第3章 真のスローライフ編

第33話 続編なんて聞いてないっ!

 数日後。

 私と辻くんは幽閉の塔から出されたガルザとアロマロッテを遠巻きに見ていた。

 魔力を抑える手枷、足枷をつけられた二人にかつての輝かしさはない。

 髪はボサボサで、表情も乏しい。


 アロマロッテはこれからのことを考えているのか、体を小刻みに震わせていた。


「王の命により、ガルザ・グッドナイトおよび、アロマロッテを極刑に処す」


「お待ちください!」


 王国騎士団長のハリのある声に、若い男の声が重なる。

 私もつられて声の聞こえた方を見ると、そこにはコーネリアスがいた。


「控えろ、コーネリアス! 見習いから昇格したとしても、お前の出る幕ではない!」


 魔術師団長に止めれても、騎士団員に羽交い締めにされても、コーネリアスは止まらなかった。


「二人には元魔王軍の残党狩りをさせることを進言します! ガルザ様の二つの属性魔法をアロマロッテの補助魔法で強化すれば可能です! 彼女はロストマジックの継承者です! 有効に利用できるはずです!」


 必死に訴えかけるコーネリアスに胸を打たれたわけではないだろうが、国王陛下は彼の拘束を解くように命じた。


「陛下、アロマロッテは貴重な人材です。これからの世のため、彼女の存在は生かしておくべきです!」


 その言い草だとガルザはどうでもいいと言っているようなものだ。


 陛下は渋い顔で目を瞑っていた。

 実際にアロマロッテの能力を認めて、王宮に呼び寄せたのは陛下だ。


 もしも、彼女を片田舎から引っ張り出さなければこんなことにはならなかったかもしれない。

 そんな自責の念があるのだろうか。


「フェルド、お前はどう思う」


 辻くんは堂々と陛下の前へ歩み、首を横に振った。


「このまま刑の執行を進言します」


「フェルド王子! あなたはアロマロッテの素晴らしさを知っているはずだ。それなのに、結婚したから捨てるのか! かつてのリリアンヌ妃のように!」


「無礼者!」


 聞いたことのない低くも、ドスの利いた声に体が跳ねる。

 あの辻くんがこんな声を出せるなんて想像もしていなかった。


「僕は構わないが、リリアンヌを侮辱することは許さない。貴様を不敬罪で処罰するぞ」


 辻くんが凛々しい。

 こんな私のために怒ってくれるなんて嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。


「リリアンヌ王子妃はどうだ?」


 突然、名前を呼ばれた私は素っ頓狂な声で返事をして、曖昧に答えてしまった。


「ひとまず、王子も落ち着きましょう。個人的には極刑はやり過ぎかと。残党狩りでもよいかとは思いますけど、これまで通りに幽閉でも」


「幽閉させるくらいなら、国のために働かせた方がいいに決まってる! 二人は類稀な才能を持っているのに、それを腐らせるつもりですか!」


 こんなに熱くなっているなら、今のコーネリアスに何を言っても無駄だろう。

 膠着状態の中、飄々とした態度でマオさんが手を挙げた。


 あの人、なんでいるの?


「国王よ、面倒だから殺してしまおう。何より友であるミスズを苦しめ、命を奪おうとしたのだ。我は此奴らを許すつもりはない。仮に残党狩りに出すなら、王都から一歩出た瞬間に我が殺そう」


 マオさんの殺意が強すぎる。

 魔王の出現にコーネリアスも黙り込んだ。


「おい、小僧。今、ミスズを辱めたな。我はツジよりも優しくないぞ」


 コーネリアスは今にも崩れ落ちそうな膝を堪え、またしても叫んだ。


「ならば、私の毒薬で刑を執行してください。少しでも愛しいアロマロッテを苦しめたくないのです! どうか、どうか!」


 土下座して何度も頭を打ちつけるコーネリアスの姿は異常だった。

 これが歪んだ愛を持つ者の末路か、といった哀れむような視線が各所から送られる。


 縋り続けるコーネリアスに根負けした国王陛下は薬殺刑に変えて、日取りを整えた。

 マオさんも納得したようで、文句を言わずに帰って行った。


 その日の夜。

 寝室へやってきた辻くんの手には冷えた麦茶があった。


「昼間のこと、どう思います?」


「どうって言われてもなー。コーネリアスの好きにさせてあげればいいんじゃない?」


 グラスと氷が触れ合い、涼しげな音を立てた。


「私は国外追放を免れて、辻くんは魔王に殺される運命から逃れた。他のことはどうでもいいよ」


「そうですけど」


「ふぅむ。何が気になっているのか言ってごらん」


 優しく問いかけると、辻くんはしばらく悩んで顔を上げた。


「ゲームクリア後のリリアンヌはどうなるんですか?」


「んっと……。あれ、そういえばどうなったんだろ。敵幹部として戦うけど敗走した後のことは知らないや」


「つまり、死亡した描写はなかったってことですよね?」


「そう、だね」


 辻くんはこめかみを叩いて、再び質問を繰り出した。


「バエルバットゥーザについては?」


「暗黒魔術師でしょ? すぴろんに聞いたよ。ゲームには登場しなかったな」


「王宮魔術師団の相談役じゃないですか?」


 顔を見合わせて、二人して頭上にハテナマークを浮かべる。


「じゃあ、バエルバットゥーザってフェルド王子から魔力を奪って、リリアンヌの中に入れた人!?」


「何の話ですか、それ!?」


 結婚して数日、重大なコミュニケーションエラーが発生していることが発覚してしまった。


「その話は後で聞きますけど。この状況について一つ仮説がありまして」


 私はピンとこないけど、辻くんの中では何かが繋がったようだ。


「妹が言っていたんです。2が待ち遠しいって」


「2というと、鋭意作成中で来年発売予定の?」


「そうです。もしもリリアンヌが生きていて、フェルド王子の魔力やバエルバットゥーザがストーリーに絡んでくる予定だった、とか」


 あぁ……聞きたくない。

 せっかく掴めそうだったのに、私たちのスローライフが遠ざかって行っちゃう。

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