第23話 辻くんの後悔/ムギリーヴの照れ隠し

 時は遡って、美鈴さんが宰相に連れて帰られた後、辻くんはグッドナイト国王に呼ばれた。

 どこまで話すべきか悩んだ辻くんだったが、「美鈴さんなら素直に話すだろう」と考え、ありのままを語った。


「そうか。お前が魔法を」


「何かマズかったですか?」


 あまりにも落胆した国王を見てしまい、辻くんは不安になってしまった。


「あぁ。精霊魔法は失われた魔法と呼ばれるものだ。ロストマジックの継承者はアロマロッテ嬢だけだと思っていた。お前もそうなら話は変わる」


 非常に希少とされる聖なる魔法を継承するアロマロッテは庶民の出自だが、王宮へ呼び出し、その力を磨くように命令したのは国王自身だ。

 彼女は言われた通りに王宮で過ごすようになり、次第に接する時間が増えたフェルド王子とアロマロッテは惹かれあっていった。


「これがフェルド王子ルート」


 辻くんは自分の中にあるフェルド王子の記憶を呼び起こしていた。

 美鈴さんには言えなかったメインヒロインとの思い出。

 婚約者がいるにも関わらず、うつつを抜かしてしまった過去の自分を恥ずかしく思った。


「僕はリリアンヌがいなければ精霊魔法を発動できません。だから、リリアンヌを王宮に連れ戻したい」


「馬鹿者が! 面倒事になったのは貴様のせいだろう! 建国記念日で婚約破棄などという馬鹿なことをしなければ今でも一緒にいられたのに」


 辻くんは「僕がもっと早く転生していることに気づいていれば」と後悔したが、そんなことを言っても過去は変えられない。


「リリアンヌはまだいいが、宰相がいないのは困る。彼がいなければ国家そのものが危ぶまれるのだぞ」


 そんなことは初耳だった。

 妹がプレイしている光景を見ているだけだった辻くんは、ストーリーはおろかキャラクター設定すらもうろ覚えなのだ。

 国王が言ったことがゲームの設定通りなのか、そうでないのか判断ができなかった。


(こんな時、美鈴さんがいてくれれば)


 悲観的なことを考える頭を振り払い、国王の言葉を一言一句、聞き漏らさないように意識する。


「とは言え、お前には悪いことをしたと思っている。事情を知る参加者たちは婚約破棄には納得したと聞いている」


 チクリと胸が痛んだ。


 美鈴さんは必ず、王宮に戻ってくる。

 分からないことばかりなら、その時まで自分にできることをしようと心に決めた。

 彼女ならどうするのかだけを考え、一番最初に浮かんだのは情報収集だった。


「どうして精霊魔法が使えてはいけないのですか?」


「お前は国を破滅に導くかもしれん。それがバエルバットゥーザ殿の言葉だ」


 聞いたことのない名前の人物に困惑しつつも、瞬間的にどのような人物なのか質問した。


「元王宮魔術師団の相談役で、お前が生まれてすぐに亡くなったお方だ。彼がそう予言した。だから、魔法を使えてはいけないのだ」


「……バエルバットゥーザ」


「フェルド、余が許可を出すまで自室から出るな。約束を守れないようなら塔に監禁する。よいな」


 美鈴さんなら素直に従うフリをするだろう、と判断して護衛の騎士と共に自室へと向かった。


(護衛というより連行だな)


 初めて入る部屋なのに、懐かしい感じがして気持ち悪かった。

 テーブルもベッドも調度品も、どれも見覚えがある。


 扉を閉ざすも、一緒に歩いてきた騎士の足音が遠ざかる気配はない。

 部屋の前に立っているということだ。


「まずは記憶と情報の整理だ」


 辻くんはデスクに腰掛け、紙と羽根ペンを取り出してフェルド王子の過去を思い出した。


 同じ年、同じ日に生まれたフェルドとリリアンヌの婚約は幼少期から決まっていた。

 婚約者であるリリアンヌは成長と共に本来持ち得ないはずの魔力量が増大すると、魔力ゼロのフェルドを馬鹿にした発言をするようになってしまった。

 それが本心なのか、からかっているだけなのかフェルドには分からなかった。


 幼いフェルドが父に相談を持ちかけると「男なら気合いで乗り越えろ」と叱責されたものだ。


 フェルドは天才肌の兄に馬鹿にされながらも隠れて努力し、達人級の剣術を手に入れた。

 遠距離攻撃を得意とする魔導師の部隊を一人で制圧できるほどの実力だ。

 リリアンヌを含め、誰もフェルドを馬鹿にする者がいなくなった頃から彼の性格は変わってしまった。


 そんな時に現れたのが聖なる魔法の使い手として王宮へ連れて来られたアロマロッテだった。

 彼女はフェルドの欠点を受け入れ、長所を褒めちぎった。

 二人が惹かれ合うのは当然の結果だった。


 そして、リリアンヌが平民のアロマロッテに嫌がらせをしているという噂が王宮中に広がった。

 フェルドが糾弾したのは、その噂を信じたからだ。

 当時の彼は婚約者ではなく、アロマロッテの言葉を信じてしまった。


「……リリアンヌは本当に嫌がらせをしたのか」


 ノック音が鳴り、静かに扉が開く。


「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


「ありがとう。テーブルに置いてくれ……って、ムギリーヴ!?」


 部屋の中心で仁王立ちしているのは美鈴さんが拾った猫の魔族だった。

 驚くことにメイド服を着ている彼女は誰が見ても人間にしか見えなかった。


「気づくのが遅い。あいつがあんたの所にいろってさ」


「美鈴さんが。ムギリーヴ、アロマロッテとリリアンヌの関係について調べて欲しいんだけど、できる?」


「馬鹿にしてんの? あたしは元魔王軍の諜報部隊所属よ。造作もないわ」


「助かるよ。でも、なんでメイド服?」


「情報収集のためよ。別に好きで着ているわけではないわ。あの女に着せ替え人形にされていたからってわけでもないし、アイス屋の看板娘をやったからってわけでもないから。勘違いしないで」


 早口にまくしたてるムギリーヴに、辻くんはククククと喉を鳴らした。

 ここにも美鈴さんの影響を受けた人がいると思うとおかしくなってしまったのだ。


「ムギリーヴがいてくれると助かるよ」


「特製猫まんまと、アイスのハイパームギスペシャル味で手を打つわ」


「いいとも。ここを出られたら嫌というほど食べさせてあげる」


 ふんっとそっぽを向いたムギリーヴはとてもメイドとは思えない態度でソファに座り、本来の魔族の姿に戻って寛ぐ。


「今すぐでなくていいけど、アロマロッテに会いたいんだ」


「はぁ? また浮気するの? やめときなよ。あいつに殺されるわよ」


 自分が持って来た焼き菓子を頬張るムギリーヴは、うげぇといった表情で吐き捨てた。


「ち、違うよ! アロマロッテに会って事実を確認しないといけないのと、謝らないと」


 ムギリーヴは興味なさげにティーカップに紅茶を注いで、飲み始めた。

 もちろん、辻くんの分は淹れていない。


「ちょうどいい機会だから」


 そう切り出した辻くんは背筋を伸ばして、ムギリーヴに頭を下げた。


「なんのつもり?」


「君の家族を殺したのは美鈴さんじゃなくて僕なんだ。謝って済むことじゃないけど、すみませんでした」


 ムギリーヴはまたしても興味なさげに視線を逸らした。


「言ったじゃん。負けた時は死ぬときって。それに血の繋がった本当の家族じゃないし。別に」


「それでもお兄さんの仇なのに、僕たちと一緒にいてくれてありがとう」


「あんたって、面倒くさいって言われない?」


「美鈴さんには言われたことないけど」


「あっそ。じゃあ、言ってあげる。あんた、面倒くさいよ」



◇◆◇◆◇◆



 ポカンとしている辻くんを無視して部屋を後にしたムギリーヴは隠れて、ほくそ笑んだ。


 最初は恐怖しかなかったが、二人は命令でなく、お願いをしてくれる。

 ペットではなく個人として扱ってくれている。

 自分の能力を認めてくれる。

 報酬ではなく、毎日美味い飯を食べさせてくれる。


 物心をつく頃から戦いの中にいたムギリーヴは普通の暮らしに少なからず憧れを抱いていた。

 美鈴さんと辻くんが目指しているスローライフは彼女にとっても理想そのものだった。


 二人と一緒にいれば……。

 そんな淡い気持ちを抱き、ムギリーヴは今日も気まぐれに王宮を駆け回る。

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