第31話 プロポーズされる悪役令嬢
私にしかできないこと、それは魔物たちの餌場を作ることだ。
当初は定期的に餌場を巡回して魔力を置いて帰ろうかと考えていたが、面倒事はスピロヘーテが解決してくれた。
「本当に大丈夫? 失敗しない?」
「問題ありません。思い切りどうぞ」
言われた通りに藍色の魔力、マギアインディゴを地中に流し込む。
他の土地に悪影響が出ないように細かい調整は全部スピロヘーテがやってくれた。
「これでいいの?」
「はい。至高なるお嬢様の魔力を土地に馴染ませました。いわゆる土壌汚染というものです」
その説明だと良い印象は受けないんだけど。
しばらく見つめていると、樹液のように木々や岩陰から魔力の餌が染み出し、魔物たちが寄ってきた。
「成功です。マギアインディゴの地脈は至高なるお嬢様のお部屋にあるお化粧台の引き出しと繋げておきました。これで移動せずに魔力の追加を行えます」
なんてことしてをくれてるんだ。
確かに楽だけど、私は化粧台の前に座る度に「あぁ、ここから餌やりしてるのか」とか思っちゃうわけだ。
小学生のとき、生物係だったことを思い出した。
「やっぱり魔力操作が上手だね」
「魔人ですから」
「すぴろんはどうやって生まれたの?」
「聖霊界、人間界、魔界など全世界に蔓延し、全ての生命を脅かす生命体として暗黒魔術師バエルバットゥーザが作り上げたのです」
「バエルバットゥーザ? 変な名前の人ね。なんで、封印されてたの?」
「聖霊界でパンデミックを起こしたら聖霊王にやられました。全てはバエルバットゥーザが無能だったからです」
「へぇ。災難だったね。人間界では同じことしないでね」
「もちろんでございます。今の私の中にある魔力は至高なるお嬢様の持つ魔力ですから悪さは七分の一の確率でしかできません」
仮にまた暴れ出したら辻くんと一緒に制圧しよう。
何はともあれ、人間の方も魔族の方も上手くいって良かった。
魔物の餌問題を解決して達成感を感じながら、王宮に戻った私の元に辻くんがやってきた。
彼が王宮にいるのも珍しい。
いたとしても忙しくて、ここ数週間は私との時間はほとんどない日々だった。
「久しぶりだね。魔物の方はもう大丈夫だよ。明日にでもマオさんと話してくるよ」
「お疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね」
なんだろ、この違和感。
言葉にはできないけど、辻くんがそれだけを言うためだけに私の部屋を訪れたとは思えない。
もっと重要な話があるはずだ。
なかなか部屋の中に入ってこない辻くんに手招きする。
彼はおずおずと足を踏み入れ、扉を閉めた。
「なにかあった?」
「少しだけ、いいですか」
「もちろん」
寝るにはまだ早いし、そこまで疲れているわけではない。
辻くんがいつまでも神妙な面持ちだから重めの話を覚悟した。
そんなピリついた雰囲気を察したのか、ジーツーもすぴろんもいつの間にかいなくなっていた。
「美鈴さん!」
「ひゃい!」
突然の大声に変な声で返事すると、辻くんが片膝をついた。
「好きです。愛しています。僕と結婚してください」
震える声ではっきりと伝えてくれた。
そして、震える手の中には開かれた小箱があった。
その中には燃えるように赤い宝石が嵌められたリングが置かれている。
これはつまり。そういう、アレだ。
「え、あ、えっと……はい。よろしくお願いします」
私は、どもりながら返事して彼の震える手を包み込んだ。
辻くんが小箱から取り出したリングに向かって左手を伸ばす。
少し大きめだったリングは私の薬指に合わせて、サイズが変化した。
今ではピッタリはまり、簡単には抜けないだろう。
「これって、ホークアイリング?」
「そうです」
フェリミエールの絵画と同様に高額のアイテムだ。
ただ、ホークアイリングは装備すればステータスを格段にアップさせる。
「これ装備したら私が最強になっちゃうよ」
「万が一、僕がやられても美鈴さんだけは傷つけさせません」
「辻くんは私を守ってくれるって言ったもんね」
あれは村での生活を始めてすぐの頃。
小さな町へ出かけようとしたときの口約束だ。
「初めて会ったとき、信用してないとか、一人で逃げ出しそうとか、失礼なこと言ってゴメンね」
ポカンとした辻くんは吹き出した。
その顔は今更なにを、とでも言いたげだった。
「今ではどうですか?」
「信用も信頼もしてる。絶対に一人で逃げないと断言できる」
「それならよかったです。もう気にしていませんよ」
そっと彼が近づく。
私も半歩近づくと、程よく筋肉質な腕が背中に回された。
同様に辻くんの背に手を回し、胸に頬を寄せる。
「嬉しいよ。何回告白されても、やっぱり嬉しい」
「よかった」
「お父様は大丈夫だった?」
「はい。僕の粘り勝ちです。この婚約指輪も力を貸してくれました」
それはそうだろう。
ホークアイリングといえば、ゲームのエンディング後に現れる最難関クエストの報酬だ。
私に隠れて、クエストに挑戦してたってわけか。
彼がお父様の許可を得たなら、私はもう辻くんの婚約者になったも同然だった。
「目標達成だね」
「はい。ただ……」
「分かってる。社交にも出るし、礼儀作法もちゃんとする。そのために嫌々レッスンを受けたんだから」
それから数分間、私たちは抱き合っていた。
冷静になり、左薬指で輝くリングを何度も眺める私は名前を呼ばれて顔を上げた。
「実はコーネリアスが幽閉中のアロマロッテの元を何度も訪れています」
先程と打って変わって真剣な顔の辻くん。
甘い雰囲気はなく、仕事モードだ。
「辻くんの妹さんには悪いけど、コーネリアスってストーカー気質なんだよ。だから、私は好きじゃないんだ」
「コーネリアスはアロマロッテのことが好きってことですか?」
「そうだろうね。まったくすごい関係図だよ。コーネリアスルートはけっこう、ねちっこい恋愛をしてたから私はもうお腹いっぱいだよ」
辻くんが顎に手を当てて考えている姿も様になっていて素敵だった。
「ガルザもアロマロッテが刑に処されるのは僕たちのゴタゴタが落ち着いた後の予定なので、何事もなければいいですが」
「コーネリアスってそんな派手に動くタイプじゃないから大丈夫じゃないかな」
それでも辻くんの顔は浮かない。
「囚われの姫を前にして悲劇のヒーローを気取っているだけだよ」
「そうだといいんですけど」
辛気臭い顔を続ける辻くんの頬を摘み、引っ張る。
「私、プロポーズされた後なんだよ。そんなお通夜の後みたいな顔しないで」
「すみません」
心底申し訳なさそうに謝罪する辻くんの頬から手を離し、微笑む。
「大丈夫。もうエンディングは目の前だよ」
私の王子様は俺様キャラとは真逆の心配性だけど、私はそんな彼を好きになったのだ。
私の言葉で笑顔になってくれるなら、こんなにも幸せなことはない。
それからはたわいもない話をして、帰室する辻くんを見送った。
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