第30話 復興作業
今回の騒動で行方不明だったフェルド王子と
魔王であるマオさんも派手に暴れていたが、誰も姿を見たことがなかったらしく、正体がバレることはなかった。
「さすが魔王様ですね。でも、配下の魔族たちはよかったんですか?」
「ハハハ。ミスズに言われても素直に喜べんな。今回の騒動を起こしたのは過激派の連中だ。話し合って分かり合える者たちではないからな。致し方あるまい」
王都の復興について広場で話し合っていた周囲の人たちが一斉に黙ってしまった。
国王陛下と父は呆れているし、辻くんは「あちゃー」といった表情だ。
「リリアンヌ様。今、魔王って言いました?」
「……あ」
今回の国王と魔王の会談は極秘に行われたもので、知っているのは極少数のみだ。
私は騎士団長とコーネリアスに指摘されるまで自分の失言に気づかなかった。
「アホね」
「嘘を吐けないのが美鈴さんの良いところだから」
ジト目を向けるムギちゃんと、絶妙なフォローをしてくれる辻くん。
お恥ずかしい限りだが、もうごまかすことは無理だと観念しているとマオさんが庇ってくれた。
「いかにも。第15代目の魔王である。此度はリリアンヌ・ソーサラの停戦協議を受け入れるために足を運んだ。それがこのような結果となり、誠に申し訳ない」
突然、頭を下げるマオさん。
更に驚くべきはマオさんの姿を見て、国王陛下までもが非を認めたのだ。
「今回の騒動は愚息ガルザ・グッドナイトが企てたものだ。余が責任を取る」
本当は裏で停戦協定を結び、全ての準備が整ってから公表するつもりだったのに、こんなことになってしまった。
人間と魔族の王様に挟まれる私と辻くんの周りには騎士団や魔道師団や多くの国民たち。
「えー、じゃあ、人間と魔族の戦いは今日で終わり! それぞれの領地の復興作業を始めましょう」
本当は辻くんが言うべきなんだろうけど、彼はニコニコして動く気配はなかった。
驚くことに私の背中を押したのは宰相である父だった。
「リリアンヌ様は国を守ってくれた女神様だ」
誰かの声が水面の波紋のように広がり、一瞬にして私は女神になってしまった。
「聞け、お前たち! リリアンヌ様は我々、魔族を嫌悪せずに友だと言ってくれた! 魔王様は彼女の心意気に惚れて停戦の条件をのんだ。決して、我々に不利益とならないものだ!」
メイド服姿だったムギちゃんは多くの人の目の前で魔獣の姿となり、押し寄せた正規魔王軍に向かって叫んだ。
厳つい姿の魔物や魔族が「そうなのか」と言っている姿はなんだか可愛らしかった。
「まさに聖女。至高なるお嬢様の魔力は極悪にて極上。その一撃で昇天してしまいそうでした」
全員が声のする方を向いたが、方向は上下前後左右、三者三様だった。
その声は直接頭の中に響いているようだった。
「あなたは?」
私と辻くんの前に姿を現わしたのは、陽炎のように実体のない中性的な顔の人だった。
「我が名はスピロへーテ、尊い魔法を扱う者の下僕。至高なるお嬢様、あなた様の忠実なしもべとしてお側に置いてくださいませ」
「いいけど。精霊魔法の使い手は彼だけどね」
私はまたしても失言をしてしまったらしい。
フェルド王子がこの世には存在しないはずの魔法を扱うことを暴露してしまったのだ。
「あははは。みす……じゃなかった。リリアンヌ、そろそろ戻りましょうか」
これ以上の失言を心配した辻くんが肩に手を回して、歩き出した。
もう秘密はないから大丈夫だよ。
それから、王都や王都に至るまでの町や村の復興作業が始まったのだが……。
「村長? なんで、ここにいるの?」
「ミスズ様、ご無沙汰しております。この度、ツジ様の命により、我々が道路工事の指揮を受け持つことになりました」
そうだった。
彼らは村と町を繋ぐ道を造った実績を持つ。
「ほんとに!? ありがとう、すっごく助かる!」
「こういう事態を予測して、我らに知恵と技術を授けてくださったのですね。ミスズ様が村のみならず、国の女神になられたこと、心より嬉しく思います」
大袈裟すぎる。
しかも、道を造るように言ったのは辻くんなんだけど。
その後、辻くんは私から魔力を奪ってはどこかへ消えるようになってしまった。
一番いないといけない人物なのに無責任な。
「あのアイスキャンディーはフェルド王子が作ったものだったんだ」
そんな噂が聞こえたのは数日してからだった。
なんでも、各地で労いのアイスキャンディーを配り歩いているとか。
王子様、なにやってんの?
視察という名目で、王都の町に下りると本当にムギちゃんがアイスキャンディーを配布していた。
「すみませーん。一つください」
「はーい! 味は全部で8種類です。オススメはこの、ハイパームギスペシャル味です」
「……じゃあ、それを」
「はい! ありがとうございますって、あんたか」
営業スマイルから一変して、むすっとしたムギちゃんは乱暴に七色のアイスキャンディーを差し出した。
「うめぇでしょ?」
「これは、うめぇだね」
何味なのか説明はできないが、とにかく美味だった。
それよりも看板娘姿が様になりすぎていて怖い。
この子、元魔王軍よ?
町の子たちもムギちゃんを受け入れているようで安心したけど、違和感がないことが違和感だった。
アイスキャンディーも道路工事も全てフェルド王子の指示だと知れ渡ると、いつかの美人さんが頭を下げに来た。
「先日は大変、申し訳ありませんでした」
あの美人さんは王都で1、2を争う規模の商会の営業さんだったらしい。
私も辻くんもアイスキャンディーで一儲けするつもりはないし、謝罪して欲しかったわけでもないから適当にあしらっていると、またしても懐かしい人が訪ねて来た。
「あ! あの時のおじさんだ。フェリミエールの絵画、ありがとう! ちゃんと家に飾ってるよ」
「その節は大変、お世話になりました。わたくし、実はこういうものでして」
クリフマウンテンで立ち往生していたおじさんは、コメット商会のライバル店の会長だったらしい。
あのときに食べた熊の魔物のスープが忘れられず、自ら研究を重ねて、レストラン事業を始めたらしい。
そのレストランが今回の騒動で半壊してしまったようで私も頭を下げた。
「全てはミスズ様とツジ様のおかげです。店はまた建てればよいですから、頭を上げてください」
「店の修理費はこちらで持つわ。それと、あの味を出せる料理人がいるなら王宮に連れて来て。おじさんがいなければジーツーには会えていないわけだし、お礼がしたいの。おじさんの商会が1番になれるように応援するね」
仲良く話す私たちを遠くから指を咥えて見ている美人さん。
申し訳ないけど、特に借りがあるわけでもないし、今回の騒動で大きな犠牲が出たわけでもないらしいから私にできることは何もない。
国の復興は辻くんに任せて、私は自分がするべきことをするために動き出した。
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