢遊病患者にでもなってしまったのだろうか。


               ◇


「先ほどのお客さん、全然、妖怪っぽくなかったですね」

「ああ、妖怪じゃないんだよ」

「えっ」

「生霊さね」

「生霊って、生きてる人間なのに魂だけ出ちゃってるやつのことですよね」

「そうさ」

「何で生霊になっちゃったんですかね?」

「本が好き過ぎるんだよ。寝てる時でも本のことを考えちまうのさ」

「そういえば、昼にも本を見に来ていたような……。何も買っていなかったですけど」

「ここは昼と夜で本が少し替わるんだよ」

「えっ、そうなんですか⁉」

「夜の方がよりレアな本が出るのさ。きっと本好きな、その人は、それを嗅ぎつけたんだろうねえ」

「すごい執念ですね」


               ◆


 また、やってしまった。

 起きると、手に持っていたのは内田百閒の「漱石先生雑記帖」。

 一体、私は、どうなってしまったのだろう……。

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