第35話 また掴み損ねちゃうなんて
「はあぁぁっ!」
気合いを入れて、魔力を放出しながら叫んでいるバエルバットゥーザ。
彼の体から出た黒い魔力は一瞬にして空を覆い、暗闇の世界に変えてしまった。
その様子には国王陛下もお父様も恐怖していたが、辻くんは無反応だった。
空を飛んでいるジーツーも、私の隣でしょげていたムギちゃんも同様にノーリアクションだ。
「よぉ、ミスズ! 処刑は終わったか?」
何食わぬ顔で転移してきたマオさんに至っては無視しているのか、気づいていないのか分からない。
「お、精霊魔法の使い手が増えたのか。なんだか米粒みたいな魔力だな。米粒といえばツジよ、またカレーを作ってくれよ。魔王城だと上手くいかないのだ」
雑談を始めるマオさんに快く返事する辻くん。
さすがにバエルバットゥーザが可哀想になってきた。
「スピロへーテ、まずは人間界の汚染からだ。全人類にお前の感染力を見せつけてやれ!」
私の影に潜んでいるすぴろんに気づいたバエルバットゥーザが命令する。
しかし、すぴろんは私の側を離れようとはしなかった。
「嫌です。あなたのせいでわたくしは封印されたのですよ。それに、あなたの魔力は面白みに欠ける。至高なるお嬢様の魔力こそ、わたくしの体を縛りつけ、蹂躙し、快楽と恐怖を与えてくれるのです」
「な、なんだと……。わしが作ってやったというのに!」
「それは違います。そもそも、わたくしは太古の昔から自然界のどこにでも存在していました。あなたが蘇生魔法の研究中に偶然、死物寄生していたわたくしの一部を拾い上げただけです」
すぴろんは揺れ続ける中性的な顔を手で隠しながら、目を細めた。
「わたくしが封印された理由は、あなたの魔力に餌としての栄養価が足りなかったからですよ、無能さん?」
「クソッ! これでも喰らえ!」
愕然とするバエルバットゥーザは激昂して、火と雷と精霊魔法を放った。
「美鈴さん」
「どうぞ」
辻くんがマギアオレンジで召喚した精霊の攻撃魔法によって、バエルバットゥーザの魔法はかき消された。
「なぜだ! わしは闇の精霊魔法の使い手、暗黒魔術師バエルバットゥーザだぞ! なぜ攻撃が効かない!? なぜ
まだ気づかないなら、教えてあげた方がいいのかな。
国王陛下や騎士団は怯えているから、私の知り合いがおかしいのかもしれないけど。
「えっと、アロマロッテがサボったせいだと思うよ」
「さ、サボった……?」
「あの子、初めて会ったときからレベルが低かったから。それにガルザの魔力とは相性が悪そうだし、精霊魔法を発動させるには燃費が悪いと思う。たった二つの属性魔法しか使えないから戦い方の幅も狭まるし」
「そんなわけがないだろう! 属性魔法を二つも使えて、下位互換だろうが精霊魔法だぞ!」
そんなことを言われても、と困っているとムギちゃんとマオさんに肩を叩かれた。
「ミスズ、それは暴論だ。お前が規格外すぎる」
「そうよ。あんたの頭がおかしいのよ。わたしたちが余裕ぶっているのは、隣にあんたがいるからなんだから」
辻くんまで頷いている。
奥さんが頭おかしいって言われて、納得するなんてひどい。
私の夫も頭がおかしいことを証明しないと割に合わないわ。
「辻くん、アレやって」
「え、でも……」
「やって。今すぐに」
渋々、頷いた彼は私の手を握り、七色の魔力のほとんどを奪っていった。
懐かしい感じ。
初めて二人で精霊魔法を発動させた時よりも強い疲労感に襲われ、ムギちゃんに寄りかかった。
「どうなっても知りませんよ」
辻くんはマギアレインボーをつぎ込み、七人の精霊を呼び出した。
彼らはそれぞれが司る魔法を発動させる。辻くんは無理矢理に七つの魔法を一カ所に集めた。
「おいおい、本気か」
さすがの魔王様も冷や汗を流している。
これから発動させる魔法は私と辻くんが体を重ね合ったことで完成した最大の精霊魔法だ。
辻くんの手によって七つの魔法が混ざり合い、眩い光を放つ。
私が七色を混ぜ合わせた時は濁った黒色になってしまったが、辻くんは見事なグラデーションを描いて見せた。
次の瞬間、天上から現れた巨大な金色の剣が世界中を覆っていた暗闇を切り裂いた。
「ま、まさか。この世にまだ存在したというのか……」
驚愕し、空を見上げるバエルバットゥーザ。
「これは奇跡としか言いようがありません」
いつも漫然と揺れている、すぴろんまで上擦った声を出していた。
「精霊王、ジャンヌ・ガルダ」
ゲームの中のフェルド王子は優れた剣技の持ち主だったけど、転生している辻くんは剣を振れない。
以前ガラの悪い連中に絡まれた時も、魔人スピロへーテと戦った時も、剣を持って戦えないことを気にしていた。
私は剣なんて持たなくていいと思っている。優しい彼にそんなものは似合わない。
でも、彼の気持ちを汲んであげたいとも思う。
だから、少しでも辻くんの願いを叶えられるように、と試行錯誤した結果こうなった。
金色の剣を持つ天使。
狼の魔族――ロウオウガを一撃で破ったあの天使がより強大な力を持って召喚されたのだ。
ただ、名前があるとは思わなかったし、ましてや精霊の王様だなんて知らなかった。
「あなたを消します。二度と美鈴さんの前に現れないでください」
辻くんの無慈悲な声に続き、ジャンヌ・ガルダの剣がバエルバットゥーザの体を貫いた。
さっきの話では、バエルバットゥーザは過去に精霊王ジャンヌ・ガルダに封印されたらしい。
でも、今回は辻くんが完璧に葬り去ってしまった。
どうだろうか、諸君。
これがうちの旦那様だ。頭おかしいだろ?
「この魔法ってミスズが考えたの?」
「そうだけど。なんで?」
「やっぱり、あんた頭おかしいわよ」
ムギちゃんは辻くんのことが好きだから認めたくないのかもしれない。
まったく困った、お猫様だ。
それにしても、バエルバットゥーザが消滅したというのにまだ空は暗いままだ。
私、辛気臭いのは嫌いなんだよ。
「ジーツー、ブレス吐いてもいいから空を綺麗にして。お願い」
待ってました、と言わんばかりに炎を吐いたジーツーは嬉々として世界中を飛び回り、真っ暗だった空を浄化してくれた。
◇◆◇◆◇◆
後に王子妃のペットが世界を燃やそうとした、という不名誉な噂が流れてしまった。
事情を知らない者たちの戯れ言だとつっぱねたら、案の定、75日も経たずに噂は綺麗さっぱり聞かなくなった。
この数ヶ月は事後処理に追われて忙しかったが、王都や町の復興作業も終わって、皆で祝杯をあげられてよかった。
「これで2のストーリーもエンディングかな。やっとスローライフを再開できるー!」
二人きりの私室で人目もはばからずに伸びをする。
服が引っ張り上げられて、お腹が出てしまうことも気にしない。
私たちは国王陛下に話は通し、王宮を出て行く準備を進めている。
陛下には「フェルドを国王にしたい」と何度もお願いされたが、辻くんは頑なに首を縦には振らなかった。
それに陛下は王宮に戻ったばかりの私の宣言を聞いているのだ。
私はグッドナイト王国に多くの利益をもたらしたのだから、辻くん共々自由をいただく権利がある。
「美鈴さん、僕の準備は整いましたよ。さぁ、手を取ってください。転移魔法で逃げちゃいましょう」
「オッケー」
意気込んで辻くんの手を握ったが、彼は一向に精霊魔法を発動しようとしない。
「どうしたの?」
「いや、美鈴さんの魔力が送られてこなくて」
「は?」
まさか、バエルバットゥーザを倒したことで魔力を使い切ったとか!?
それとも役目を終えたから辻くんに魔力を渡せなくなったの!?
様々な推測をしていた私は突然の胃の不快感にしゃがみ込んだ。
「う゛ぅ゛」
「どうしました!?」
心配する辻くんを押し退け、トイレに駆け込む。
その瞬間、なぜ魔力を送れなくなってしまったのか、その理由を知ることになった。
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