神田神保町あやかし古書店

夢水 四季

第1話 バイト探し

東京神田神保町の古書店街の裏通りにその店はあった。

 店主は年齢不詳の妖しげな美人、見た目が高校生くらいのこれまた年齢不詳の女子(?)が一人、そして都内の大学に通う文学青年の「俺」が一人。

 客は一時間に一人来るか来ないかで、本気で店の経営が心配になるレベル。日中の通常営業時間の仕事なんて楽なものだった。適当に本の整理をして、店主と雑談をしつつ、たまに客が来れば相手をする。



 俺が何故この古書店に勤めるようになったかというと、まあそう深い理由もない。行き当たりばったりの何となくだ。元々、本が好きで、上京してバイトをするなら本屋がいいと決めていた。で、東京で本屋といえば神田神保町という安易な理由でバイト探しをした。下宿先からも大学からも丁度いい距離にあった。

 初めて神保町を訪れて古書店やおしゃれなブックカフェを巡るうちに当初の目的はどこへやら、夢中で本を漁っていた。そうこうしているうちに黄昏時になってしまい、シャッターを閉める店も出てきた。

 当初の目的を思い出したのは裏通りに迷い込んだ時だった。ふと吸い寄せられるように、その店に向かう。ラーメン屋と居酒屋に挟まれた年季の入った建物。

あやかし古書店。

 店内の造りは他の古書店とさほど変わらなかったが、店内の雰囲気は独特だった。隣のラーメン店の豚骨の臭いに混ざって、古いお香から醸されるものような形容しがたい匂いが漂っていた。書架の並びも変わっていて、太宰治の「人間失格」の隣にレシピ本が並んでいたりする。適当に本を見ていると「あ、いらっしゃいませー」と奥からバイトらしき女子が顔を出した。俺は軽く会釈をし本の物色に戻る。

 お、夢Qの本あるじゃんと手に取ろうとした時、店の柱の張り紙が目についた。「アルバイト募集中」と黄ばんだ紙に行書タッチで書かれていた。

「あの、ここって今もバイトを募集してますか?」

「へぇ、アンタそれが〈視える〉んだねぇ」

 俺はその辺でハタキをパタパタしていたバイトに声をかけたつもりであったが、聞こえてきたのが艶のある声だったので、思わず声のした方向に顔を向けた。

 声に相応しい艶やかな女性がいた。

「見えますよ、普通に」

「じゃあ、採用だ」

 これが、俺がバイトを始めた、あらましだ。

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