第2話 夜開店

「今日の夜、空いてる?」

 もうすぐ上がりの時間の頃、店長の綾さんから話しかけられる。

「まあ空いてますけど」

「じゃあ夜勤やってみる?」

「夜勤? ここ夜勤とかあるんですか?」

 基本、この街の本屋は夕方には店を閉める所が多いように思うが。

「あるよ。一旦、ご飯食べてから18時にまたいらっしゃい」

「はい、分かりました」


 夕飯は近くのカレー屋でとった。

 17時55分、あやかし古書店に戻る。日はすっかりと落ちていた。

「今日は、よろしくね、レン君」

 ベテランバイトの七緒さん、そういえば、この人はいつも俺の後続にシフトに入っているな。

「はい、よろしくお願いします」

「まあ、やることは昼とそんな変わらないけどね」

「そうですか、良かったです」

 俺はいつも通り、ハタキを持って、本の整頓をする。

 七緒さんは奥で店長と話している。

 何だ、夜も暇じゃないか。

 そう思った時だった。


 ゆうらり、と大きな影が俺を覆った。人間にしては大きい。

「い、いらっしゃいま」

 振り返って、言葉を失った。

 大きな蛙みたいな化け物が着物を着て、本棚を漁っていた。

「ひっ」

「いらっしゃい、オトさん」

「七緒ちゃん、今日は夏目漱石の気分だな」

「漱石ね、あっ、確か、この辺に」

 七緒が固まっているレンの横から、本を一冊取り出す。

「はい。『三四郎』でいい?」

「ああ、ついに三部作に手を出す時が来たか」

「はい、お会計~」

 ぽん、と七緒さんに肩を叩かれて我に返る。

「あっ、はい、今行きます」

「おお、新人君か」

「はい。えっと、220円です」

「はい」

 蛙の化け物が財布から小銭を出して、本代を払っている。

 それを受け取って、商品を袋に入れて渡す。

「ありがとう」

「はい、あ、ありがとうございました」

 蛙の化け物が帰って行く。


「さっきの方が、化け蛙のオトさん。いつも夜開店の一番乗りで来る常連さん」

「よ、夜開店、とは?」

「18時からが夜開店。あちら側の方々が来店する時間」

「あちら側?」

「妖、怪異、化け物、そんな方々」

 言葉では分かっている。しかし、理解が追い付かない。

「君、店のバイト募集が視えたんでしょ? 何で耐性ないの?」

「まあまあ、七緒。恐らく、視るのは初めてなんだろうさ。昔から素質はあったってだけで」

「そういうタイプかあ」

「ど、どういうことですか?」

「鈍いなあ」

「ここが文字通り『あやかし古書店』ってことさ」



 結局、俺が帰れたのは午前四時だった。

 あの後も妖怪が何体か来て、接客をした。

 寝てないのと不思議な出来事のせいで、くたくただ。

 一限入れてなくて良かったと思う。寝れる。


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