第34話 復活

 更に数日後。

 コーネリアスの準備が整ったとのことで、ガルザとアロマロッテは再び塔から出された。

 処刑場まで連れられ、張りつけにされる光景を私は息を呑んで見ていた。


 私と辻くん、それから国王陛下とお父様は高台になっている席に座り、上から見下ろす形で事の顛末を見届ける予定だ。


「ねぇ、コーネリアスの手に何か持ってない?」


「そうですね。あの中に毒薬を保管しているのでしょうか」


 目を細める私の隣で遠くを見る仕草をする辻くん。

 コーネリアスの手には長方形の木箱のようなものが握られている。

 この距離ではよく見えないけれど、試験管のような理科で使う物品が入っているようには思えなかった。

 なんとなく棺のような雰囲気だ。


 騎士団や魔導師に囲まれるコーネリアスがこちらを見上げ、国王陛下が頷く。

 それを合図にしてコーネリアスは懐から取り出した小瓶を持って、まずはガルザの口元に添えた。


 騎士団員によって無理矢理に口を開かされたガルザが小瓶の中身を飲み干すと、ジタバタし始めてやがて動かなくなった。


「本当に毒のようですな」


 宰相であるお父様が熱心に見つめながら呟いた。


 次はアロマロッテの番だ。

 先日は「愛する者を自分の手で苦しませずに逝かせたい」と願ったコーネリアスは迷うことなくアロマロッテの口元に小瓶を添えた。

 しかし、まだ小瓶を持ち上げない。


「……嫌な予感がします」


 私の手を握った辻くんは瞬きもせずに眼下を凝視している。

 何かが起こったときは、このまま私から魔力を借りて精霊魔法を発動させる心積もりなのだろう。

 私も気を引き締めた、そのとき。


「うがあぁぁぁぁぁ!」


 毒薬を飲んで絶命したはずのガルザが目覚め、暴れ始めたのだ。

 拘束する騎士団を振りほどき、自身を縛る縄を引き千切った。


 コーネリアスが持って来た薬の中身は誰も確認していなかったようだ。

 本人が「これは毒です」と言っているのに「では、確認してみよう」とならないのは当然のことだろう。

 普通ならガルザが何を飲まされたのか知る由もないはずだ。


「魔力増強薬だ!」


 叫び声に近い声を上げる国王陛下の隣で私も頷く。


「ガルザの魔力量が倍以上に膨れ上がってる。このままだと体を突き破っちゃうかも」


 国王陛下と同時に気づいた私が辻くんに伝えると、彼はより強く手を握った。


「美鈴さん、マギアレインボーをもらいます」


「うん。いくらでも」


 席を立ち、精霊たちに防御魔法の発動をお願いした辻くんが身を乗り出す。

 私も高台から顔だけを覗かせると、コーネリアスはアロマロッテの縄を解き、処刑台から逃がそうとしていた。


 この処刑場はあらかじめ魔導師団によって脱出不能の魔法がかけられている。コーネリアスには誰も告げていないはずだ。

 そう簡単には逃げられない。誰もがそう思っていただろう。


「ジーツー、念のために飛翔して」


 レッドクリフドラゴンであるジーツーの存在も全国民にバレている。

 緊急事態なら王都の空をドラゴンが飛んでも文句は言われないはず。


「至高なるお嬢様」


 ズルリと私の影から中性的な顔が這い出てくる。

 魔人スピロへーテは、男とも女ともとれる声で私を呼んだ。


「あの棺の中から、わたくしの創造主バエルバットゥーザの魂を感じます」


「どうしてそんなものをコーネリアスが持っているんだろうね」


「魔王軍を離反した連中が掘り起こしていたみたい。もっと早くに聞き出せればっ。ごめん、ミスズ」


 猫の姿で足元にすり寄り、人間に変化したムギちゃんが悔しそうに唇を噛み締めた。

 別に彼女を責めるつもりはない。

 問題が起こってしまったなら対処するだけだ。


 私と辻くんがこんなにも冷静なのは、先日バエルバットゥーザについての情報を共有し、備えていたからに他ならない。


「辻くん、マギアオレンジで攻撃魔法を」


「はい。土煙は風魔法で払います」


 橙色だいだいいろの魔力、マギアオレンジは光魔法を発動するために必要な魔力だ。

 バエルバットゥーザが暗黒魔術師と呼ばれていて、闇の精霊魔法を自在に操るという、すぴろんからの前情報に基づき、そうお願いした。


 オレンジ色の帽子を被る精霊が放った魔法がコーネリアスとアロマロッテに直撃する。

 舞い上がった土埃は風を司る精霊の力で払われた。


 土煙の中には二人を庇うガルザが片膝をついた姿勢で背を向けていた。


「ねぇ、すぴろん。あの棺の封印を解かれなければいいんだよね?」


「いいえ、至高なるお嬢様。残念ながらもう解かれてしまいました」


 コーネリアスの手にあった棺の鍵穴にはアロマロッテの小指が刺さり、蓋が開いていた。

 中からあふれ出た黒い煙がガルザを取り込み、やがて人の形へと変化していく。


「あ、あれは!? 紛れもなくバエルバットゥーザ殿だ」


「しかも全盛期の頃を彷彿とさせるお姿」


 国王陛下と父が怯えた顔で、震えた声を重ねた。

 私たちの眼前には挑発的な目つきの男が立っていた。


 ガルザの姿はどこにも見当たらない。

 アロマロッテはぐったりしたままで、コーネリアスは今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「バエルバットゥーザ様。言われた通りにアロマロッテを鍵として、あなた様を復活させました。彼女を救ってください!」


 処刑場にコーネリアスの懇願する声が響き渡る。

 その内容には誰もが耳を疑った。


 バエルバットゥーザから指示を受けていた?

 辻くんの話では、バエルバットゥーザは私たちが生まれた後に死亡したはずだ。

 コーネリアスは一体どうやって彼の声を聞いたというのだろう。


 それに魔人スピロへーテは大昔に封印されている設定のはず。

 バエルバットゥーザという人物がそんなに昔から存在していたというのか。


「おぉ! 火魔法と雷魔法の二つを使える器とはなんたる強運。感謝するぞ、若き魔導師よ。貴様を選んで正解だった」


「そんなことはどうでもいい! 早くアロマロッテを回復させて、彼女をロストマジックの呪いから解放してくれ!」


「よかろう」


 バエルバットゥーザはアロマロッテの頭を掴み、そのまま力を込めたようだった。

 途端に処刑場にはアロマロッテの断末魔の叫びが反響する。


 コーネリアスがバエルバットゥーザの足にすがりつき、懇願しても彼は一向に止める気配はない。

 耳を塞ぎたくなる叫び声が止む頃にはコーネリアスも脱力していた。


「弱い。だが、これで精霊魔法を取り戻した。あとはお前の知識をいただく。わしの魂が封じられ、体が崩壊してからの世界を教えてもらおう」


 バエルバットゥーザは枯れた体となったアロマロッテを捨てて、ショックのあまり虚脱しているコーネリアスの頭を掴んだ。


 この間も騎士団や魔導師団は攻撃していたが、一切通じなかった。

 唯一、辻くんの攻撃魔法だけが効いているようだったけれど、バエルバットゥーザを止めるまでの威力はなかったようだ。


「ほほう。小僧が精霊魔法の使い手で、小娘が七色の魔力を持つ者か。む?」


 眉間にしわを寄せたバエルバットゥーザは、高台にいる私と辻くんを何度も見つめた。


「あの時の王子と公爵令嬢か。面白い因果だ。せっかく引き裂いてやったというのに、わしの前に立ちはだかるとはのう」


 間違いない。バエルバットゥーザはフェルド王子から魔力を奪い、リリアンヌに魔力を植え付けた張本人だ。


「人生とは上手くいかぬ。精霊王に魂の大部分を封印されてからも生き永らえ、精霊魔法の使い手の成長を防いだと安堵した直後に体が崩壊した、わしの身にもなって欲しいものだ」


 久々の若い体を堪能するように、バエルバットゥーザが首を鳴らす。


「さて。貴様たちを葬り、人間界も精霊界も魔界もいただくとしよう。精霊の王もわしとスピロへーテを相手にして、ただで済んでいるとは思えない。今が好機」


 アロマロッテの上に放り投げられたコーネリアスから魔力は感じられない。


 ガルザの若く逞しい肉体と、アロマロッテの聖なる魔法の素質と、コーネリアスの知見を得たバエルバットゥーザはラスボスの風格で私たちの前に立ちはだかった。

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