第22話 だから、知らないってば
屋敷の中はてんやわんやだった。
私が「警戒しろ」と言ってしまったことで父が厳戒態勢を指示してしまったらしい。
そんな父を連れて客間に向かうと隣り合って座る魔王とムギちゃんは、興味津々といった様子で部屋中を見回していた。
「お父様、こちら魔王さんと魔王軍諜報員のムギリーヴです。魔王さん、こちら私の父でグッドナイト王国の宰相です」
父は口を開けたままで硬直し、魔王は軽く挨拶した。
無反応の父の肩を叩くとなんとか「どうも」とだけ発して自室で寝込んでしまった。
父の看病を母に、屋敷の片付けを使用人たちに任せて、私は魔王たちの前に着席した。
「これは見事な絵画だな。気に入ったぞ」
魔王が指さすのは、あの商人からいただいたフェリミエールの絵画だ。
持って帰ってきたついでに客間に飾ることにしたのだが、気に入ってもらえたなら良かった。
約束の紅茶も入ったところで、そろそろ本題を切り出す。
「私は国王軍にも魔王軍にも入るつもりはありません。精霊魔法使いもどちらか一方には加担しないと言うでしょう」
「金も地位も名誉もやろう、と言ってもダメか?」
「ダメですね。私はスローライフを送れることができればいいんです」
「スローライフ?」
怪訝な顔をする魔王にムギちゃんが私たちの生活風景を説明してくれた。
「こいつらは頑固で、物欲がないからその誘い方では無理でしょう」
人間の姿になっているムギちゃんは王都で学んできたのか、すらっとしている足を組みながら饒舌に人間の言葉を語るようになっていた。
「では、お前ならどうする」
「関わらせないのが一番かと。今は訳あって王都近辺にいますが、もう少しすれば片田舎へ移り住むでしょう。これまで通りに軍を動かせばよいと進言します」
ムギちゃんの言っていることは正しい。
私としては正式に辻くんの婚約者に認められなくても一向に構わない。
一刻も早く田舎でのスローライフを再開したいのだ。
しかし、今のままで辻くんを
それなら時間をかけてでも追われないようにしたい。
例えば、追放されるとか。
「それだ! さすがだよ、ムギちゃん!」
突然、立ち上がった私に驚く二人。私は身を乗り出してムギちゃんの手を取った。
「魔王様、一時的でよければ仲間になりますよ。一緒に王都に攻め入りましょう」
「はぁ!?」
「……あんた、余計なことを考えてるわね」
ムギちゃんのジト目を向けられても私は止まらない。
「私、人間の世界では悪役令嬢って呼ばれているんですよ。だから、魔王軍に入っても構わないと思うんです。フェルド王子を奪還して逃げてもいいけど、理想としては魔王軍を手引きした裏切り者として国外追放されたいです」
「待て待て、お嬢さん。
「それでもいいです。私って簡単に死なないと思うので、きっと大丈夫です」
「では、我が軍を利用するというのか?」
「はい! 王都、欲しいですよね?」
ゲームでは最終章で魔王軍が王都に攻めてくる。
そこを耐えて、逆に魔王城で最終決戦というストーリーだった。
王都での戦いに負けるとゲームオーバーだったから、きっとこの交渉は使えるはず。
それに辻くんを魔王軍に引き入れておけば、アロマロッテを庇って魔王に殺されるバッドエンドはなくなるはずだ。
「要らんが」
「え? え? え? なんで?」
混乱する私の前ではムギちゃんがため息をついていた。
「お嬢さんは何か勘違いしているようだが、我らは食い物があればそれでよいのだ。人間共は何百年も前から我らから餌場を奪っていく。だから戦っているのだ」
「じゃあ、マリリの森はあなた達の餌場? 魔物の住処ではなくて?」
「そうよ。私たちの餌場は4カ所まで減ったわ。マリリの森を管理していたのが、私の
ムギちゃんが教えてくれた新情報に言葉を失う。
だって、そんなことはゲームでは語られてしなかったし、彼女も教えてくれなかったから。
「なんで、今まで黙っていたの?」
「関係ないじゃない。ツジもミスズもスローライフを送りたいのでしょう。戦いに巻き込む必要も理由もないわ」
ふんっと鼻を鳴らしながら語ってくれたムギちゃんの姿を見て、またしても魔王が優しい顔を見せた。
私はムギちゃんを握っている手に力を込めた。
「じゃあ、人間が悪いってこと……?」
「そうとは限らん。我が軍にも荒れくれ者がいるからな。管轄外に出た魔物が人間を襲って食ってしまうこともある。極力、そうならんように指示はしているが、空腹に勝てない者も少なくはない」
私たちは熊の魔物を狩って食べた。
それにマリリの森を管理していたロウオウガを消滅させたから、魔物被害が増えたってこと?
「私、なんてことを」
「そなたの話を聞いて合点がいった。それだけでも自ら出向いた甲斐があったというものよ」
「気に病む必要はないわ。あなたが勝者よ。敗者は強者に付き従うのみ。私の情報が正しければ、まだ人間側への大きな被害は出ていないわ」
ムギちゃんのフォローに胸が痛む。
この話を辻くんにも伝えないと。
私たちが好き勝手に動くと知らない所で多くの出来事が起こってしまう。
「私、王宮へ行って辻くんに話す。私たちの理想はスローライフを送ることだけど、誰かに迷惑をかけるつもりはないの。それは魔王軍であっても同じ。ムギちゃんと分かり合えたんだから、きっと他の魔族とも分かり合えるよ!」
「……そなたの名は?」
話の腰を折って名前を聞いてくる魔王にはっきりと答えた。
「
「ではミスズ。第15代目魔王である我は貴様に決闘を申し込む。先代の魔王たちよりも魔力コントロールに優れる我に勝ってみせよ」
魔王の右手に浮かんだ黒い球体。闇魔法の発動に必須の魔力だ。
純度が高く、ここで放たれればブラックホール並の破壊力を発揮するだろう。
私も彼に
「……七色の魔力」
更にそれを七色に分解し、周囲に浮かび上がらせた。
「これが私のマギアレインボーだよ」
魔王も黒い球体を七等分にして、鼻を鳴らした。
しかし、私にとっては七等分した状態が通常形態なので特に何とも感じない。
問題はここからだった。
辻くんが求める量の魔力を渡そうとすると、更に細分化する必要がある。
私は無意識的にそれをやっていたらしいけれど、意識すると非常に疲れるのだ。
「その若さでこれ程とはな」
床から天井まで、客間を埋め尽くす七色の小さな球体。
それぞれがぶつかっても暴発するようなことはなく、完全に独立した魔力として完成している。
魔王もムギちゃんはこれでもかと、目を見開いて首を回していた。
「辻くんの要求に応えるならこれくらいできないとね」
広げている右手が震え始める。
いつもは体内でやっていることを、外でやると疲労感が段違いだった。
爆発しないように注意しながら、再び七つの球体に戻して、更に一つの球体にしてから掌握した。
「負けを認めよう。この世で最も魔力コントロールに優れているのはミスズだ」
「じゃあ、あなたたちのやり方を教えて。強者として私に何ができるのか知りたい」
魔王との話し合いを終えた私は父の寝室に突撃して、王宮に行く手筈を整えて欲しいと懇願した。
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